Summer

第7話

ゴールデンウイーク最終日。遊び場を求めた子供たちによって休校日でありながらも賑やかさを見せる校舎で、僕は一人寂しく黙々と課題に取り組んでいた。


 「ごめんごめん、渡すの忘れてた。これゴールデンウイーク終わるまでに提出しといて」


と、北条先生が悪びれる様子もなく課題のプリントを渡しに来たのが二日前。

朝から晩まで必死にやってようやく今終わりそうというところである。

ふと窓の外を眺める。

ずいぶんと寂しくなったものだ。

桜祭りが終わってから急に夏が来たように感じる。

あの時言われた通り祭りの翌日には桜の花は綺麗になくなっていた。

今の御崎島に春の華やかさはなく、代わりに健康的な緑が大半を占めるようになっている。

都会では感じなかった視覚的に感じられる四季の訪れに新鮮な気持ち反面、都会の忙しさが恋しくなったりする。

ただ、太陽と風の気持ちよさを知れた分、この島に来てよかったのではないだろうか。



課題を終わらせ、職員室へと向かう途中でふと嫌な予感がした。


 「しまった。ここはどこだ…」


焦りから自然と言葉が口を衝いて出る。

今までに見たことのない場所なので確実に迷ってしまったのだろう。

床の色は真っ黒だった。忠告されていた教室棟の床より黒い。ここから出なければと思ったが、出ようとすればするほどに奥へと進んでいる感じがした。


ふと目に留まった部屋があった。

いや、部屋自体が目に留まったわけではない。実際にはその部屋の扉とその部屋の名前だった。

扉は他の教室と違い鉄製であり、基本的に鍵のついてないこの学園で唯一僕が知る鍵のついた部屋だった。そしてそのドアノブの部分に部屋の名前であろう看板が掛けてある。


 「テラリウム…?」


テラリウムは確かガラスの箱の中で植物を育てる方法のことを指すはずだ。ということは扉の先はさしずめ植物園ということだろうか。

扉に手をかけ一瞬ためらう。もしかするとこの部屋は入ってはいけない部屋なのではないだろか。

それでも中に誰かがいて、その人に職員室までの道が聞けるかもしれないという期待もある。

扉を開くべきか否か。

数分悩んだ結果、好奇心が勝ってしまった。

不安を振り払うように思い切り扉を開ける。

暖かく、心地よい風が頬を撫でた。



そこはまさしく春と呼ぶのにふさわしい場所だった。

見渡せばあたり一面の花畑。タンポポに芝桜、他にも名前のわからない様々な花が咲き誇っている。そして部屋の中心には大きくて立派な、一本の桜の木。

扉から部屋の中心に向かっては芝生の道になっており、桜の木の周りだけが他よりも少しだけ高くなっている。

見れば見るほど不思議な部屋だった。

壁は扉の周り以外一面がガラス張りであり、日光が直接当たるが不思議と不快感がない。

開いている窓は見つけられず、それなのに心地よい風が吹いている。換気をどうやって行っているのかも全く見当がつかない。

部屋はドーム状でありそこそこの広さがある。

桜の木からはなぜか安心を感じた。その大きさからだろうか。おもわず木の下に座り込んでしまう。

座り込んで呼吸を整えたところで鞄の中に地図があることを思い出した。北条先生から渡された大量のプリントに混ざってたものだ。先生のがさつさに救われる。

ぐしゃぐしゃになった地図を出したがテラリウムという場所はどこにも書いていなかった。

改めて迷路のような校舎を恨めしく思う。なんだって設計者はこんないわかりづらくしたのだろうか…



ふと扉の方から視線を感じた。そちらを見るとひとりの少女が扉の陰からじっとこちらを見つめていた。

もしかしたら職員室の場所を知っているかもしれないと思い慌てて扉の方へと駆け寄る。

それを見た少女は若干怯えながらもこちらに近づいてくれる。

正面から見た少女は一見して幽霊のようだった。腰くらいの長さまでまっすぐ伸びた綺麗な黒髪、体は細く薄く百六十あるかないかくらいの身長。そして病的なほどに真っ白な肌。

高校生組の制服を着ているがクラスの誰よりもずば抜けて制服が似合っていた。そして後ろに隠すように持っている赤い表紙の本。

思わず我を忘れて見つめてしまう。

このまま吸い込まれていきそうな…


 「どうして…ここに?」


声を掛けられて我に返る。


 「えっと、課題を出したいんだけど職員室が見つけられなくてそれで…」


焦って言葉がぐちゃぐちゃになってしまう。


 「あの、職員室の場所を教えてくれませんか!」


数秒格闘してようやく言いたいことを言うことができた。

彼女は僕が慌てている姿が面白かったのかくすくすと少し笑ってから今度は慌てたように手に持った本で顔を隠す。


 「職員室なら左側にまっすぐ行って階段を上ったすぐ先に…」


彼女は極度の恥ずかしがり屋のようで、姿を見られているだけでみるみる顔が赤くなっていく。


 「教えてくれてありがとう」


ありがとうと言われて嬉しかったのだろうか、それとも緊張からくるものなのか、さっきよりも明るく上ずった声で返される。


 「どう…いたしまして。…その、もしよかったらまた来てください」


その言葉にちょっとだけドキッとして、照れ隠しに逃げるように駆けだした。

きっと次も会いたいと期待していたのだろう。

階段を上る足取りはいつもの何倍も軽かった。



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