12

 時間は十七時。分厚い雲のせいですでに外は暗い。なおも強い雨が続いている。

「こんな時間をかけるつもりじゃなかったんだ。本当にすまないね。あと、体の具合が悪かったらすぐ病院に行ってくれ。そのあと、私たちにも必ず連絡してくれよ。なにかあれば、責任は必ず取るしね」

 駅まで送ってくれた若葉さんが言う。夢咲さんは駅構内の小さなコンビニで野菜ジュースと卵とハムが入ったサンドイッチを買って来てくれた。

「あとで食べてね」

「ありがとうございます」

 小さなビニール袋を受け取る。少しだけ触れたその手は冷たい。

「洋服、電車に置いていかないようにね。それとジャケットは返さなくていいから」

 真っ白の服装で外を歩くのは嫌だろうと、夢咲さんが準備してくれた青い薄手のコートを見る。だいぶ大きなサイズだ。それはそれで恥ずかしいが、真っ白よりはマシだ。

「今日は私の無理に付き合ってもらって悪かった。お詫びというわけじゃないが、もし、曽根くんがなにか困ったことあったり、もしくはただ暇だったりした時、いつでも我々を訪ねてくれて構わない。我々は君の味方をするよ」

 若葉さんの隣で、夢咲さんが頷いている。

「その時は、よろしくお願いします」

 軽く頭を下げる。

「さきっち、またねー」

 俺は真っ白な二人を背に改札を抜けた。階段を登る前に振り返ると、夢咲さんはまだ手を振っていた。


 家に帰ると、母がすぐに声をかけてきた。

「咲太、大丈夫なの?」

「うん。若葉さんの所で休んでもう治った」

「そうなんだ。それじゃあ良かったね。明日は今日休んだ分の内容、誰かに聞くんだよ」

「わかった」

 シャワーを浴びてから部屋に向かう。階段には今日もまた弟の制服が干されていた。

 部屋の中では、三人の人形がいつもと同じように座っている。俺はまだ未完成の一人を手に取った。

 そういえば、高耶のせいで眼球を買えてなかった。明日にでも買いに行こう。

「今日のご飯、ハンバーグだから。できたらまた呼ぶねー」

 母の声が聞こえる。料理ができるまでの間、人形に何色の眼球を入れるべきなのかを考えた。

 虹彩は色によって、光への耐性が変わるらしい。が、人形の瞳の色を決めるのに、そんなことはどうでもよかった。重要なのはイメージ。この人形が住むここではない世界を、人形の瞳は映し出すはずだ。そのことを考え続けなければならない。その時、俺は異世界を覗くことになる。ここではない非現実的な世界を。

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