2
改札を出て、東口に向かう。
「拳銃を持つのは初めてかい?」
男は振り返らずに聞いてきた。真っ直ぐに伸びた背中はシャツの上からでも分かる程、筋肉質だ。
「もちろん、初めてです」
「はっはっはっ。じゃあ、緊張しただろう。さて、返してもらおうかな」
男はよく通る声で豪快に笑いながら振り返ってきた。青いタオル生地の袋を渡す。それにしても。笑顔が絶えない人だ。警戒心が途切れてしまいそうになる。
「自己紹介がまだだったね。私の名前は若葉健二。よろしく」
「曽根咲太です」
駅を出るタイミングで俺はビニール傘を開いた。若葉さんは大事そうに青いタオル生地の袋をしまい込むと、そのまま雨の中に歩き出す。
「傘は使わないんだ。雨合羽も使わないよ」
数秒で服が水をひたひたに吸っている。横で傘をさしながら歩くのが申し訳ない。
「あの、傘入りますか?」
「いや、我々は傘を使わない主義なんだ」
落ちる雨粒に気がついていんじゃないかと、そう疑ってしまうほどの大胆な歩き方だ。
「服の中にしまってある本とか、大丈夫なんですか?」
「本とか、ね。大丈夫だよ。この服は内側に防水性のポケットついてるから」
振り返った若葉さんは、全く瞬きをしていない。雨粒が目に入ることを気にしていないし、むしろその水分を利用しているようにもみえる。
「ちなみに、拳銃は基本的に防水だから気にしなくていいんだよ」
と、左手の薬指と小指をたたみ、人差し指と中指はぴったりくっつけ、そこに対して直角に親指を伸ばした。人差し指の先端をこめかみに当て、釣竿を引くような動作をする。それは、拳銃で地震のこめかみを撃ち抜く動きを真似たものだった。
駐車場と、飲食店と古本屋。あとは小さなビル、マンション。それらが空き地と道路に挟まれながら転々と建っている。その大通りを十五分ほど歩き、真っ白なビルに着いた。周りに人はいない。
「さて、ここだよ。曽根君」
入り口のガラス扉を開けると、右手側に階段、正面にエレベーターがある。しかし、エレベーターは使用禁止のようで、ボタンにガムテープが貼られていた。すぐ近くに傘立てが置かれているが上に布が被せてあり、こちらも使用禁止のようだ。
「おっと、普段は使わないのでね」
若葉さんは布を取った。そこに傘を立てる。随分と新しい傘立てだった。
階段を登る。窓はないが、LED電球のおかげで眩しい。階段を登りながら、ふと、取り返しのつかない所まで来た気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます