中学一年生の夏の頃、母方の祖父に譲ってもらった人形の頭に穴を開けてしまった。たしか、人形のおでこに付いた汚れをピンセットの針で削り取ろうとした時に開けてしまったんだと思う。

「二週間後に取りにきて」

 ドールショップの若い男の店員は、うちわを仰ぎながらそう言った。どんな見た目だったのか、あまり思い出せないが、細身とは程遠い体つきだったと思う。

「どうやって直すんですか?」

 俺は、店員が信用出来なかった訳ではないが、そんなことを聞いた。

「そりゃあ、長年の知恵で直すんだよ」

 店員はそう言いながら、四つ折りにしていた紙を俺に渡した。

「これが君の控え。つまり、人形を受け取るのに必要な紙だ。ちゃんと持って来いよ」

 うちわが風を切る音がやけに耳に残っている。


 冷たい空気に鳥肌が立ち、意識が戻った。いつの間にか自分の席に座っているみたいだ。

 高耶と紫乃さんが、さっきまで話していたことをまた話していた。

 ふと、眉間の上を触ってみる。拳銃に撃たれて空いた穴は当然のように塞いであった。

「いつから見えてるの? その星は」

「入学式よりは前だな。ちゃんとよく覚えてないけど。そんくらいだよ」

 いったい、なにが起きたのか。あの男は、窓の方を向いて座っている。

 俺はあの男に拳銃で撃たれたはずなのに、そんな形跡はどこにも残っていない。

 男の集まりが帰っていく。しかし、男の集まりはとっくに帰っていたはずで、それがなにを意味するのか。俺の乏しい想像力では、時間が遡ったという非現実的な結論しか出なかった。

「子供の頃から見えてるわけじゃないんだね。それじゃあ、一時的なものかな。なんにしてもね、そういうものには深く関わらない方がいいよ」

 俺は立ち上がり、あの男の方に向かう。暗い窓に映った男と目が合った。

「ど、ど、どうしたんだい?」

 その男はこちらに振り返った。とても低く、聞き取りづらい声だ。

 眉間の痛みが蘇った気がした。思わず怒鳴りそうになる。が、ふと冷静になって考えると、クラスメイトが拳銃を発砲するなんてあまりに現実味がなく、ましてや時間の遡りが起きたなんて、俺の妄想である可能性の方が圧倒的に高いと気がついた。

「いや、その、こんな時間まで、なんで残ってるのかなって」

 とっさに冷静になり、適当なことを喋ってしまった。

「そそ、そんなこと、貴様には関係がないっ」

 低く、母音と子音に全く区切りがない喋りかたで非常に聞き取りづらいが、貴様には関係がないと、そう言っているのは間違いない。たとえ、聞き間違えていたとしても、表情を見れば好意的な発言ではなかったことが容易に分かる。

「ああ、そう、だよね。あの、その机の中……」

「う、う、うるさいよ。ぼっ、僕、帰るんだ。邪魔しないでくれっ」

 高耶も紫乃さんも男女のグループも、俺の行動を訝しげに眺めている。男は机から弁当箱ほどの青色をしたタオル生地の袋を取り出して、カバンにしまい席を立った。そのわずかな瞬間に、袋が中の物の形をわずかに映し出した。

「それ、本物だよな?」

 男の背中に向かって聞くと、病人のような顔をこちらに向けた。

「いったい、どど、どうなってるんだよ」

 そして、足早に教室を出ていった。あの、青いタオル地の袋の中身は、俺を撃ち殺した拳銃だとしか思えなかった。

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