第13話①
約束の日、日の入りまでしばらく時間がある。
お店を手伝おうともしたが三船さんに散歩でもしてきなと断られてしまった。
おとなしく散歩をしていると、畑のそばで不自然にしゃがみこむ人影と一匹の大きな犬を見かける。
熱中症かと思い近づくと向こうから声を掛けられた。
「こんにちは、いずみ君」
「こんにちは、一ノ瀬さん」
しゃがみこんでいたのは一ノ瀬さんだった。大きなゴールデンレトリバーを連れ、つば広帽をかぶっていたから遠目ではわからなかった。
「一ノ瀬さん犬飼ってたんだね」
「そうなの、最近は夏祭りの準備で家族が忙しいからお散歩は私の担当」
しきりにこっちを見て尻尾を振るゴールデンに、暑いのに偉いねと頭を撫でると嬉しかったのか手首を舐めてくる。
やめなさいと言われてしょげる姿が可愛かった。ちなみに名前はラッテというらしい。
「いずみ君は一人でお散歩…だよね。もしよかったら一緒に歩かない?」
「夕方までならいいけれど」
「私がそんな体力ないから大丈夫だよ。よかった、話し相手が欲しかったんだよね」
それはよかったと歩き始める。向かう先は言われていないが位置から鑑みるに北側の町だろう。
話し相手と言われたが、どんな話題がいいのか思いつかない。
そういえば夏祭りがどうとか言っていたような気がするが…
「夏祭りのこと気になる?」
さとり妖怪か何かと勘違いするほどぴったり当てられる。
しかも当てた本人は毎回自信満々に笑みを浮かべているから本当に怖い。
「まあ、多少は」
その通りだというのは気が引けるが他に話せる話題がないので仕方なく乗る。
それにしても、ついこの間桜祭りをやったところではないのか?
「夏祭りはどちらかというと大人たちのお祭りでね、本当は
その言い方にどこか違和感を覚えたが具体的なものが見えず返事に困る。
一ノ瀬さんもわかっているのかため息をついて再び口を開く。
「本当のことは全然教えてもらえないのよね。島民の、特におじいちゃん達は成人になるまで知らなくていいことは教えないって考えの人が多くてね。9時以降外出禁止の言い伝えだってそれと同じ類のものよ。よっぽど知られたくないことがあるのかしら」
こういったところは閉塞的なコミュニティの弊害だろう。
風習が強く根付いている分個人ではどうしようもない問題が多くなるのだ。
どうしてそういった問題に振り回されるのはいつの時代でも若者たちなんだろうか。
「まあ、そんなことを言ってはいるもののこの島の風習は嫌いじゃないんだよね。お祭りは多いし、困ったことがあれば誰かがすぐに助けてくれる。なにより観光客の人と話すのが楽しいんだ。わざわざこんなところまで来てくれて、面白い、凄い、美しいって。そんなこと言われたら誰だって嬉しくなっちゃうよ」
楽しそうに語る一ノ瀬さんの姿がとても羨ましく見えた。
「そういえばさ、最近昼休み何してるの?」
こちらの質問もまた、心底楽しそうに聞いてくる。
やっぱり柊馬と食べていないのはばれているのだろう。
テラリウムにいると言って信じてもらえるだろうか。
というかそもそもあそこの床の色は委員長に入っちゃいけないと言われてたような気がする。理由は確か、幽霊が出るとかで…
「秘密にしてくれるなら、言う」
これは信頼していないからではない。
あくまで話し始める前段階としての形式的な一文のつもりだった。
「もちろん。女の子と一緒にいるなんて言ったら柊馬怒るだろうしね」
ガタン、と。僕が側溝に落ちた音で一ノ瀬さんが振り返る。
「カマかけただけのつもりだったんだけれど…大丈夫?」
「大丈夫、です」
幸いなことに体は汚れなかったから大丈夫だろう。
このさとり妖怪め。
「まあ女の子と話してるなら柊馬とお昼なんか食べてる暇はないよね。私たち以外に友達ができたのは微笑ましいし、それはそれでよかったんじゃない?」
一ノ瀬さんは無理をしているような笑みを浮かべて足早に進んでいってしまった。
いや、そうなるであろうことは想像がついていた。
彼らと距離を置くことで、委員長と一ノ瀬さんは二人の時間を、柊馬は雨宮さんとの時間を。なんて僕の都合の押し付けだったということはテラリウムで彼女と話して散々理解したのだから。
失くした信頼は取り返さないといけない。
「あの!」
声をかけるよりほんの一瞬だけ一ノ瀬さんは早く立ち止まったように見えた。
「今まで、本当にごめん。四季での忠告も結局守らなくて、お祭りでも班別学習でも気に掛けてくれてたのに気づかなくて。それで…」
「それで?」
言いたいことが頭の中でまとまらず焦り始める。
謝りたいことはいくつもある。謝ればきっと楽になる。
でも、それはよくない。それは不誠実だ。
「その、ありがとう。最後まで気に掛けてくれて。今日だって会ったのは偶然だけど、知らないふりせずに話してくれてありがとう」
言い終えて、そのまま深く頭を下げる。
薄目で一ノ瀬さんの方を見るが彼女もしばらく考えて、大きなため息をついて口を開く。
「はぁ、私ってちょろいなぁ。大丈夫、私も杏平も気にしてないから。でも、もう一回謝ってたら村八分になってたかもね。悪いこととは言わないけれど、次は気を付けた方がいいよ」
そう言って目の前に手が出される。
しっかりと手を取ってもう一度ありがとう、と。
「あ、でも柊馬にはちゃんと謝った方がいいだろうね。一番しょげてたし、何より夏夜祭りの準備いずみ君の分までやってたし」
祭りの準備?そんなこと一言も聞いてない。
昼休みのうちにやったとしたら知らないのは仕方がないが。
それにしたって事前に連絡くらいはされるもんじゃないのか。
なんにしたって今日は土曜日だ。学校がないからといって何日も空けるのはさすがにまずいだろう。
「柊馬って、今どこにいる?」
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