改札を出て、東口に向かう。

「拳銃を持つのは初めてかい?」

 男は振り返らずに聞いてきた。真っ直ぐに伸びた背中はシャツの上からでも分かる程、筋肉質だ。

「もちろん、初めてです」

「はっはっはっ。じゃあ、緊張しただろう。さて、返してもらおうかな」

 男はよく通る声で豪快に笑いながら振り返ってきた。青いタオル生地の袋を渡す。それにしても。笑顔が絶えない人だ。警戒心が途切れてしまいそうになる。

「自己紹介がまだだったね。私の名前は若葉健二。よろしく」

「曽根咲太です」

 駅を出るタイミングで俺はビニール傘を開いた。若葉さんは大事そうに青いタオル生地の袋をしまい込むと、そのまま雨の中に歩き出す。

「傘は使わないんだ。雨合羽も使わないよ」

 数秒で服が水をひたひたに吸っている。横で傘をさしながら歩くのが申し訳ない。

「あの、傘入りますか?」

「いや、我々は傘を使わない主義なんだ」

 落ちる雨粒に気がついていんじゃないかと、そう疑ってしまうほどの大胆な歩き方だ。

「服の中にしまってある本とか、大丈夫なんですか?」

「本とか、ね。大丈夫だよ。この服は内側に防水性のポケットついてるから」

 振り返った若葉さんは、全く瞬きをしていない。雨粒が目に入ることを気にしていないし、むしろその水分を利用しているようにもみえる。

「ちなみに、拳銃は基本的に防水だから気にしなくていいんだよ」

 と、左手の薬指と小指をたたみ、人差し指と中指はぴったりくっつけ、そこに対して直角に親指を伸ばした。人差し指の先端をこめかみに当て、釣竿を引くような動作をする。それは、拳銃で地震のこめかみを撃ち抜く動きを真似たものだった。


 駐車場と、飲食店と古本屋。あとは小さなビル、マンション。それらが空き地と道路に挟まれながら転々と建っている。その大通りを十五分ほど歩き、真っ白なビルに着いた。周りに人はいない。

「さて、ここだよ。曽根君」

 入り口のガラス扉を開けると、右手側に階段、正面にエレベーターがある。しかし、エレベーターは使用禁止のようで、ボタンにガムテープが貼られていた。すぐ近くに傘立てが置かれているが上に布が被せてあり、こちらも使用禁止のようだ。

「おっと、普段は使わないのでね」

 若葉さんは布を取った。そこに傘を立てる。随分と新しい傘立てだった。

 階段を登る。窓はないが、LED電球のおかげで眩しい。階段を登りながら、ふと、取り返しのつかない所まで来た気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る