3日目

 翌日は冷たい雨が降っていた。天気予報は外れたらしい。

「なあ、咲太、人に謝る日が雨ってのは、失礼に当たるのか?」

「そんなことないし、そうだとしても、今日しかないだろ」

「ああ、そうだよな。分かってるんだけどな」

 そんな歯切れの悪い高耶を見たのが、朝の下駄箱でのことだ。その後すぐに高耶と別れ教室に向かった。

 自分の席に着くと、廊下よりも強く濡れた土の匂いがした。

 二、三人ほどのクラスメイトが、小さなハンカチで制服を拭いている。後ろのロッカーを見ると、一足の靴下が丁寧に干されていた。

 隣の席を見てみる。ホームルームが始まるまで五分もないが、空席だ。もしかして休みなのだろうか。そんなことを考えながら、紫色のシャーペンを眺める。すると、教室のドアが開く音がする。

 足音はこちら来ている。どう考えても紫乃さんだ。妙に体が縮こまる。昨日の紫乃さんの顔を思い出した。俺は顔を上げずに挨拶だけしようとしたが、先に声をかけられる。

「曽根君、おはよう。ずいぶんと気に入ってくれてるんだね。そのシャープペンシル」

 一瞬、その声の持ち主が誰だか気がつかなかった。顔を上げて確認すると、やけに晴れやかで笑顔の女がいる。

 厚ぼったいメガネがなければ、紫乃さんとは気が付かなかったかもしれない。それほど、雰囲気が違っている。髪型も制服の着こなしも昨日と全く同じはずなのに。

「おはよう。紫乃さん。シャーペン、ありがとう。おかげで芯が全然折れなくなったよ。それと、昨日はごめんね」

「昨日? あー、あの男のことか。全然気にしてないよ。昨日は頭にきたけど、今は全然。だから曽根君も気にしないでね」

 そう言うと席に着き、チャイムが鳴った。担任の先生がやってきてホームルームが始まる。

 教室中が、雨のせいで憂鬱な表情の中、紫乃さんだけは乾いた風に吹かれたような爽快な表情でいた。

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