第39話 対峙する最強と最凶

 魔王と名乗った男が宣戦布告してから数時間後。

 “常夜城”なる魔王の城に走って向かった私は、荒野にそびえたつ巨大な城のもとにたどり着いた。


 広範囲にわたって幻術系の結界で隠蔽されていたようで。

 結界内は月光が降り注ぐ夜の世界だった。

 常夜城という名前にピッタリね。


 その常夜城の最上階付近から、かなり強い気配が感じ取れる。

 だから、常夜城の壁をぶち破って中に入ったんだけど……。


「ひ、ひぃ……!? やめろ! 余は皇帝だぞ! 余に逆らえばどうなるのかわかっているのか!?」


 常夜城の中には、なぜか皇帝がいた。

 他には死にかけのSランク冒険者や、帝国騎士団のアンデッドまで。


 何がなんだか分からないけど、なんでこいつらがここにいるのよ?

 私のほうが先にここに向かったはずなんだけど。


 ……それはともかく。

 私は皇帝にとどめを刺そうとしていた首なし騎士をブッ飛ばす。

 流れで他のアンデッド騎士もブッ飛ばしてから。


 魔王へ肉薄し。


「待たせて悪かったわね。メインデッシュが来てやったわよ!」


 その顔面を思いっきり殴り飛ばした。


 ――のだけれど。


「どうなってんのよ?」


 結構本気で殴ったのに、私の攻撃は大したダメージにはなっていなかった。


 魔王の被っていたソフト帽が吹き飛んで床に落ちる。

 ただそれだけ。

 殴った感触は全くなかった。



「やっと来たか。リリスよ」



 魔王が冷酷な笑みを浮かべながら話しかけてきた。


 まずは【鑑定】!


 “超越の魔王”レイ。レベルは541か。

 【鑑定】した情報が頭に流れ込んでくる。

 私の攻撃があまり効かなかった理由はすぐにわかった。


 ――領域掌握スキルだ。



 【吸血帝王の間】

 【スキル使用者以外の生物のステータスを半減する。対象は任意で設定可能。格下のスキルによる干渉は一切通じない。】



 このスキルの効果によって、私のステータスは半減された。

 つまり私のステータスはレベル500相当ってことになる。

 対して、魔王は541。


 ……ステータスは魔王のほうが上。

 領域掌握スキルの習得にまで至ったこの魔王が、弱いわけがない。

 久しぶりの格上との戦いになりそうだわ。



「それにしても驚いたわ。まさかアンタも吸血鬼だったとはね」



 魔王の種族は吸血帝王ヴァンパイアロード

 私と同じ真祖クラスの吸血鬼だ。


「そんなことよりも、アリアとクララの二人は無事なんでしょうね? 返答次第によっては、ただでは済ませないわよ?」


「安心しろ。二人とも無事だ」


 魔王が指をパチンと鳴らす。

 すると――。


 大広間の真上に、血で作られた牢が突然現れた。

 その中には、二人の姿があった。


「お姉様、アリアたちは無事だよ!」


「助けに来てくれたんですね、姉貴!」


 二人の元気そうな姿を見て、私はホッとする。

 一緒に捕まっていた皇女も無事なようで……って、なんでクソ親父とクソ妹まで捕まってるのよ?


 牢の中では、私を追放して殺そうとしたルノワール公爵家の現当主と、私をさんざん悪役令嬢と罵ってくれた妹が喚き散らかしていた。

 二人と私の目が合うと、ノイズはピタリとやんだ。

 二人が信じられないものを見たという目で、私のほうを見てくる。


 私は二人を無視して魔王のほうに向きなおる。


「で、わざわざ私を名指しで呼び出してなんの用よ?」


「言っただろう? 私と貴様は似た者同士だと」


「は? ちらちらと人の胸を見てくるアンタのようなむっつりスケベと一緒にしないでよ。私はかわいい女の子を自分から襲いたいドスケベよ!」


「……」


「……」


「……」


 沈黙が場を支配する。


「なんか言えや!」


「頑張ってボケようとしてスベったから、姉貴がキレちゃったじゃないですか! おい、魔王、何かフォローしてあげなさいよ!」


「種族が吸血鬼というのもそうだが、帝国に恨みがあるという点についてもだ」


 魔王が何事もなかったように話を再開した。

 その無駄な気遣いが腹立つんだけど。


 開き直って私もさっきの発言はなかったことにして。

 魔王の言いたいことを探ることにした。


「どういうことよ?」


「私は帝国に……そこで震えている皇帝の先々代に殺されたのだ。そして、アンデッドになった。だからこそ私は帝国に復讐し、今のくだらない帝国を潰したい。吸血鬼になったというだけで化け物だと言われ、公爵家を追放され、命まで奪われそうになった貴様なら、私の気持ちがわかるだろう? 手を組もうじゃないか」


 魔王が冷酷な笑みを浮かべながら、悪魔の提案を持ち掛けてくる。

 静かに話を聞いていた皇帝が、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきた。



 ……魔王と一緒に帝国を潰す、か。

 クソ親父とクソ妹とクソ皇太子とクソ皇帝に復讐ねぇ。



「嫌に決まってんでしょ。なんでそんなつまらない理由で人を殺さないといけないのよ? そんな無意味なことするくらいなら、二人と一緒にのんびり温泉旅行でもしてたいわ」


 私は魔王の誘いを切り捨てる。

 アンタの話に乗るわけがないでしょ。


「それに、なんでわざわざルノワール公爵家も捕まえてんのよ? 復讐の場を用意すれば、私が簡単に仲間になるとでも思ってたのかしら?」


「それもあるが、私はルノワール公爵家にも恨みがあるのでな。貴様が手を下さないのなら、私が直々に裁きを下すまでだ」


 魔王が私の実家に死刑宣告すると、牢の中からノイズが聞こえてきた。



「リリス! 私たちを助けろ! 私たちは家族だろう? 家族を助けるのは当然だよな?」


「私たちを助けなさい! 公爵家次期当主であるわたくしからの命令ですわよ!」



 やっぱり私の元家族は自己中で、都合のいいことばかり言うだけの連中ね。


「公爵家なんて所詮はこんな連中だ。助ける価値などないだろう?」


「ええ。それには同意するわ」


「リリス! ふざけているのか!?」


 私はクソ親父を睨んで黙らせてから、魔王のほうに向きなおる。


「アンタを倒す過程でアレが助かるってだけよ」


「くだらない正義感など捨てろ。持っていても邪魔なだけだ」


「黙りなさい。この在り方を変える気はないわ。師匠との約束を破るわけにはいかないもの」



 ルノワール公爵家を見限ったのに、それでも私についてきてくれた騎士。

 私に剣術や武術を教えてくれて。

 暗殺者から私を守って殉職するその時まで私の傍にいてくれたのが、私の尊敬する師匠よ。

 師匠との約束だけは、死んでも生まれ変わったとしても破るつもりはないわ。

 


「……そうか。なら、



「どういうことよ?」


 魔王は私の質問に答えることなく。

 太古の昔に失われたはずの空間魔法を使った。


 魔王の隣の空間が歪み。

 そして――。



「よっ、リリス。六年ぶりだな!」



「師……匠……?」



 優しげな目つきをした赤髪の男性が。

 ――死ぬ直前と全く変わらない風貌の師匠が現れた。

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