高耶と店を出て、二人して伸びをした。

 ガラス張りのおかげで開放的に感じられる店内だったが、外に出た時の開放感には遠く及ばない。

「こっちだ、咲太」

 高耶が空き地に歩いていく。陽のあたりが良いが見通しが悪い。周りを囲む住宅のせいだ。

 雑草がまばらに生えていた。これから夏になれば雑草だらけで足も踏み入れられなくなるんだろう。

「なあ、高耶、見えるか? 星」

「さっきより数が減ってるな。もう流されたのかもしれない」

 俺の目には星なんて見えないが、高耶が嘘をついているようにも見えなかった。これがもし演技なら、相当な役者だ。

「俺には星なんて見えないんだけど」

 ボソリと言ってみた。しかし、返事はない。聞こえてないのか、無視されたのか判断がつきかねた。

 返事の代わりに、高耶は大きくしゃがみ込み、跳び上がった。その姿は、空に吸い上げられているようにも見えるほど高い空を目指していた。

 着地して、すぐに跳ぶ。今度は両腕を振り遠心力を利用している。体が一番高い位置に来る瞬間に合わせて、右手を真上に伸ばしていた。

「高耶、なにしてるんだよ」

 返事はなく、高耶はまた跳び、そのあとにやっと、

「なにって、星を捕まえにきたんだろ」

 と当然のように言って、また跳んだ。空を掴んでいる。

「あー、届かないや。なあ咲太、肩貸してくれ。その身長で肩車をすれば余裕で届く」

 どこまで本気なのか分からない。が、高耶はその気になっている。

「わかった。なるべく手短に頼むよ」

 高耶のもとに行きしゃがみこむ。地面には蟻の巣があって、どこかから見つけて来た金平糖を持ち帰る蟻が列を作っていた。

 軽い。勢い余って投げ飛ばしてしまうところだった。しかし、その軽さのおかげで持ち直すのも容易い。

「もっと右。いいね!」

 この男は人の肩に乗っている自覚がないのだろうか。風にはためく旗のように暴れている。

 星は浮かんだり沈んだりしてるから、良いタイミングで良い位置にいることが星を取る条件なんだと、上で言っている。ただ、肝心の良いタイミングと良い位置を教えてくれなかった。

「高耶、あんまり動かないでくれ。バランスを取るのが大変なんだ」

「分かってるけどさ」

 その時、少しだけ強い風が吹いた。ろうそくの火が消えない程度の風だ。肩車をし続けて熱くなった体にちょうどいい風だった。しかし、頭上で暴れている男にとってその風は厄介なものだったらしい。

「やばい! どっか行っちまう!」

 おそらく、星が風に流されているのだろう。それを追いかけるように高耶は体を大きく倒した。その重心の移動は、到底耐えられるものじゃなく、ゆっくりと俺たちは倒れた。

 倒れるまでの間、お互いの体を離すために必死に動いた。ゆっくりと倒れていく感じだ。

 なんとか受け身は取れたが、肩を思い切り打つ。新しい制服に泥がついた。足首を少しひねる。それ以外はなにもなく済んだ。

 一方、高耶は地面に落ちた時のその勢いのままに、後転を三回ほどして、ダルマのような動きをしてあぐらをかいた。

「捕まえたぞ。咲太」

 休む間もなく高耶が声を上げる。そしてすぐに俺の視界に入ってきた。太陽の光をさえぎる位置に着いて、右手を突き出している、その中にはなにかが握られていた。

 少しずつ指が開かれる。隙間から光が漏れ出ていた。確かに光のはずだが、黒い光だ。

 見たことがない色といえた。黒が一番近いのだが、決定的になにかが違う。その黒い光は、取り返しのつかないことに対する後悔を思い起こさせた。

「なんだよそれ。見たくない」

 俺はそう言ってから、思わず目を背けてしまう。

「空に浮かんでるときは、もっと綺麗だったんだけど……」

 高耶は急に静かになり、空を眺めていた。一体、なにを考えているのだろうか。

「ごめん高耶。その星の黒い光があまりにも怖くて、乱暴な言い方になった」

「謝らなくていいよ。たしかに、この光はなんかおぞましかった。でも今は大丈夫そうだよ。もうほとんど光ってないから」

 そう言いながら、高耶はまた星を見た。直後、短く叫び、手から星を落とした。俺はそれを避けるために体を起こす。

 高耶は俺が飛び退いた反対側に尻もちをついていた。星を掴んでいた手を一生懸命、服で拭いている。

「危ないだろ! なにしてるんだ?」

「ごめん、星がさ、星の表情がさ、ほら、そこある。あまりにも嫌な表情なんだ」

 指差す先には、黒い星が落ちている。高耶は怯えた表情で眉間にしわを寄せていた。かすかに震えた足が、地面にわずかに沈んでいる。

 俺はその星を拾い上げた。生暖かさがあり、脈をうっているように感じる。しかし、自分の心臓の鼓動がそう思わせているだけかもしれなかった。

 黒い球体には、しわが寄っているように見える。次第にある形が浮き上がって見えた。四つのしわだらけの顔が混じり合っているようだ。

 その表情は、今にも動き出しそうでとにかく気味が悪い。

「高耶、これどうするんだ?」

 この星を地面に叩きつけてしまいたい。一秒でも触れていたくない。そう思ったが、高耶がやっと欲しがっていたものなのを思い出し、一応、確認をする。

「どうしよう、捨ててもいい?」

「俺に聞かれても。まあ、捨てて良いと思う。触らぬ神に祟りなしって言うし」

「そうだよね。もう触っちゃってるけど」

「咲太は細かいな」

 高耶はやっと俺から星を受け取り、空き地の端まで走っていった。こっちに戻ってくる時、陽が沈み始めていることに気がついた。

「星、遠くに行っちゃったなあ」

 橙色に照らされた高耶が、夕焼けの空を見上げている。

 もちろん、俺に星は見えなかった。空き地の外で、ドールショップ『琥珀』が店を閉める準備をしている。

「高耶はさ、どこ住んでんの」

「ここから歩いて二十分くらいのところ。咲太は?」

「俺は電車と自転車で。四十分」

「ふーん」

 お互い帰るとは言わなかったが、自然と帰る方に歩き始め、住宅街を抜ける頃には、日は完全に沈んでいた。

「じゃ、俺はこっちだから」

 そう言って、高耶はすぐにいなくなった。

 空を見ると、星が見えた。夜空に光る小さな点。俺が知っている星だ。

 今日、捕まえたあの星は一体なんだったのだろう。高耶がいない今、全部が嘘だったように思える。

 袖に忍ばせておいた黒い球体を、星だと俺に偽ることも出来たんじゃないだろうか。

 しかし、星を取ろうと必死に手を伸ばす姿は、本当になにかが見えているようだった。

 高耶と謎の星について考えていると、だんだんと気持ちが不安になり、その気分は眠りにつくまで続いた。

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