Spring

第1話


緩やかな桜並木を上った先にその学園はあった。

桜ノ宮学園、この島唯一の学園で小学生から高校生まですべての学生の通う学び舎。

そして、今日から僕が通うことになる学校でもある。

その敷地は広く、正門から昇降口まで行くまでにかなり歩かなければならない。

校舎は今時珍しい木製で、しかも改築せずに増築を繰り返しているため教室はわかりづらく何より床や壁の色が変わるのが否応なく記憶を複雑にさせる。

実際、登校初日から二階西端の教室に着くまでに30分もかけてしまった。


 「えっと…泉春斗です。これからよろしくお願いします」


黒板に自分の名前を書いてから挨拶をする。視線が一気に集まる。クラスの誰も、先生すらも何もしゃべらなかった。

時期の外れた転校生に生徒の目は興味で染まる。

舐めるような視線が一気に集まり、不安な静寂に嫌な汗がにじみ出る。心臓はバクバクして張り裂けそうだった。

さらに何か言うべきか。横目で先生をちらりと見るが何か考えている様子もない。

まるで自分の仕事は終わったからあとはよろしくと言わんばかりの表情だった。


 「今まで東京で暮らしていたので島での生活に慣れるよう頑張ります。もしよかったら島の案内とかしてもらえると嬉しいです」


当たり障りのないことを言ってようやく眼鏡をかけた男子生徒が拍手をしてくれ、それに釣られた他の生徒も拍手をし始める。

ようやく終わったと胸をなでおろすと、眼鏡をかけた長身の男子が手を挙げてから立ち上がった。


 「先生、いずみ君の席はあの空いている席でしょうか」


先生、と呼ばれて隣の男は一瞬俺?というような表情をする。

思わず本当に教師なのか疑ってしまいそうになる。


 「そうだな…窓側の一番奥の席が君の席だ。そこに座ってくれ」


眼鏡の男子に助けられ自分の席に着くことができた。クラスの緊張も心なしかほぐれたように感じる。

肝心の先生はというと、ようやく目が覚めたのかという感じであくびを噛み殺してから軽い自己紹介を始めた。


 「さてと…私の名前は北条蓮だ。このクラスの担任で現代文学を教えている。それじゃあ授業を始めるから準備をしろー」


北条先生の掛け声により生徒たちががやがやと授業の準備を始める。

窓際の席。入り込んでくる日差しと風がとても心地よかった。



人口およそ数千人。本土から遠く離れた島がこの御崎島だ。島は三日月型でちょうど港を囲むような形になっている。

島はそれほど大きいわけではなく、車さえあれば半日で一周できてしまうくらい小さい。

桜ノ宮学園は島の南側にある小高い丘を登った先にある。正門前の坂道は桜並木になっており、今日も美しく咲き誇っていた。

島の北側は現在ほとんど人が住んでいないらしく一部はゴーストタウンと化しているらしい。

船から島を見た印象はよく言えば風情がある、悪く言えば何もない島だと感じた。

港町ということもありその風景はどこか外国のようであり、通りかかった水夫でさえ映画のワンシーンのように見えた。ただし、都会のようなカラフルさはどこにもなく、この景色も見慣れてしまえばつまらないものになるだろう。

田舎者が都会に憧れを持つ。その理由の一端を早くも知ってしまったような気がした。



 「なあなあ、俺野田柊馬。いずみ君ってさ、東京から来たんだろ?東京って街のどこにでもラーメン屋があるって本当なのか?」


授業が終わるや否や隣の席の男子に声をかけられる。他の生徒もぞろぞろと席の近くに集まろうとしていた。

落ち着いて、ゆっくりと。変に上ずった声になっていないかしっかりと確認しながら答える。


 「えーと、僕の住んでる周りだけかもしれないけど確かにラーメン屋は多かったよ。他にもカレー屋とかも多かったかな」


と、答えたところで野田柊馬と会話は成立する前に新しい質問によって遮られていく。


 「じゃあじゃあ、東京の若者はみんな全身蛍光色の服を着てるってホント?」

 「おじいちゃんが東京人は血の代わりにコーヒーが流れてるって言ってたぞ」

 「あれだろ、千五百メートルくらいのでーっかい橋があるんだろ?」

 「ねえ、いずみ君ってどうして引っ越してきたの?」


ぞろぞろとクラスのみんなが集まってきては矢継ぎ早に質問される。質問の内容が突拍子もない上に名前も知らない相手に囲まれていて、自然と頭がエラーを吐き出す。

背筋に再び嫌な汗が出るのを感じる。


 「あんまり質問攻めにするなって、いずみ君が困っているだろ」


騒がしかった教室の中でも特によく通る声だった。その一言で質問はたちまち止まる。

声の主は自己紹介で助けてくれた彼だった。


 「質問は後で新聞部かなんかにまとめてもらって、取材形式にしたものを壁新聞にでもしたらいいと思うよ」


一瞬の静寂を逃すまいとどこかからそんな声が聞こえた。

それを聞いて何人かの女子が輪を抜けて集まりだす。それにつられて集まっていた生徒が徐々に自分の席へと帰っていき、代わりに助けてくれた男子が近づいてきた。


 「大丈夫ですか?すみません、みんな悪気があったわけじゃないんです」


眼鏡の彼が頭を下げ、隣の席の野田柊馬の方へと向き直る。


 「お前がフォローしなきゃいけないのに一緒になって質問してどうすんだよ」


眼鏡の彼がため息をついて言う。さっきよりも語気は強かった。

野田くんは一応悪かったと思っているのか小さく手を合わせてごめんと言ってきた。


 「僕は南杏平きょうへい。クラス委員をしていて、放課後君に校舎を案内するよう言われてるからあとでよろしく」


 「こいつ、みんなからは委員長って呼ばれてるから委員長って呼ぶといいぜ。俺のことも柊馬でいいからな」


隣の席の彼と眼鏡の彼がそう言って手を差し出してくる。

転校して早々友達ができたことに心底ほっとしつつ二人の手を取る。


 「委員長に柊馬くん、ありがとう。改めてこれからよろしく」


お互いの手をがっしりと握るとちょうどチャイムが鳴り先生が教室に入ってきた。

各々授業の準備をしに席に戻る。教科書をカバンから出していると机の上に丸めた紙が投げ込まれた。

 『くん付けはなし!』

紙には大きくそう書いてあった。そしてよく見れば下の方に柊馬の電話番号とメールアドレスが書いてあった。

隣を見ると柊馬がこちらを見ずに軽く手を振ってくる。

後で登録しておけということだろう。

何はともあれ、幸先のいいスタートだと思う。僕の一番の不安は友達ができるかどうかだったのだ。

友達ができて、電話番号とメールアドレスを貰って、正直すごく浮かれていた。

授業なんて一つも耳に入ってこなかった。

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