第12話②
彼女が言い切ると、今度はさっきまでの威勢を恥じらうように声が小さくなっていく。
「その…最近なんだか落ち込んでいるように感じて」
ああ、彼女は僕のことを心配してくれていたのだ。
自分では気づかなかったが、彼女は僕の言葉から色々と気づいていたのかもしれない。
「実は最近島の友達と上手くいってないんだ」
多分、いや目下の悩み事はこれしかないだろう。
柊馬と雨宮さんのこと、それに委員長たちとも最近しっかり話せてない気がする。
そんなことを考えていたらなんだか本当に深刻な悩み事に思えてきた。
「なんだ、そんなことだったんですか」
彼女は拍子抜けしたのかさっきまでの調子を取り戻して言った。
「そんなこととは心外な」
言ってはみたものそんな悩みでと思ってしまう自分もいた。
「いえ、悩んでるなら例のオレンジ色の人とのことかなと思ってたので。悩みを軽く見たのは謝ります。でもやっぱりいろいろ考えすぎなんですよ」
彼女は笑いをこらえるように、でもやっぱりこらえ切れていないような感じで話し始めた。
きっとどの程度の悩みなのかは想像がついているのであろう。
暗くならないように明るく話そうとする彼女の配慮がありがたく感じる。
「それで、友達と上手くいってないというのはいじめられてるとか重たいものではないのでしょう?何があったんですか?」
やっぱり程度はばれていた。まあ本当に重たい話ならもっとしかるべきところに行くだろうしここで話すということはそういうことなのだろう。
どう伝えるべきか、言葉を選びながら話し始める。
「この島に来てからよくしてくれる三人がいるんだけれど、そのうち一人は面倒見がよくて島の子供たちからすごく好かれていたんだ。でも彼が僕に色々よくしてくれるおかげで子供たちと遊ぶ時間が減ったらしくて。実際放課後に島の案内とかしてもらってるから事実なんだけれど、それは子どもたちや彼に申し訳ないから少し距離を置こうと思って。
でもそしたら彼は凄い悲しそうな顔をするし、僕はどうしたらいいんだろうって」
自分で口に出してみて、やっぱり大したことないなやみじゃないかと思ってしまう。
凄く小さな悩みのように感じて、実際その通りのはずなのに解決案が思い浮かばない。
そんなタイプの悩みのように感じる。
「こんなこと言うのは失礼ですけど、やっぱりそんなことでって思っちゃいます。何より私が直接解決できないタイプの悩みなので当人たちと話し合ってほしいとしか」
そんなことを言いつつも彼女はしっかりと解決方法を考えてくれていた。
「強いて言うならこの前も話しましたが理由を自分に求めすぎなのではないでしょうか。背負わなくてもいいものまで自分が悪いと思っているような、例えるなら戸締りを忘れて泥棒に入られたのに最後に家を出た人じゃなくて注意するのを忘れた自分が悪い、みたいな」
わかるようなわからないような、やっぱりよくわからない例え話で頭が軽く混乱する。
しばらく考えて、注意を忘れた人が泥棒に入られたことを自分のせいだと思う必要はないということを言いたいのだと理解する。
つまり…どういうことだ?
「ようするに、お友達三人も自分で選んであなたと一緒にいるのでしょう?ならあなたは好意をありがたいと思って素直に受け取るべきです。それに歳を取ったら自由な時間が減るのは当たり前です。あなたのお友達がいくつなのかは知りませんが、子供と時間が違うのは仕方がないことなのではないかと」
それを聞いてようやく理由を自分に求めすぎているという意味を理解する。
良いことも悪いことも、何が起きても自分のせい。それじゃあまるで他人の意志なんてものが元から存在しないみたいじゃないか、と。
もっともそんな考えをしていたのは今の自分で、そんな風に考えている自分が無性に恥ずかしくなってくる。
「まあ気にしすぎちゃうのはわかりますよ。私だって仲がいい人たちの輪に無理やり入りたいとは思いません。でも、友達が自分を気に掛けてくれるのであればきっと私は友達にふさわしい自分でいられるように努力するのではないでしょうか」
桜の裏から少し寂しそうな声がする。
友達にふさわしくなるための努力。それはあまりに残酷なものに感じれた。
だって鳥と友達になりたければいつか自分も飛べるようにならなければいけないのだから。
「友達にふさわしい自分になるための努力…」
「ええ、まずは相手を理解する努力から始めればいいのではないでしょうか。人間関係は自分が相手をどう思っているかがそのまま相手に伝わると読んだことがあります。相手に信じてもらいたかったらまず自分が信じる、これだけでも結構効果的だと思いますよ」
寂しさを紛らわすようにさっきよりも明るい声になる。
彼女の寂しさの正体を探りたかったが、それよりも彼女のアドバイスに応える方が今の僕には難しかった。
「自分がまず信じる。つまりは自分の意識次第ってことか」
言ってみて少し自信がなくなる。
いい人であるための努力はしてきた。それなりにできているとは思う。
でも、友達を信じるというのは少し難しい。
自分の手の届かない場所で何かをしているのを見るのは耐え難い。
また、才能ある友人が、飛び立って行くのを見るのも心苦しい。
だけれど自分が飛べるようになるまで友人を待たせることほど辛いことはないだろう。
友人を信じるのは怖い。いつか重荷になって、見向きもされなくなる日が来るのがたまらなく恐ろしいのだ。
「自分の意識を変えるのは難しいですか?」
ふと背後で立ち上がる音が聞こえた。
顔を上げると彼女が微笑んでこちらを見ている。
その笑顔があまりにも素敵で、心が一瞬桃色に染まる。
「いつもよりほんの少しだけ、他人を好きになるだけで世界の見え方は大きく変わります。それだけで身の回りの他人はあなたを人として好いてくれます。もちろん全員がというわけにはいきませんが、生きやすくはなるはずですよ」
そっか。
好きになるって、興味を持つことなんだ。
興味を持って、理解して、信頼される。一見大変そうに見えるこれらも本来当たり前にできるはずのことなんだ。
特別な行動をする必要はない。
発言の意味を考えるだけ。行動の意図を汲み取るだけ。
なんだ、それだけなら簡単じゃないか。
「ありがとう…『他人を好きになる』、凄く良いことだと思う」
感謝の言葉を聞き、彼女は顔を真っ赤にして慌てふためく。
桜の裏に戻るかどうか必死に考えてるようだった。
二三回行ったり来たりして、諦めたのか僕の隣に座り込む。
「わ、私は何にもしてませんよ。あなたが一人で成長したんです」
さっきとは違って上ずった声で。精一杯の照れ隠しのこもった言葉を聞く。
遠くて近い、不思議な関係。こんな時間がずっと続けばいいなと心の底からそう思った。
しばらくした後、彼女は俯いて、立ち上がろうとして、やっぱり座り込んでしまった。
「あの、土曜日に、一緒に海を見に行きませんか…?」
精一杯絞り出したような声で誘われる。
それがたまらなく嬉しくて、有難かった。
「僕でよければぜひ」
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