アオイサクラ

朝日 空

プロローグ<幸福の王子>

街の上に高く柱がそびえ、その上に幸福の王子の像が立っていました。

王子の像は全体を薄い純金で覆われ、目は二つの輝くサファイア、王子の剣の柄には大きな赤いルビーが光っていました。

ある寒い冬、一羽のつばめがある街にやってきました。

つばめは暖かいエジプトへと向かう途中にその街へと泊まりに来たのです。

街で一番高い柱の上、黄金の立派な像の足元に止まると、晴れているにもかかわらず水滴が上から降ってきます。

驚いて見上げると、像の両眼が涙でいっぱいになっているではありませんか。


 「あなたはどなたですか」


 「私は幸福の王子だ」


 「それならなぜ泣いているのですか」


王子は答えます。

街で一番高い場所にいて、街の全てが見渡せた。人々の醜悪さや悲惨な出来事を初めて知ったのだ。これが泣かずにいられるか、と。

王子は続けてつばめにお願いします。


 「つばめさん。病気の子どもに剣の柄にはまったルビーを届けてはくれないだろうか」


つばめは一晩泊まること条件に了承します。

次の晩、旅立とうとするつばめに再び王子がお願いをします。


 「つばめさん。あの空腹な若者に両目のサファイアを届けてはくれないだろうか」


つばめは王子の両眼を奪うなんてできないと涙を流しましたが、他でもない王子の頼みだったので、若者にサファイアを届けました。

つばめは何も見えなくなった王子の元に戻ります。

つばめは目の見えなくなった王子のために、ずっと王子と一緒にいる決意をします。

次の日から、つばめは王子の代わりに街を見て回ります。

そして多くの貧しい人がいたことを王子に伝えました。


 「つばめさん。すべての貧しい人に、私の純金を剥がして届けなさい。生きている人は、金があれば幸福になれると考えているのだから」


つばめは言われたとおりに純金を一枚剥がしては貧しい人へ届け、やがて王子はみすぼらしい灰色になってしまいました。

やがて冬になり、つばめはとうとう自分は死ぬのだと悟ります。

つばめは最後の力を振り絞り王子の肩まで飛び上がります。


 「さようなら、王子様。あなたの唇にキスをしてもいいですか」


 「とうとうエジプトへ旅経つのだね。しかしキスはくちびるにしておくれ。私はあなたを愛しているのだ」


 「私はエジプトに行くのではありません。死の家に行くんです。『死』というのは『眠り』の兄弟、ですよね」


そしてつばめは王子のくちびるにキスをして、彼の足元に落ちていきました。

その瞬間、像の中で何かが割れた音がしました。それは鉛の心臓がちょうど二つに割れた音でした。

次の日の朝、みすぼらしくなった王子の像を見て市長はたいそう不機嫌になりました。

鳥の死骸はゴミ山へ、王子の像は溶鉱炉で溶かしてしまうよう決められてしまいます。

しかし、いくら溶かしても鉛の心臓だけは溶けませんでした。

気味悪がった鋳型職人は鉛の心臓をゴミ山へと捨ててしまいます。



神様が天使に言いました。


 「この街で最も尊いものを二つ持ってきなさい」


その天使はゴミ山で寄り添うように並んでいるつばめの死骸と鉛の心臓を持ってきました。

神様は言います。


 「正解だ。この永遠の国で、二つは幸福に生きるであろう」

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