3
外の景色が全く見えない。そこでやっと逃げ道がないことが気になり始める。一抹の不安を感じていたが、漠然とした大丈夫だという気持ちがあった。それは、ただの楽観だ。自分が難しい判断をしなくて済む、楽で主観的な考え方。
急に汗がにじみ、眩暈で足が重くなる。
「おっと、大丈夫かい。体調が悪いのなら少し休んでからお家に帰るかい?」
しかし、若葉さんのこの言葉は俺の疑心をいとも簡単に解いた。別に閉じ込められてしまったわけではない。いつでも家に帰れるわけだ。
「いえ、大丈夫です……」
微かな安心感にすがりながら、階段を上る。
小さな踊り場に出ると、手すりの向こうに外が見えた。あいも変わらず降り続ける雨は廊下を濡らしている。
踊り場を出ると、短い廊下を挟んで正面にドアがある。右手側には廊下が続いていた。
正面のドアが開いた。そして中から女性が出てくる。ズボンがショートパンツであること以外、若葉さんと全くおんなじ服装で、年齢は同世代か大学生くらいに見える。
「やっぱり。足音聞こえてたんですよ」
髪の色はアッシュに黄色のメッシュだ。女性は、肩甲骨あたりまで伸びた髪を手でどけながら、子供のような声で言った。手首には黒のヘアゴムが付いている。普段は髪を縛っているのだろう。
「ああ、君が例の。曽根咲太君だよね。私はゆめさきひな。よろしくね」
女性は、読唇術が使えなくても分かるくらいはっきりと、唇を動かしながら俺の名前を呼んだ。その赤い唇は、淵に向かって薄くなっている。
「夢咲君、わざわざ玄関まで来なくたっていいんだよ。扉くらい自分で開けられるんだから」
「ドアが開けられないほど老いぼれじゃないのは知ってますから。二人とも早く中に入ってください」
若葉さんは、その女性の返事を聞き嬉しそうに目を細めた。
女性はドアを開けたまま、俺たち二人が中に入るのを待っている。大きな目の目尻にシワを寄せた笑顔で、人形では表現できないような、幸せを感じさせる表情だった。先に若葉さんが入っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます