今も教室に残っている奴らは、なんのつもりなんだろうか。

 皆、紫乃さんのように迎えを待っているのか。はたまた、雨が止むと博打を打っているのか。雨に打たれることを先延ばしにしているのか。ただ駄弁っていたいのか。

 ロッカーに干してあった靴下は、まだそこに置いてあった。朝に見た時と、場所も置き方も変わっていないはずなのに、丁寧さはなくなっている。土の匂いはもうしなくて、鼻腔を突くのは冷たい空気だ。

「でも、それって、超能力みたいなことでしょ」

「超能力なんてあるわけないだろ」

 二人は、かれこれ二十分も星について口論を続けている。俺はどちらかに賛同したり、たまに、なにかを考えてるフリをして否定したりを繰り返していた。

「いや、だって、多分だけど青柳くんにしか見えてないんでしょ? 別に呼び方はどうでも良いけど、特別な力ってことだよね」

「うーん」

 俺は教室を見渡した。まだ名前と顔が一致しないクラスメイトがわずかに残っている。俺たちを除いて、二つの集まりと、窓際の席に一人、座っている男だ。

 教壇の近くは男の集まりで、窓際の集まりは二組の男女のグループだった。付き合っているのか、これからそうなろうとしているのか、それは判断ができなかった。と言うより、興味が湧かなかったのかもしれない。

「超能力にはどんな種類があるか知ってる?」

「えーっと、急に言われてもな。なんだろう。透明になったり、箱の中のものを当てたり、とか?」

 窓際の男は、机の中に両手を入れて、首だけを窓の外に向けている。こんなに暗い空を見つめて、なにがあるんだろうか。

「そうね。あとは手を触れずに物を動かしたり、人の心を読んだりとか」

「そんなことが出来たら楽しそうだよな。咲太」

「えっと、そうかな。そういうのって、あったらあったで大変そうだけど」

「そうだよな、なってみねえと分かんないよな」

 教壇近くの集まりは、脱いでいたジャケットを着たりカバンを手に持ったりし始めた。その中の一人がロッカーに向かった。干していた靴下を取り、まだ乾いていないと笑っている。

「なに言ってんの。青柳くんだけに見えるものがあるなんて、まさに超能力じゃん」

「だから、そんなんじゃないって」

 窓際の男の後頭部は、清潔感のある刈り上げで全体的にさっぱりしている。スラックスにはしっかり線がついており、上履きも、石膏でできた彫刻のように完璧な形でその足を包み込んでいた。模範生徒という言葉が似合う。

 男が、机の中に入れている両手を動かしていた。透視が出来るなら、なにをしているのかも見えるんだけど。

「いつから見えてるの? その星は」

「入学式よりは前だな。ちゃんとよく覚えてないけど。そんくらいだよ」

 教壇の集まりは帰っていった。二組の男女は帰る気配がない。話に花を咲かせている。

 真っ暗な窓に視線を移す。目を凝らしたところで外は見えない。教室が反射して写っている。その反射した景色の中に窓際の男の顔が見えた。気のせいだろうか。こちらを睨むように見ている気がする。

「子供の頃から見えてるわけじゃないんだね。それじゃあ、一時的なものかな。なんにしてもね、そういうものには深く関わらない方がいいよ」

 真っ暗な窓に映る男は、やはりこっちを見ている。瞬きを全くしていなかった。机の中に入れていた両手は、目的を無くしたのか、動くのをやめていた。

「そうなのか? でも問題なかったよ」

 高耶が言う。その言葉に窓際の男が反応したのだろうか、こちらに振り返った。大きく開いた目は血走っている。その周りは深く窪んでいるように見えるが、クマのせいでそう見えるだけなのかもしれない。

「高耶、もうそれくらいにしといたほうが……」

 嫌な予感を感じ話を遮ろうとする。が、小さな声で伝えた言葉は、高耶に届かなかった。

「だって俺はさ、その星を捕まえたんだぜ」

 その言葉の直後、窓際の男が椅子と机を倒しながら立ち上がった。二組の男女の悲鳴が聞こえる。

「ふ、ふざけるなよ! お、お、お前のせいだ!」

 窓際の男が裏声で叫ぶように言う。象の鳴き声のようだ。紫乃さんと高耶は状況を掴めないまま、身をかがめている。二組の男女は、女の方はしゃがみこみ、男の方は瞬く間に教室を出て行った。

 俺は高耶と男の間に飛び込んだ。窓際の男が手に持つものを見て、体が勝手に動いてしまった。

 瞬間、炸裂音が響き窓際の男は後ろに倒れた。その手からは拳銃が飛び、地面に投げ出された。

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