第9話

祭りの日からお店の手伝いをする日数は週三日に減った。

住まわしてもらっている分働かないといけない申し訳なさはあるのだが、三船さんは僕が友達と一緒に過ごす時間の方が大切だからと言って譲ってくれなかった。

なので開店準備と閉店の片づけを手伝うことで自分の申し訳なさを消化している。

今日も学園から帰ってきて、そのまま片づけを手伝っている。


 「春斗、ちょっといいか?」


三船さんに突然呼ばれる。もしかして何かやらかしてしまったのだろうか。

思い当たることが浮かばず、困惑したまま呼ばれた方へと向かう。


 「カウンター席に座って」


 「はい」


カウンター席の一番左端に座る。三船さんはキッチンで何かごそごそしていたが、やがていつもお店で出すようなパンケーキを二枚お皿に盛りつけて目の前に運んできた。

ふわふわの生地の上に生クリームとマスカットが乗っている。

昼から何も食べていなかったことと、いきなり甘いものが目の前に出されたことで思わずお腹が鳴ってしまう。


 「えっと、これは?」


 「君が働き始めてちょうど一ヶ月だからな。給料はお小遣いって形で渡してるしどうしようかと考えた結果、『四季』自慢のパンケーキをご馳走することにしたんだ。だから遠慮なく食べてくれ。飲み物はなにがいい?」


今日の日付を思い出して確かに今日が働き始めて一ヶ月の日だったと思い出す。そして御崎島に住み始めて一ヶ月の日でもあった。

自分のことで手一杯だったが、三船さんは憶えていてくれたのだ。

それってすごくありがたいことだ。


 「ありがとうございます。飲み物は…じゃあミルクティーで」


 「ほいよ」


しばらくしてミルクティーも渡される。お店で大人気な深みのある一杯だ。


 「いただきます」


まずはパンケーキを切り分けて一口ほおばる。生クリームの甘みとマスカットの酸味が絶妙だった。たまらずもう一口ほうばる。合間に呑むミルクティーも美味しかった。

食べ始めて早十分。あっという間に食べきってしまった。三船さんは僕とパンケーキの乗っていたお皿を交互ににこにこ眺めている。


 「ごちそうさまでした」


食べ終わったお皿を下げようとすると再び引き留められる。そして今度はキッチンの下から何かの箱を取り出した。質素だが上品さを感じるその箱が、そのまま僕の前に置かれる。


 「これは夏美…君の母が昔使っていた箱だ。中の物もわしにはよくわからんのじゃ。よかったら貰ってくれないか」


三船夏美、僕の母が昔使ってた箱。

少し重くて持ち上げるとじゃらじゃらと音がする。

開けてみると中にはたくさんのビーズや金属製の細かい部品がいっぱい入っていた。

よく見ると手前の隙間の方に紙が押し込んであり、アクセサリーの作り方や色の作り方などが事細かに記されている。

そういえば一ヶ月も一緒に暮らしていたのに、三船さんには母のことを聞いていなかった。


 「三船さん、母はどんな人でしたか?」


三船さんはどこか懐かしむような顔をしながら話し始めてくれた。


 「夏美は不思議な子だった。友達もあんまり作らないし、何か欲しいとねだるようなこともなかった。子供らしくないと言えばわかりやすいだろうか。ああ、でも放課後はお小遣いを握って近所の雑貨屋に通っていたな。」


後から知ったがその雑貨屋は二十年ほど前に潰れているらしい。


 「あとは…『約束』かのぅ。相手が誰であろうとひとたび『約束』を結んだら絶対に破らない子だった。それこそ土砂降りの雨の中友達をたった一人で待つような子だ。親から見てもよくわからない子だったのぅ」


三船さんは過去を懐かしむように話してくれた。

『約束』は昔から父の口癖で、僕も耳にタコができるほど言われていた。

だけどまさか母も言っていたなんて。似た者同士が夫婦になったということなのだろうか。

何にせよそのせいで僕もしっかりと約束を守るある意味約束に縛られた人間になってしまったわけだが。


 「それじゃあ、当時の知り合いや友達の名前とか憶えていますか?もし憶えていたら教えてもらいたいんですけれど」


 「知り合いか友達か…一人特別仲がいい子がおったんだけどのぅ」


三船さんは高齢のわりにしっかりとしている人だ。だからこそ、この反応は思い出せないというより言えないという意味のような感じがする。

小さな島だ。言えない理由ならいくつか想像がつく。

それなら無理して今聞かなくてもいいだろう。


 「思い出せないなら大丈夫です。すみません、ありがとうございました」


立ち上がって深くお辞儀をする。今までの感謝と、これからもお世話になりますという意味を込めて。

三船さんは笑顔で応えて皿洗いを始めた。もともと話すのが得意な人じゃないのだ。母についてこれだけ話してくれただけでも感謝だろう。



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