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「失礼します」
俺もあとを付いて行き部屋に入った。長方形の一部屋で体育館を彷彿とさせる。入って右の壁沿いにもう一つドアがある。外の廊下に出るんだろう。
「私が一方的に連れてきたのに申し訳ないが、こちらにサインと入室時間を書いてもらえるかな」
入って左側の壁には、ホワイトボードが置いてある。そこに表を挟んだバインダーがマグネットでくっついていた。
表は赤色の紙を使っていて、線は白色で引かれている。すでに三人の名前が書かれていた。
一番上が夢咲緋夏、二番目に高野圭、三番目に若葉健二と書かれている。文字は全て色ペンで書かれていた。置いてあるボールペンも色付きのものだけで、黒は見つからない。
「すみません、名前は何色で書けばいいでしょうか?」
若葉さん聞いたつもりだったが、とっくに部屋の中心の座布団に座って本を読んでいる。
「何色でもいいよ。えっとね、さきっちは緑が合うと思うな」
代わりに、いつの間にか横に居てくれた夢咲さんが、質問に答えてくれた。ちなみに、夢咲さんは黄色い文字で名前を書いている。
さきっち、とは俺のことだろう。随分と馴れ馴れしい物言いは、決して気分の悪いものではなかった。仕草や表情、声色の全てが好意に溢れているからだろう。なにをしても、その好意は無くならないと誤解させるほど。
「さきっちって、呼ばれるの嫌?」
「全然。じゃあ緑で書きます」
深い意味はなく、緑を選ぶ。夢咲さんは緑のボールペンを渡してくれた。すぐに書けるようにペン先が出た状態にしてある。
「ふーん、綺麗な字書くんだね」
字が綺麗と言われたことはなかった。それよりも、夢咲さんの字の方が綺麗だった。まるで印刷したかのようだ。若葉さんの文字は朱色の筆ペンで書かれている。こちらは達筆で、掛け軸にそのまま飾れそうなほどだ。
俺の字よりも汚いのは、高野圭の字だ。とても暗い青色で書かれている。とめ・はね・はらい、と線と線の繋がりは正しいのだが、大きさやバランスがめちゃくちゃなせいで読めるギリギリになっている。
「彼が言うには、読めない奴は物事を正しく捉えられてないやつなんだって。読めた?」
「たかのけい、ですか?」
「え、本当に凄い。合ってるよ」
なにがそんなに面白いのか、とても笑っている。綺麗に並んだ歯が見えた。つられて笑うと、それがきっかけで夢咲さんはさらに笑った。
「男前が来たからってちょっとはしゃぎすぎじゃない」
遠くで若葉さんのよく通る声が聞こえる。夢咲さんに言ってるのだろうが言われた本人は返事をせず、若葉さんのほうに下唇を少しだけ突き出した。そして眉毛を歪ませて俺を見た。あのおっちゃんがなんか言ってるけど、無視していいから。そんな感じだ。
「書いたらおいで。時間は無限にあるわけじゃないんだから」
返事を待たずに若葉さんがまた言う。
「はーい」
夢咲さんはわざとらしい大きな声で返事をしてから俺の手を引いた。そのまま若葉さんのところに連れられる。
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