第26話 最強吸血鬼vs魔界で一番強い悪魔に百連敗した魔界で二番目に強い悪魔
『【
ベルフェゴールの掌から立ち上った青い炎が、溶けるように空中に消えていく。
そして、直径一メートルほどの魔法陣を描いた。
魔法陣から漏れ出る魔力の密度が濃くなっていく。
ベルフェゴールを【鑑定】したところ、レベルは250ちょっとだった。
この【
アスモデウスに百連敗したとはいえ、腐っても悪魔侯爵なだけはあるわ。
クララとアリアだけだと勝つのは厳しそうね。
『燃やし尽くせ!』
ベルフェゴールの頭上の魔法陣が煌めく。
さっきの青い炎が、土砂降りの豪雨のように魔法陣から降り注いできた。
『当たれば骨すら残らねぇぜ! 地獄の苦しみを味わって死ね!』
無数の青い炎の雨粒が迫る。
私は右手の爪で左手首を切り裂いた。
『いきなり自傷してどうした? 頭イカれちまったか?』
私の手首から流れ出た血は、慣性に従って闘技台の上に零れ落ちる。
――なんてことは起こらない。
私は吸血鬼よ。
思うままに血を操ることくらい余裕だわ。
「【血操術】、ブラッドレーゲンシルム」
何もしなくても、血が私の思う通りに形を作る。
私は出来上がった傘を掴むだけでいい。
『領域掌握――【
アスモデウスの声が響く。
ちらりとそちらを見れば、アスモデウスとクララのいる場所が変化していた。
高位貴族のような煌びやかさと悪魔っぽさが融合した、王城の一室を思わせるような空間に。
頂点のその先に到達した者だけが使える領域掌握スキルをしれっと使ってるわね、この悪魔。
アスモデウスなら、なんでもないことのように使う気はしていたけども。
『なぜだッ!? アスモデウスの野郎はともかく、なんでテメェに俺の蒼炎が通用しねぇ!?』
ベルフェゴールが喚く。
魔法陣から降り注ぐ青い炎が、闘技台の直撃した部分を一瞬で溶かしつくす。
青い炎は雨みたいに降り続き、あっという間に闘技台やその下の地面を溶かしていく。
だが、血の傘に守られた私と私が立っている場所は一切傷つかない。
『ベルフェゴールよ。リリスお嬢の力を侮ったようだな』
「お姉様を舐めるな、バカヤロー!」
もちろんアスモデウスたちのほうも無事よ。
彼の領域に触れた青い炎が勝手にかき消されるから、何もしなくても問題ないみたいだわ。
「便利ね、それ」
『そうであろう? 我輩の領域は』「敵が使った魔法を強制的に無効化する!」『というものだ……って、だから我輩のセリフを奪うではない! 前も言っただろう!』
「だってよしおが体を動かしてる時は暇なんだもん」
『暇つぶしで我輩のセリフを奪うな!』
「アスモデウスがアリアの考えてることわかるみたいに、アリアもアスモデウスの考えてることわかるようになったよ、お姉様!」
アリアが褒めてほしそうに言ってきたので、とりあえず褒める。
というか、それって何気にすごいんじゃない?
『なぜそんな高度な技術を汝が使えるのだ!?』
やっぱりアリアがやったのはかなり難しい技術だったみたい。
『……汝のことだ。どうせ暇つぶしとかそんな感じなのであろう?』
「よくわかったね。正解! あとで鮭おにぎり買ってあげる」
『それは喜んでいただこう』
「そこは普通に貰うんですね。アスモデウスのことだからツッコミを入れるって思いました」
『鮭おにぎりは我輩の好物であるからな。それはそれ、これはこれというやつだ』
いつものコントみたいなやり取りを終えたアスモデウスが、ゴホンッと咳払いをして。
『……話を戻そう』
「アスモデウスの好きな女性のタイプの話に」
『戻しすぎだ。それは昨日の夜に話した内容だろう? ……とにかくだ。人間時代の我輩は魔法が全く使えなかった。だから武術を極めたわけだが、有り余る魔力をどうにか活用しようとして魔拳にたどり着いたのだ』
「そして、敵の魔法を封じる領域掌握スキルに到達したアスモデウス。彼は【魔公御前】によって敵の魔法を封じ、得意の近接戦を押し付けるという戦い方で魔界最強に至ったのだ!」
「一番いいところ奪ったわね。しかも謎のナレーション風で」
「いいぞ、もっとやれ~!」
「わかった、クララ!」
『わからんでいい!』
そんな風に私たちが楽しくやり取りをしていると、ベルフェゴールが額に血管を浮かばせながら怒りに震えた声で口を開いた。
『俺様を前にして、暢気に会話を楽しんでんじゃねぇよ!』
「一人だけ会話に混ざれなくて寂しかったのかしら?」
『違うわ、ボケナス野郎! 俺様を無視してることに腹が立ってんだよ!』
ご丁寧に怒っている理由を教えてくれたベルフェゴールが、青い炎の雨を消し去った。
魔力の無駄だと判断したみたいね。
『相変わらずアスモデウスの野郎は面倒だが、あとで肉弾戦でぶちのめせばいいだけだ。それよりも、今はテメェだ! 【復元】!』
ベルフェゴールがゆっくりと降りてくる。
【復元】というスキルによって、ボロボロだった闘技台が大会開始前の姿に戻った。
試合や青い炎で傷ついたのが嘘みたいね。
『どうやら魔法では分が悪いみてぇだから、直々に肉弾戦で相手してやるよ』
闘技台の上に足をつけたベルフェゴールが、魔法を発動した。
『
ベルフェゴールからあふれ出た赤みがかった黒いオーラが、彼の手に収束していく。
オーラが形を作っていく。
――血のように赤い、禍々しいデザインの双剣を。
『反撃すらさせず、一撃で首を斬り飛ばす!』
双剣を構えたベルフェゴールの姿が消えた。
常人では絶対に目で追えない速度で迫ってくる。
素早さ特化のクララよりも早いわね。
ベルフェゴールもパワーとスピードに優れたタイプみたい。
ベルフェゴールが私の斜め後ろに回り込む。
死角から迫る首狩の一撃。
刃がどんどん迫ってくる。
あとほんの少しで刃が私の首に届く瞬間、ベルフェゴールが勝ち誇ったような表情をした。
「舐めないでほしいわ」
ベルフェゴールの振るう刃よりも圧倒的に速い速度で体をそらした私は、躱しざまに閉じた血の傘の先端でベルフェゴールの脇腹に突きを放った。
『うがっ……』
突きの衝撃で吹き飛んだベルフェゴールだが、すぐに起き上がって体勢を整える。
手加減したんだから当然か。
「反撃すらさせず一撃で首を斬り飛ばす! だっけ? 斬り飛ばせなかったうえに反撃されてるけど?」
「あんなに意気揚々と宣言してたのにカッコ悪~」
『間抜けなざまだな』
ここぞとばかりに外野の二人も煽る。
鮭おにぎりを食べながら観戦して一方的に煽るなんて、なかなかいい性格してるわね。
『うるせぇよ! クソが! 次こそぶっ殺してやる!』
言い終わらないうちに肉薄してきたベルフェゴールが、連続で双剣を振るってくる。
私は血の傘を剣のように使って、ベルフェゴールの攻撃を防いでいく。
「アスモデウス、私の剣捌きはどんな感じかしら? これは剣じゃなくて傘だけど……」
『うむ。やはり基礎はできているが、その程度だな』
私の剣は公爵時代に師匠から教えられたもの。
一通り基礎は学んだけど、やっぱり私に剣の才能はないみたいね。
師匠にも「剣を使うより、拳で殴るほうが合ってると思うぞ」なんて言われたし。
『何、会話してんだ! 余裕があるとでも言いてぇのか!』
ベルフェゴールの振るう剣の威力や速度が上がっていく。
が、剣筋が悪くなるようなことはない。
だけど、それでも私には届かない。
剣の腕では確実に私よりも上のベルフェゴールと余裕で撃ち合えているのは、単純に私のほうがパワーもスピードも圧倒的に上だから。
技術ではなく、フィジカルでゴリ押しているから。
『ここだッ! 【オーラバインド】!』
左の双剣が私の傘と撃ち合った瞬間、ベルフェゴールが新たな魔法を使った。
左の双剣が黒いオーラに戻って、私の傘にまとわりつく。
拘束系の搦め手か。
同レベル帯同士での戦いならヤバかったでしょうね。
『死にやがれッ!』
ベルフェゴールが本命の右の双剣を振り下ろしてくる。
「ハァ……。二人にはまだ勝てないわね」
私はぽつりと呟いてから、迫る刃を親指と人差し指で挟んで止めた。
私を斬り裂こうとした刃が、ピタリと止まって動かなくなった。
『は!? 俺様の剣を指でつまんで止めやがっただと』
ベルフェゴールが呆けた声を出す。
私は指に力を込め、右の双剣を中ほどからへし折った。
「やっぱり私は拳が一番だわ!」
つまんでいた折れた刃を捨て、拳に力を込める。
ブラッドレーゲンシルムを解除して、硬直しているベルフェゴールに迫り。
――ドゴン! と。
「魔界に帰れ!」
渾身のパンチをお見舞いしてやった。
『あふん……』
依り代となっていたベルフェゴールの体が砕け散る。
中から赤黒い煙のようなものが出てきて、霧散して消えていった。
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