第11話①
島の北側の元住宅街。緑あふれる島にもかかわらずここだけは東京の昼間の住宅街を思わせるほど寂しい雰囲気をまとっていた。
そんな元住宅街の中にひときわ大きいお屋敷がある。ここが今日の班別学習の目的地の雨宮邸だ。
柊馬が門の前のインターホンを押すと門の内側からどたどたと誰かが駆けてくる音がする。
「はーい!待ってました!って…一人多いんですね」
「こらこら、露骨に態度を悪くしない。今雨宮のおじいちゃんいるか?」
中から出てきたのは小学生くらいの女の子だった。彼女はこちらを一目見るなり眉をひそめる。柊馬の言う通り僕のほうを露骨に避けているというか、一目でわかるほど嫌悪されている。
「おじいちゃんなら和室にいます。後でお茶を持っていくので先に上がっちゃってください」
「おう、いつもありがとうな」
そう言って柊馬は女の子の頭を撫でる。
女の子は嬉しそうに撫でられていたが、しばらくすると再びこちらをキッと睨んで足早に母屋の方に返っていった。
「さっ、行こうぜ」
柊馬を先頭に門をくぐる。門の奥はとにかく広い庭になっていた。母屋へと続く一本の道の両脇に手入れの行き渡った広い庭がある。庭は左右でテーマが違うようで、対照的に作られたわけではないように見えた。
他にも一本道に沿って小さな梅の木が植えてあるので二月は綺麗になるだろうなぁなんてぼんやり考える。それにしてもさっきの子が気になる。初対面のはずだけれど、何か気を悪くさせるようなことをしてしまったのだろうか。
柊馬についていき、そのまま和室に入る。部屋には着物を着た細身のご老人が一人、庭を眺めながらお茶を飲んでいた。
「おや、柊馬達と…初めて見る顔だね。君がいずみ君かな?」
「はい、泉春斗と申します。今日はよろしくお願いします」
「ははっ、緊張しなくてもいいよ。とりあえずみんな座って」
それぞれが失礼しますと言って下座に座る。
話を切り出したのは委員長だった。
「雨宮のおじいちゃん、実は今年の班別学習は島の言い伝えについて調べようと思ってるんだ。今風に言うと七不思議って感じなんだけど、何か面白い話知らない?」
「うーん、七不思議はわしが子どもの時代からあったが今うけるものだとのう…テケテケとかトイレの花子さんとか、今の子からすると古いのかのう?」
うーん、と腕を組んで一悩み。しばらく悩んで何か思いついたのかパッと目を開く。
「そうじゃ、子供の頃から聞かせる『桜の妖怪』の話は割と有名じゃろう。ただこの話は言い伝えられすぎて少し誇張されている部分が多いようじゃ。それについて正しく話してやろう」
一ノ瀬さんが音を立てずにメモ帳を開く。
雨宮氏は再び目を閉じ、ゆっくりと響くように話し始めた。
『昔々美しい娘と、二人の農夫がいました。
女はどこか海の向こうから桜のあふれるこの島へと流れ着いたのです。
煌めく瞳に黒曜の髪、さらにはこの世のものとは思えないほどに真っ白な肌を持った娘の美貌はすぐに皆を虜にしました。。
娘は農夫たちに飯を作り、酒の席では舞を踊るなどたいそう皆を喜ばせます。
しかしある時、島の桜が一斉に咲かなくなってしまいました。
島民たちは悲しみ、神様にお願いします。
「どうか私たちの桜を返してください。
桜のためなら何でもします。」
三日三晩神様のもとに通い詰めた後、農夫はついに返事を聞くことができます。
「村一番の舞を踊る娘を寄越せ」
島民たちは神様からの返事を聞いて、娘を神様に贈りました。
その年の祭事が終わると、農夫が一人二人と姿を消していきます。
皆は娘が妖怪となって仕返しに来たと思い、夜に出歩かなくなりました。
その年の春、島は再び桜で溢れかえりましたとさ。』
話が終わり、静寂が室内を覆う。
若干の違和感があるものの、よくある昔話という印象だった。
重たい空気の中、縁側のふすまが開く
嫌な静寂を夕日とともに破ってくれたのは先ほどの少女だった。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
やはり不機嫌そうな顔で冷たいお茶をそれぞれに渡していく。
「ありがとうございます」
「―――」
彼女はお礼に対し返事どころか顔色一つ変えずに出て行ってしまった。
気まずい空気が流れる。
「あの、さっきの話と僕の知ってる話がだいぶ違っていたんです。僕が知っているのは
『桜の木の下には愛する者との永遠を誓った娘が埋められている。娘は何よりも夫が大事でそれは自分の子供を山に捨てるほどだった。愛されなかった子どもは妖怪となり、自分より愛された子どもを憎んでいる。だから夜に子どもは出歩いちゃいけない』
僕はこう教わったんですけれど、どういった意図で物語は変わってしまったのでしょうか」
委員長の話に二人も小さくうなずいている。
「そうじゃな…現在子どもたちに伝えられている話は物語というより子どもに言い聞かせる意味のほうが強いのじゃろう。神様に贈ったの部分で詳しい内容は伝えられていない。もしかしたら桜の木の下に埋めたというのは誰かの創作なのかもしれんのう」
伝えられてないからこそ人々の想像によって補われたということか。
贈られたと言えば聞こえはいいが実際はただの生贄なのだ。
神聖さを持つ分、話の尾ひれがつきやすい話題でもあるのだろう。
「では昔話は教訓として変化していったということでしょうか。子どもを山に捨てたというのは山に子供を近づかせないようにするためだとか、そういった解釈で間違いないと」
委員長が確かめるように言う。
確かにそういう解釈もあるのかと感心する。
言い伝えの中に出てくる特徴的な単語には、潜在的に働きかけてくるものも多く含まれているのかもしれない。
「でも、妖怪になったのが娘なのか娘の子どもなのかで話が違いますよ。ここは娘のままでも話に違和感はないのではないでしょうか。あえて変えたのか、いつの間にか変わってしまったのか。考察の余地があると思います」
気になっていたところを一ノ瀬さんが話題に出してくれた。
二つの話での大きく異なる点、妖怪は誰か。
自分なりに意味を考察してみるものの、娘は意味が広いせいで誤って広まってそうだなくらいしか思いつかない。
雨宮氏もそこはきっと誰かが間違えたまま広まったんじゃろうと笑って言っていた。
「そういえば、杏平と胡桃は指輪交換をまだしておるのか?」
突然の雨宮氏の言葉に二人の顔が赤くなる。
二人の指輪交換は有名なのか…
「そうかそうか、いやなに、良いことじゃと思うぞ。じゃが気を付けるんじゃぞ。おぬしらが子どもを孕んだらそれはしっかりやめるんじゃ。さっきも言ったが桜の木の下には恋を成就させた娘が、そして愛されなかった子どもは山におるのじゃ。こんな島じゃ、出歩けばすぐに山じゃろう。おぬしらがお互いを大切に思っているのはわかるが行き過ぎると伝承のようになってしまうからな」
雨宮氏は少し寂しそうな顔をしているような気がした。
「そうじゃな、明るい話でもしようか。そうだな…これは島の北側の海にまつわる話で『イルカに救われた男』というのだが…」
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