第12話①

 「色って感情を伝えるのに一番簡単で一番複雑だと思うんです。例えば赤は情熱・勇気などいい意味で捉えられることが多いですが、その反面憎しみ・怒りなども赤いイメージがあります。他にも黄色は希望であり傲慢さでもあると感じられます。あなたはどう思いますか?」


昼休み。昨日と同じくテラリウムへと向かう。

柊馬にはしばらく昼食は一人で食べると言っている。色々と粘られたが、最後は結局諦めてくれた。

その方がきっと雨宮さんにもいいだろう。


 「憎しみとか怒りは黒っぽくない?確かに明るいイメージと暗いイメージを持つ色はあると思うけど、正の感情は原色に近く、負の感情は黒に近づいて行くんだと思う。それに、ピンクとかオレンジとかの混色はどんな感情を持つの?元の二色の中間って感じでもなくない?」


僕の返しに、んーと少し考える声がしてから返事が返ってくる。


 「ピンクは恋と狂気、オレンジは活発さとわがままさじゃないでしょうか。確かに正の感情は原色に近いっていうのはあると思います。でも、負の感情が黒に近づくっていうのは違うと思います。憎しみや怒りは他人にぶつけようとするのは悪いことですけど、自身の原動力にもなります。そういった意味ではプラスですから正の感情とも言えるんじゃないでしょうか」


憎しみや怒りは正の感情でもある。つまり見方次第ということか。


 「それはちょっと違うと思うな。怒りや憎しみは原動力でもあるが、そういった感情を持っている人が近くにいるだけで周りには迷惑になるんじゃないかな」


他人に迷惑をかけてはいけない。これは小学生でも知っている常識だ。彼女はこの問いにどう返してくるだろうか。


 「他人の迷惑になる感情は抱くこと自体が間違っているということですか?あなたは学園の先生みたいなことを言うんですね。でも、例えば冷静さはどうですか。みんなで一致団結しようって時に一人冷めきった人がいれば周りには迷惑ですよ。つまり冷静さは抱いてはいけない感情になります」


ころころと笑いながら返される。彼女の芯の通った意見に思わず脅かされる。確かに負の感情というのは時と場合によるのかもしれない。


 「確かに。なんか心って数学みたいだね」


 「数学…国語ではなく?どうしてそう思うんですか?」


僕の何気ない発言に思った以上に食いついてくる。

僕はただ思ったことを。妄想のようなものを話し始める。


 「足し算や引き算は数が大きいほうが符号を変えられる。逆に掛け算や割り算は符号がそろわないと正の数にはならない。さっき言った一人だけ冷めてると迷惑って言うのと似てない?」


 「ああ!確かに似てますね。集団で気持ちを一致させれば負の感情も正の感情になる、足し算引き算は個人や二人組くらいの単位で見たときになるのでしょうか。そしたら一見単純でも複雑なところや、その逆もあり得るところも数学に似ているかもしれません!」


彼女の興奮が桜の木を通して伝わる。こんな何でもない妄言一つでこんなに楽しむことができるなんて、彼女はどこまで純粋なんだろうと思った。


 「君は国語みたいだと思うの?」


 「はい、心を言葉にする時に一つの言葉だけで表現できるわけじゃないじゃないですか。例えばさっきの怒りでも、悲しくて怒っているのか許せなくて怒っているのかだとニュアンスが変わってきます。色味みたいな感じです。なので答えがたくさんあって、創造力だけじゃ理解しきれないところが国語みたいだなと考えていたんです」


少し難しいですねと彼女は笑った。

確かに難しい話だ。でもとても興味深い話だと思う。

補色と感情の関連はどうか、とかいろんな話を聞いてみたいと思った。

でもきっとこれ以上難しい話はお互いが疲れてしまうだろう。

彼女も同じことを思ったのか簡単な質問が飛んでくる。


 「あなたは何色が好きですか?」


 「オレンジかな」


 「オレンジですか?もっと紺とか暗めの色だと思っていました。何でオレンジなんですか?」


驚きを含んだ声で返される。その中に嘲笑のようなものは混ざっていない。僕が彼女と話すのが好きな理由の一つがこれだ。彼女はどんな言葉も受け入れてくれる。

だから僕も、彼女にだけは自分を見せることができる。


 「憧れの人の色だから。それに、道を示す光は常にオレンジだったし」


それを聞いて、僕の言葉をゆっくりと噛み締めるように彼女が返す。


 「大事な色なんですね。人からもらった色ならなおさら暖かいですし、大切にしてあげてください。その人も、その色も」


 「うん、もちろん。君は?」


少し時間が空いて返事が返ってくる。


 「私は青です。可能性の色ですから」


 「可能性の色?なんで青が可能性の色なの?」


再び時間が空いて返事が返ってくる。今度はいつもの熱っぽい口調だった。


 「昔、多くの園芸家が挑戦し夢破れてきた青い薔薇。なんでも薔薇にはもともと青色の遺伝子がなかったそうなんです。だからどれだけ交配を頑張っても青い薔薇を作ることは不可能でした。でも、本で読んだのですが青い薔薇はもう存在するらしいのです。つまり、青は努力や夢の象徴であり、可能性の色と言えるんじゃないかなって思って」


青い薔薇なんて聞いたことがなかった。僕の中で薔薇は赤や黄色いものだと決めつけていたし、この話を聞くまでずっとそうだと思っていたに違いない。

でも、世界にはそうだと決めつけなかった人もいたんだと気づく。


 「青い薔薇があるなら青い桜もあるのかな」


特に意味のないつぶやきのつもりだった。舞い散る桜の花びらと今の話を聞いてそう思っただけだった。

それなのに、彼女はいつもよりもっと熱っぽく言葉を返す。


 「きっとありますよ!誰も見たことがなくて、科学的に不可能だと言われても!もしかしたら誰も見つけていない桜の新種があるかもしれないです!」


桜の幹がかっと熱くなるのを感じた。

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