第2話

四月の末の今日、転校するにはあまりにも中途半端な時期に転校してきたのには幾つか理由がある。その一つがもともと通っていた学校との手続きだ。

もともと僕は都内ではそこそこ有名な中高一貫校に通っていた。

高校一年生になった僕は特に問題もなく、気心の知れたクラスメイトと一緒に高校へと通う予定だったのだ。少なくとも一年前はそう思っていた。

高校を変えたのは僕を生んですぐに亡くなった母に原因がある。

母はどんな人だったのか知りたくて無理を言ってこの島に一人やってきたのだ。

島は東京と比べるとのどかで、何より人がいない。

中高一貫校どころか小中高一貫の学園は驚くほどに生徒数が少ない。

なにせ高校一年生はクラスが一つしかなく、そのクラスも僕含めて十五人しかいないのだから。

これだけ広い校舎も宝の持ち腐れという言葉がまさしくぴったりだろう。




授業は半日で終わった。何でももうすぐ島一番の祭りがあり、その準備で教師陣もとい大人は皆忙しいらしい。柊馬は嬉々として部活へと向かい、僕は委員長に学園を案内してもらっていた。


 「…と、まあこのくらいが授業で使う教室だから最悪ここだけわかれば後は大丈夫。たまに低学年の面倒を見るときとかもあるけれど、その時はクラスみんなで行くからまた教えるよ」


 「ありがとう。想像以上の広さで驚いたよ…それに中庭とかやけに多くない?職員室が多いのはまあわかるけど」


案内してもらっただけで中庭と称されるような場所は三か所あった。それの他に校庭やプール、図書室に美術室が校舎のあちこちに配置されている。正直なところ案内されたときに通った道以外の道順は一つもわからなかった。


 「まあ、いろんな学年がいるからね。どこかにだけ優遇するとかができなくて、気づいたらこんな迷路みたいな学園になっちゃったんだってさ」


迷路、この校舎を言い表すのにこれ以上ぴったりな言葉はないだろう。見るからに隠し通路や隠し部屋がそこらかしこにありそうな感じだ。


 「一つ言い忘れていたんだけど、廊下の色ってこんな風に新しい部分とそうじゃない部分があるんだよ」


言いながら老化のちょうど分かれ目の部分を跨ぐ。ここはちょうど音楽室などがある特別棟と小学生用の教室棟の境目だった。


 「こんな風に色を見れば大体古いかどうかがわかるんだ。それでな、この小学生用の教室棟よりも床の色が暗い場所に入ると怒られるから気をつけろよ」


小学生を驚かすような口調で言われる。確かにここの床はかなり黒ずんでいる。だいぶ古くに作られたのだろう。ということはここよりも昔に作られた場所があって、そこに入ってはいけないということなのだろうか。


 「それは、古くて壊れやすいから入っちゃいけないってこと?」


 「先生曰く一応お化けが出るってことになってる」


なるほど、お化けか。確かにこんなに古ければお化けの一人や二人出るだろう。勿論本当にいればの話だが。

冗談だと思い笑っていると、委員長は一緒になって笑ってくれた。


 「だよな。僕も話聞いたときは笑った。でも危ないのは事実だから気をつけろよ」


 「はい、わかりました。肝に銘じておきます」


そんなこんなで一通り案内され終わった。外を見てもまだまだ空は青かった。


 「そういえば、案内が終わったら先生のとこに連れていくよう言われていたんだ。こっち、ついてきて」


そう言われて今度は職員室の一つに連れていかれる。学園全体の職員室ではなく高校生クラスの職員室の方だ。

そしてそこには僕らの担任、北条先生の姿があった。


 「委員長、ご苦労だった。話は長くなるから先に帰っていても大丈夫だぞ」


それを聞いて委員長は深くお辞儀をして職員室の外へと歩きだす。


 「そうだそうだ。伝え忘れていたんだがいずみ君は御崎島住みだ。みんなに伝えておいてくれ。班分けもそうなる予定だから」


北条先生が立ち去ろうとする委員長の背中に声をかける。


 「わかりました。クラスのみんなに伝えておきます」


僕が島に住んでいるのを聞いて一瞬嬉しそうな顔をする。しかし、それについて聞く暇もなく去って行ってしまった。仕方がないので明日聞くとしよう。


 「さていずみ君、まずは転校初日お疲れ様。委員長や柊馬と仲良くなれたようで先生も一安心だよ」


北条先生は委員長が帰ったのを見送ってから話し始める。


 「君の事情とかそういうのは君のお父さんにいろいろ聞いたよ。ま、クラスメイトはみんないいやつだから、とりあえず安心して生活してほしい。今のところで何か心配なこととかあるか」


 「いえ、特にはないです。強いて言えば校舎が迷路みたいで大変なことくらいですかね」


半分本当、半分冗談で先生に返す。先生も僕が思っていた以上に明るくて安心したらしく、表情が柔らかくなっている。


 「まさしく君の言うとおりだよ。私なんか勤務し始めて最初の一か月は職員室に行ったら道が分かんなくなって授業が自習になってしまったことだってあるからな」


笑いながら先生が話す。笑いごとにできるような話ではないと思うのだが。

突然先生の顔から笑顔が消え、まじめな表情へと変わる。それと同時に少し空気も固くなる。


 「っと、それじゃあ本題に入るけど、いい?いずみ君の事情というか、主に前の学校のことについて聞きたいんだけど…」



 「なるほどなるほど。なら授業は予定通りで大丈夫だな」


色々と質問され、一通り答えると納得したのか再び先生の顔に笑顔が戻る。


 「さてと、これが君用のプリントで明日からの予定とかが書いてあるから。」


そう言って机の上に置いてあるプリントの山を指さす。


 「このプリント全部ですか」


 「必要ないのも混ざっているが、どれがどれだかわからなくてな。すまないが一応すべて持ち帰ってくれ」


残念なことに嫌ですと言えるだけの度胸は持ち合わせていなかった。仕方なくプリントを全部鞄に突っ込んで家に帰ることにする。


 「そうだ、土曜日に祭りがあるんだ。ぜひ見に来てくれよな。先生も屋台やるから」


帰り際に先生に言われた。僕はわかりましたと返しておいたが実際に行くかどうかは決めてなかった。


 「そういえば先生」


一つ聞き忘れていることがあった。

若い先生だからともともと期待していなかったのだが、もしかしたら知っているかもしれない。


 「ん?どうした?」


 「いえ、三船夏美って人知っていますか?」


 「…いや、私は知らないなぁ。学園の生徒か?」


 「いえ、そういうわけでは…すみませんでした、ありがとうございます」




家に着く頃には空はオレンジ色になっていた。

港近くの喫茶店『四季』は母方の祖父が営んでおり、僕は二階の部屋を貸してもらっている。

もともとは母が住んでいた部屋だったらしい。

そう思ってよく見れば部屋からは女性の気配がするかもしれない。

それでも大事なものは父と結婚するときに東京に持って行ったんだろう。女性の部屋にしては飾り気がないに等しかった。

部屋を使わせてもらえるのはありがたかったが、ただ住ませてもらうのも悪いのでそこはお店を手伝うことで自分なりに折り合いはつけているつもりだ。

夕食と風呂をすまして自分の部屋にこもる。

部屋の電気もつけず、隅に座り込んで携帯を開く。中学に入学したときに買ってもらったオレンジ色のガラケーだ。

新着メールは二件。

一つは父からのメール。学校は無事に行けたか、と変なカニの絵文字を添えて文章が届いている。


 「ちゃんと行けたよ、と」


簡単に返して次のメールを開く。二つ目は中学の同級生で幼馴染からだった。


 『今日が最初の登校日だと北斗さんに聞きました。君は人見知りなので友達がちゃんとできるか心配です。君の人の善さを私はよく知っているつもりです。今は今日の失敗を思い返して恥ずかしさに悶えているかもしれませんが、君の善さを分かってくれる人はきっといるはずです。

こっちは無事高校の部活も始まり、いつもの仲間と楽しくまじめに稽古に取り組んでいます。もしそっちに弓道部があるなら、また始めてみるのもいいと思います。

新生活頑張ってください。燈花より』


文章と一緒に写真も送られてきていた。かつての同級生の顔を見て思わず東京が恋しいと思ってしまう。

因みに北斗は父の名前だ。どうやらこっちの事情は父が色々と話しているらしい。

燈花の父親は僕がもともと通っていた学校の理事長をしており、父の同級生だった。小さい頃から家族ぐるみの付き合いがあり、燈花は僕の姉的な存在だった。

送られたメールをよく読むと、下の方にさらに一文添えてあった。


 『PS.もしも不安なことがあったら何でも相談してください。私はいつでも道を示しますよ』


それを読んで思わず目頭が熱くなる。僕のことをここまで気にかけてくれる人がいたんだと、遠く離れてようやく実感することができた。

返信に学園のことと友達のことを書き、同じように追伸にまだ頑張ってみると書いて返信をする。

そういえばと、カバンの中からくしゃくしゃに丸まった紙を引っ張り出す。学園でもらった委員長と柊馬のメールアドレスと電話番号をそれぞれ電話帳に登録して二人に挨拶のメールを送信する。


 『学園ではありがとう。明日からもよろしく。』


シンプルで当たり障りない文章にしておいた。よそよそしすぎるかもしれないが、今日会った友達からフランクすぎるメールが来ても怖いだけだろう。

気づけば結構な時間が過ぎていた。

明日の朝も早い。今日はもう寝ることにしよう。

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