教室を出ると、すぐ側で高耶が壁にもたれ掛かっていた。俺と目が合い、軽く伸びをしてからこちらに向かって来る。

「よ! 咲太。飯食い終わったのか?」

「ああ。それよりこんなとこに突っ立ってなにしてるの?」

「咲太を待ってたんだよ。空を見て待ってた」

 そう言って、高耶は窓の外を指差した。晴れた空には、雲ひとつない。

 俺たちが入学したここ、月宮高等学校は、空から見ると、四角いドーナッツのような形になっている。

 真ん中の空洞には巨木を備えた庭が、まるで異世界のように存在している。生徒たちの憩いの場として使われているらしい。

 高耶が空を覗いている窓は中庭を見渡せる位置についていて、俺も休憩時間にそこから中庭を眺めてみたりしていた。

「なんか面白いものでもあったのか?」

「なあ咲太、俺はさ、そもそも面白いものなんて求めてないよ。ただの憩いの時間。なにもない空を見てると心が安らぐんだ」

「お父さんみたいな発言だな」

「若さが感じられないってこと?」

 高耶の視線は窓の外に向いている。

「大人っぽいってことだよ」

 初めからそう思っていたような口ぶりで返事をした。

「お父さんってそういう感じか」

 高耶は笑うわけでも怒るわけでもなかった。

 その態度に居心地が悪くなった俺は、窓から中庭を見下ろす。相変わらず巨木はど真ん中を陣取っていた。雀たちの鳴き声が窓越しに微かに聞こえる。

 高耶は、窓の枠に肘を器用についていて、目線はまだ空を見ている。なにもない空。

 一緒になって空を見てみると、確かに心が安らぐような気がした。ただ、なにか違和感を感じた。高耶の視線が変だ。なにかを追うように微かに動いている。

 それは、昨日星を捕まえるために必死に飛び上がっていた時の視線とよく似ていた。

「なあ、高耶。お前が今見てる空って、本当になにもないのか」

「ん? いや、なにもないってのは嘘になるな。ただ、いつもより少ないからな」

「その、少ないってのは昨日言ってた星のことか?」

「勿論。なあ、昨日に比べると少ないよな?」

 一瞬、言葉に詰まる。俺には星が見えてないってことを、伝えるべきか、ほんの少しだけか迷ったからだ。

「あのな、高耶。俺には星なんて見えてないぞ」

 ずっと空を見ていた高耶がこちらに向き直る。明るいブラウンの瞳がまるく見開かれた。

「ん? 違うぞ。あれ、あれだ」

 窓の外をしきりに指差している。しかし何度そんなことをされても、一向に俺の目に星が映ることはない。

「あれって言われても、見えてないんだ」

 高耶は、自分の目をわざとらしく擦ったり、瞬いたりしてから、また空を見始めた。

 視線はまた、なにかを追うように動いている。そして困ったように眉間にしわを寄せると、腕を組みながら、ゆっくりと目を閉じてしまった。

 そのまま、高耶が言う。

「おそらくだが、咲太」

「なに?」

「星が見えてないのは、咲太だけなのかもしれない」

「え……」

 予想外の言葉だった。だが、その可能性は完全に否定できないとも思った。

「とにかく、俺の目には見えてないよ……」

「納得がいってない顔だな。わかった。もう一人だれかを呼んでくる」

 そう言って高耶は教室に入っていく。ドアを開けっ放しにしているせいで、中にいるクラスメイトと目が合った。すぐに逸らしたが、気まずい時間が流れる。

 そしてすぐに出てきた。脇に紫乃さんを連れて。

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