第25話 最強吸血鬼と悪魔

『上級悪魔魔法――すべての生にディストラクション・死をサクリファイス



 上空に浮かんでいた男が、聞いたこともない魔法を発動した。

 その瞬間、黒い光がその男の真上を起点に発生。

 あっという間に広がっていき、ものの数秒でバハムートンの街を覆いつくした。


『ふむ。確かあいつは……』


 アスモデウスが何かを言いかけながら、私にかけた【インビジブル】を解く。


「わ! お姉様が出てきた!」


「そんなことよりも周りが変ですよ!」


 私たちは周りを見る。

 さっきまであれだけ賑やかだった観客席が静かになっていると思ったら、観客たちは死んだように倒れていた。

 一人残さず、全員が倒れ伏している。


 この様子だと、この街にいる他の人間たちも同じ状況になっているでしょうね。

 私たちはなんともないみたいだけど、レベルが高いからって感じかしら?



『ほう。この俺様の魔法に耐えたのはテメェらと、あと少し離れた場所に二人ってところか』


 全ての元凶である魔法を使った男が、私たちの近くまで降りてきた。

 背中から悪魔っぽいデザインの翼が生えた赤髪赤眼の男だった。


『この街の人間たちが息絶えるのは、だいたい一時間ってとこか。テメェらは多少強いから耐えれたみたいだが、さっきの魔法で息絶えるまで待つ必要はねぇよ。俺様が直々に殺して食ってやる』


 赤髪赤眼の男がそう言ってから、ゆっくりと私たちを獲物を見る目で見回す。

 が、アリアを見て固まった。

 その瞳から一瞬余裕の色が消え去る。


 沈黙を破ったのはアスモデウス……じゃなくて、喋ろうとしたアスモデウスを遮って口を開いたアリアだった。


『ひ――』

「アリア、こんなのに食べられたくない。食べられるんだったらお姉様かクララがいい」

『……こんな時まで思考が色欲とは。汝もブレないな』


 呆れたように呟いたアスモデウスが、今度こそ赤髪赤眼の男に話しかけた。



『久しぶりではないか。我輩に何度も挑んできた百連敗のベルフェゴールよ』


『テメェ、やっぱり悪魔公爵のアスモデウスか! なぜこんなところにいやがるんだ!?』



 どうやら二人は知り合いみたいだ。

 赤髪赤眼の男……ベルフェゴールの種族は悪魔で間違いないみたいね。


『我輩がどこにいようと自由だろう? 百連敗のベルフェゴールよ』


『テメェ! 俺様はテメェ以外には一度も負けたことがねぇよ!』


『我輩には負けたではないか。百連敗のベルフェゴールよ』

「やーい敗北者!」

『……汝もいい性格をしているな』


 アリアとアスモデウスに煽られたベルフェゴールが、怒りをあらわに叫び散らかす。

 私はそんな悪魔を無視して、アスモデウスに話しかけた。


「あいつは誰よ?」


『あれは魔界で我輩の次に強い悪魔だ。上位悪魔アークデーモンで階位は侯爵だ』


「なるほどね」


 私はベルフェゴールに問いかける。


「で、その魔界で二番目に強い悪魔がなんでこんなところにいるのよ? 悪魔が自力で魔界から出てくることはできないはずでしょ、千連敗のベルフェゴール」


『テメェ! しれっと桁を増やしてんじゃねぇよ! あと二番目のところを強調すんな! 一番最初に殺されてぇか!?』


 おおかた誰かに召喚されたってところでしょうけど、なぜこの街にやって来たのかとか聞きたいことはたくさんあるわ。


「ごちゃごちゃ喋ってないでさっさと答えなさい! 私は気が長くないわよ」


「そうだそうだ! お姉様のお手をわずらわせるな! 一時間くらいしか待ってくれないよ!」

『なかなか気の長いほうだと思うぞ?』


『俺様はあるお方に召喚されたのだ。俺様が受肉したこの体も、そのお方が作ってくださったものだ』


『貴様がそこまでへりくだるとはな。そのお方とやらはそこまで強いのか?』


 アスモデウスの問いかけに、ベルフェゴールが吠える。

 まるで水を得た魚のように。


『俺様の主となったそのお方は、テメェなんかよりよっぽど強ぇぞ!』


『そのお方とやらが我輩より強くても、貴様が我輩に勝てないという真理は何も変わらない。そうであろう? 一万連敗のベルフェゴールよ』


『だから桁を増やすんじゃねぇよ! ……まあいい。今のテメェが憑依体なのはわかってる。その憑依先は弱ってるみてぇだし、強さも見たところ俺様以下だ。今日こそは俺様が勝つぜ!』


 ベルフェゴールから黒いオーラが立ち上る。

 すぐにでもアリアに襲いかかりそうな様子だったが、それよりも先に私が割って入った。


「アリアたちには手を出させないわよ。その代わり、私が相手してあげるわ」


『ほう? いいだろう。望み通りテメェから倒してやる。アスモデウスの野郎はデザートとして残しておいてやろう』


 私を前にしてずいぶんと生意気な態度ね。

 私の仲間にケンカを売ったんだから、容赦はしないわよ。


 ……それに、二人に技術で追い抜かれたのが悔しいし。

 私もここで成長してやるわよ。


 そんなことを考えていると、私をまじまじと見つめたベルフェゴールが。


『金髪に鋭い目つきをした赤い瞳の女……。テメェがリリスで間違いねぇな?』


「なんで私のことを知ってるのよ? ストーカーなの? 気持ち悪いわね。殴るわよ?」


『主からテメェを消すように言われているんだよ。俺様がこの街に来たのもそれが理由だ。あとは、ついでにSランク冒険者を消すようにとも言われてたな』


 ベルフェゴールの主人に私は目をつけられたってわけね。

 そいつが何者で、何をしたいのかはさっぱりわからないけど。


「御託はもういいわ。さっさとかかってきなさい」


『十万連敗のベルフェゴールが使った魔法は、そやつを倒すことで勝手に解除される。だから、思う存分戦うがよい』

「お姉様、頑張って!」


「姉貴なら敗北王のベルフェゴールくらい余裕ですよ!」


 私は挑発するような笑みを浮かべて、ベルフェゴールを見据える。


『言いたい放題言いやがって……! この女を瞬殺したら、次はテメェらの番だ。震えて待っていやがれ!』


 ベルフェゴールが腕を掲げる。

 その掌の先から、青い炎がボッと燃え上がった。


 さあ、久しぶりのバトルといこうじゃない。

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