第5話

五月一日、祭り当日。島はいつもより騒がしかった。

桜祭りと呼ばれるこの祭りは本土に住む人からもひそかな人気があるらしく、島の外からも多くの人が桜を見にやってくる。


 「おーい、いずみー!こっちこっち!」


港近くの商店街が僕たちの班の集合場所だった。引っ越したばかりで土地勘のない僕のために柊馬が班員のなかに誘ってくれたのだ。

一度は行こうかなと思ったものの、前日あたりで急速に行きたくなくなった僕は最低限の義理だけ果たそうと集合時間ちょうどに着いたのだが、僕以外の班員はすでに集まっているようだった。

でも予定が近づけば近づくほど憂鬱になる経験はきっと誰にでもあると思う。


 「全員来たな。じゃあとりあえず神社のほうまで行こうか」


先頭を歩く委員長にみんなでついて行く。見れば僕以外はみんな浴衣を着ていた。


 「ちゃんと来てくれたんだね」


耳元で一ノ瀬さんに囁かれる。「えっ?」と問い返すと、彼女は質問に答えるような口調で自分たちが来ている浴衣について説明をし始めた。


 「この浴衣はね、家族で代々受け継がれていくものなんだよ。親の使ってた布と新しい布を半分ずつ使って、子供の成長に合わせてその都度布を足して縫うの。面倒くさい風習だけど、島の人はみんな大事にしてるんだよ」


そういえば三船さんに浴衣を着ていくか聞かれたが、そこまではと思い断っていた。あれもきっと昔使っていた浴衣を再利用したものだったのだろう。

そんなに大切なものだとは知らなかった。帰ったら三船さんに謝っておこう。

ごまかされたのも忘れて感心してしまう。島の風習や歴史は僕の知らないものがまだまだあるのだろう。それを教えてもらえることは純粋にありがたい。

ただ、気になっていることを的確に当ててそれに答える一ノ瀬さんはどうしても怖かった。

商店街を抜けて大通りに出ると急に人が増えてくる。確かにほとんどの人が浴衣を着ている。色々な模様が混ざっているのを着ているのが御崎島の人で、一つの模様しかついていないものを着ているのが安登島か本土に住んでいる人たちなのだろう。こうして区別がつくようになると、御崎島に住んでいる人が圧倒的に少ないことが見てわかる。


 「焼きそばあるぜ。お、あっちにはチョコバナナも」


柊馬が見つけたものを片っ端から報告してくれる。委員長も乗り気らしく心なしかさっきよりふらふらと歩いている気がする。一ノ瀬さんは二人を見てやれやれと頭を抱えていた。

焼きそば、りんご飴、チョコバナナ、ケバブ、かき氷と気になった物をそれぞれ買い集め、最後にダメ押しで綿あめを四つ購入する。食べ物、それも甘いものばかりで胃もたれしそうな勢いだが、出店で買ったものはどれも絶品だった。


 「普通に買って食うと大した味じゃないんだが、祭りで食べると何故かうまいんだよな」


と、柊馬が三本目のりんご飴を齧りながら熱弁する。確かに祭りだからというのもあるのかもしれない。


 「どうだ、いずみ?桜祭りは楽しんでくれているか?」


委員長が振り返って問いかけてくる。

そう、僕は昔から祭りに良いイメージは持ってなかった。騒がしいし道は通れない。純粋に楽しんだのは小学生に上がるまでだろう。

それなのに今日は心の底から楽しいと感じていた。なぜなのかは自分でもわからないが。


 「うん。こんなに楽しいお祭りは初めてだよ」


それを聞いて委員長は安心したように微笑んだ。思えば彼らが集まってくれたのも僕に対する気遣いだったのだろう。


 「ありがとう、みんな」


思わず本音がこぼれてしまう。一ノ瀬さんには聞こえていたのか彼女だけはそれを聞いてこっそり頬を緩ませた。


目的地である神社、御崎神社の前へとたどり着く。

御崎神社は島の中心にあり、本殿まで行くには百段あると言われる階段を上らなければいけないらしい。

それもそこそこ急な階段であり、登りきる頃にはすっかりお腹が空き始めていた。


 「おー、お前らようやく来たのか。あんまり遅いからもうほとんど売れちゃったぞ」


声をかけられた方を見ると北条先生が鉢巻をして屋台で待っていた。机にはきっかり四つだけ商品が残っている。


 「先生毎年ありがとー、はいこれ」


そう言って柊馬が四つ分払いそれらを持ってきてくれた。

近くで見るとそれは精巧な飴細工だった。動物をかたどったそれらは色から形までどれも息を呑む出来だった。


 「柊馬はいつも通り馬で、胡桃は猫か」


 「いつも通りって言うけどそういうお前もいつも通り可愛いうさぎちゃんだろ?」


柊馬が鼻で笑いながら一人一人に手渡しする。自分の分は大きく羽を広げた鳥だった。


 「野鳥かな。たぶんツバメだと思う」


 「よくわかったなー一ノ瀬!春に転校して来たからな、ツバメにしてみたんだがわかりづらかったかもと心配だったんだ」


そう言いながら北条先生はすでに屋台を畳み終わっていた。


 「ツバメみたいに去らないで、いつまでもこの島にいてくれていいんだぜ。それじゃあ先生は公民館で飲んでくるから。気を付けて帰れよ」


それだけ言うと片手をあげて先生はそのまま階段を下りて行った。

僕たちは参道わきのベンチに座って飴細工をほおばることにした。

飴細工の出来は素晴らしく、食べてしまうのがもったいないほどだった。

それでもいつまでも持っているわけにはいかないので、写真を撮って我慢することにした。

携帯のカメラで写真を撮る。それを見た柊馬が四人で集合写真を撮ろうぜと提案する。

そうして僕たちの返事も聞かずに近くにいた人に写真を撮って欲しいと頼みに行ってしまった。


 「はーい、笑って~」


流されるままに四人並んで写真を撮られる。柊馬と一ノ瀬さんは記録に残ることを喜んでいるように満面の笑みだった。委員長はしぶしぶという感じだったが、最後には笑っていたと思う。

僕はどんな顔をすればいいのかわからなかった。写真は苦手だったし、何より彼らと一緒にいるのにどんな顔がふさわしいのかがわからなかったのだ。

一枚写真を撮ってはうーんと唸ってもう一枚。それを見てまた唸ってもう一枚と繰り返す。

四枚くらい撮ったはずだ。どうにか笑うことができたということだろう。撮ってくれた人は今度現像したのを渡すからねと言って去って行った。僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

甘すぎる飴細工を食べ終えて、思い出した風に柊馬が委員長と一ノ瀬さんに聞く。


 「そういえばさ、今年はお前らあれやらないの?」


 「あれは…」


 「まあ、準備はしてるけど…」


二人は顔を赤らめてそっぽを向いている。


 「ならやればいいじゃんか。それに七不思議のひとつにもなるだろ?」


七不思議と言われてしぶしぶ二人は立ち上がった。そしてそのまま神社の裏へと歩いていく。柊馬に連れられて僕も少し後ろからついて行った。

柊馬曰く恋人同士が神社裏の桜の木の下で指輪交換をすると、二人は遠く離れても再び会うことができる、というおまじないがあるらしい。二人はそれを十歳の時から続けているのだとか。

それを聞いてずきりと胸が痛くなる。そんな迷信あるわけないと、声を大にして叫びたい衝動に駆られる。

せっかくだから見とけよと言われたが、二人にとって大切な儀式に水を差すのは嫌だったし、何よりこの迷信を受け入れることができなかったので先ほどのベンチで一人待っていることにした。

時間にすればほんの数分だったと思う。二人の永遠を誓った儀式は終わりをつげ、二人は仲良く手をつないで帰ってきた。

二人を見てうらやましいと思ってしまう自分がいた。

儀式を終え帰ってくる二人を確認し、柊馬は満足げに言った。


 「それじゃあ、最後にいつもの場所に行こうぜ」

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