第40話 最強吸血鬼と師匠

「元気そうで何よりだぜ」


 赤髪の騎士が、リリスに笑いかける。

 リリスは三度瞬きをした後、恐る恐るといった感じで話しかけた。


「……ホントに師匠なの?」


「おう。この通り俺は元気だぜ。アンデッドが元気っていうのも、なんかちょっとアレだけどな」


 リリスは思考を加速させ。

 すぐに師匠が目の前にいる理由に至った。


(魔王は【アンデッド・クリエイト】ってスキルを持っていた。そのスキルの効果で師匠をよみがえらせたってわけね)


 リリスのその考えを肯定するように、魔王が話しかける。


「貴様の大切な師匠とやらは、私の力でよみがえらせた。私と手を組むというのなら、またこの男と共に過ごすこともできるのだがな」


 それは悪魔のささやき。

 リリスとの交渉にとっては、最善ともいえる切り札。


 ――だが、それでも。



「それでも私はアンタと手を組むつもりはないわ。私の大切な人の命をもてあそんどいて、都合のいいことを言うんじゃないわよ!」



 リリスが強い意志を宿した瞳で魔王を射抜く。

 一触即発の空気が漂う中、師匠が笑い声をあげた。


「ハハハ。リリスも変わらないな。お前らしくていいと思うぜ」


「“心も強くあれ”って言ったのは師匠だからね」


「そういえばそうだったな。俺の教えをしっかり覚えててくれて嬉しいぜ」


 楽しそうに言葉を交わす二人だったが。

 二人に向かって、魔王が容赦なく口を開いた。



「交渉が決裂した以上、貴様を生かしておく必要はない。だから殺せ」



 魔王の命を受けた師匠が、鞘からすらりと剣を引き抜く。

 刀身が炎のように赤い剣を。


「悪いな、リリス。俺の主人はお前一人だが、魔王の眷属である以上、俺は魔王の命令を断ることができないんだ」


「大丈夫よ。こうなることくらい予想できてたから」


 リリスが【血操術】を発動。

 血の剣を作り出す。


「師匠に剣を向けるのは嫌か?」


「少しね。だけど、私がどれだけ強くなったのかを見せられるって考えたら、それ以上に楽しくもあるわ」


「フッ、そうか。なら、最強吸血鬼とやらの力を見せてくれ」


 言い終わるとともに、師匠が床を蹴る。


 一瞬でリリスに肉薄し、剣を振るった。


「俺が生きてた頃は、お前は俺の剣を捌けなかったよな」


「ええ。喰らいつこうとするので精一杯だったわ」


 二人が互角の剣戟を繰り広げる。


「それが今ではこれだからな。強くなったな、リリス」


 師匠からの誉め言葉を受けて、リリスが嬉しそうに表情を緩める。

 だが、攻撃の手は緩まない。

 むしろ激しくなっていく。


「やっぱり師匠は強いわね。レベル差でゴリ押してるはずなのに互角なんだもの」


「ああ。そういう意味ではお前には伸びしろがある……って言いたいところだが、正直なところお前に剣は似合わないぜ。昔も言ったけどな」


 師匠が距離を取って、もう一度剣を構えなおす。


 リリスは【血操術】を解除。

 血の剣が形を失って消える。


「ええ、わかってるわ。もう一度師匠と剣で手合わせしたかっただけよ。ここからは“コレ”でいくわよ」


 リリスがニヤリと笑って、拳を突き出した。


「いいぜ。本気のお前と戦えるなんて楽しみだ」


 リリスが息を大きく吸い込み、構えをとる。


 そして、両者が同時に踏み出した!


「【紅蓮斬ぐれんざん】!」


 師匠の剣が、炎をまとって燃え盛る。


 そのまま連撃を繰り出すが。


「昔より動きのキレがよくなってるな!」


「そうでしょ! まだまだいくわよ!」


 拳に血をまとったリリスが、剣の連撃を往なす。


 素早い体捌きで躱し、距離を詰め、拳を振るう!


「おっと! 危ない危ない。やるな、リリス」


「もっと度肝を抜かせてやるわよ!」


 二人の応酬はさらに激しくなり。

 炎をまとった剣が、きれいな赤い線を宙にえがく。


 戦いを存分に味わう二人。

 獰猛な笑みを浮かべてぶつかり合う。


 だが、そんな戦いにも終わりがやって来た。


「ここで決めるッ!」


 計算されつくした剣筋でリリスの動きを誘導した師匠が、剣にまとう炎の出力を最大まで上げた。


 魔力が濃縮された圧倒的な熱量を持つ炎の塊が、さらに圧縮されて剣にまとわりつく。



「【紅蓮竜王斬ぐれんりゅうおうざん】!」



 ――ガキンッ! と。

 師匠の魔剣が、リリスの首筋に直撃!


 炎がリリスの首を貫き。

 遅れて剣がリリスの首を斬り飛ばした――。



「――誘いこまれたのか、俺は」


 師匠がそれに気づいた瞬間には、リリスの攻撃が決まっていた。


 首を失ったリリスの拳が、師匠の胴体にめり込んでいた。

 深く、深く。

 師匠の鎧を完全に砕ききっても止まることなく、さらにその先へと。



 パンチの衝撃が、師匠の体を突き抜ける。


 リリスが拳を引き抜くと、師匠はゆっくりと崩れ落ちた。



「……ハハ、見事だ。肉を切らせて骨を断つならぬ、首を斬らせて胴を穿つって感じだな」


 リリスが首を回収してくっつけながら、師匠のそばにしゃがみ込む。

 そして、子供っぽく無邪気に話しかけた。


「どう? 強くなったでしょ?」


 リリスがいたずらが成功した子供のように笑う。

 師匠もつられて軽く笑ってから、言葉を返した。


「ああ。俺の予想以上だ。数年で思いっきり変わったな」


「いろいろあったからね」


「魔王から少しは聞いたけど、大変だったろ?」


「まあね。でも、そのおかげで今はすっごく楽しいわよ」


「だろうな。公爵時代と顔つきが全然違うぞ。昔は自分の責務を果たすためにひたむきに努力し続けて、いつも張り詰めた顔ばっかりしてたけど、今はなんつーか肩の荷が下りたって感じだからな。公爵家の責務を忘れて、スイーツをむさぼってる時とそっくりだぜ。そういうのも含めて、お前は今のほうがお前らしくて素敵だぜ」


 師匠がからかうように笑うと。

 リリスは顔を赤らめながら師匠から背けた。



 一方、血の牢の中では。


「素直に照れてるお姉様初めて見た! かわいい!」


「いつも私たちが褒めると、もっと褒めてもいいのよって感じで喜ぶのに。照れて恥ずかしがってる姉貴はレアですね」


「お姉様の師匠すごい!」


 自分たちが人質になっていることなど、どこ吹く風で騒ぐ二人。

 そんな二人に向かって、皇女がおずおずと話しかけた。


 ちなみにノイズ二人はクララが弱めの麻痺毒で気絶させた。

 理由はノイズすぎたから。

 それ以上でもそれ以下でもない。


「あのー、私たち捕まってるんですよ? なんでそんなに平然としていられるんですか? このままだと殺されるかもしれないというのに……」


 暗い顔で俯く皇女に向かって。

 二人は一切の迷いなく言葉を返した。


「お姉様が絶対に勝つから気にする必要はない!」


「そうですよ。心配するだけ無駄ですから、リラックスして姉貴を応援するくらいがちょうどいいです」


「だからって帝都団子を食べるのはリラックスしすぎだと思いますけど……」


「帝都団子まだまだありますよ。一本食べますか?」


「食べる気分じゃないので遠慮します」


「アリアおかわりする!」


 二人にあるのは、リリスに対する心の底からの信頼。

 盗賊事件から始まり、その強さを間近で見てきた二人には。

 自分たちの想像を何度も軽々と超えてきたリリスが負けることなど一ミリも考えられなかった。


(リリスさん……。昔は見た目が怖くて近づけなかったけど、今はもっと怖くなってる……じゃなくて、民のために誰よりも努力してきた貴方の強さはちゃんと知ってます。憧れてましたから。私もそう在りたいって。だから、絶対に勝ってください。こんなところで負けないでください!)


 皇女は昔の彼女の姿を思い出し。

 根っこは何も変わっていない今の彼女を見て、希望を託した。




「……そろそろ限界みたいだ」


 昔と同じようにリリスをからかった師匠が、真剣な表情に戻してリリスを見据える。


「魔王の手下になった時は驚いたが、元気なお前の姿を見ることができて良かったぜ」


「私も、師匠に今の私を見せることができて良かったわ」


「これからも……昔のように弱きを助けられる強いお前でいろよ」


「当たり前よ。私の尊敬する師匠の生き様に憧れたんだもの。師匠みたいに私もカッコよく在るわよ」


「そうか。俺はいつでもお前の味方だぜ。お前はお前のやりたいようにやればいい。お前の強さを魔王にぶつけてやれ。たとえ死んでいようが、俺はいつまでも応援してるからな。頑張れよ。じゃあな」


 師匠はそう言ってリリスに笑顔を見せると、彼女の頭を軽く撫でてからもう一度永い眠りについた。


 リリスは師匠の手を取ると、そっと彼の胸の上に置いた。

 蘇生時に魔剣へと進化した彼の愛剣を手に取り、彼の亡骸のそばに優しく添えてから。



 リリスは先ほどまでより強い意志を宿した瞳で、魔王を正面から見据えた。



「待たせたわね。ここからは私が直々に相手してやるわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る