第18話 予選①

 バハムートンに着いてから早三日。

 料理巡りと観光名所巡りに勤しんでいたら、あっという間に武闘大会の日がやってきた。


「いよいよこの日がやってきましたね!」


「絶対にアリアが勝つ!」


 この日に向けてコンディションを整えてきた二人は、朝から闘志を燃やしているわ。

 そんな二人を伴って、私はコロッセオに向かう。


 街は朝から大賑わいで。

 コロッセオに向かう人たちをターゲットにした露店が、大通りにずらりと並んでいた。

 その通りをたくさんの人がコロッセオに向けて進んでいく。

 私たちもいろいろと露店で買い込みながら、コロッセオに向かう。


「着いたわね……。あー熱気がすごいわ。暑苦しい」


「脱ぐ?」


「露出狂にはならないわよ」


 コロッセオに着いた私たちは、すぐに目立たない場所に移動した。

 二人の素性がバレるわけにはいかないから、アスモデウスの秘策をやってもらわないとね。


「任せたわよ」


『我輩に任せるがよい!』


 アスモデウスが意気揚々と魔法を使う。


『まずは【インビジブル】!』


 ……アスモデウスは私に魔法をかけたみたいだけど、効果がよく分からないわ。

 体には何も違和感がないもの。


「ねぇ、私はどうなったの?」


 私がそう問いかけると。


「すごい! お姉様の声だけが聞こえてくる!」


「姉貴の姿が見えなくなってますよ!」


 二人が興奮気味に騒ぐ。

 自分だと効果が実感できないから、今の私がどうなってるのかアスモデウスに聞いてみた。


『汝にかけたのは不可視の魔法だ。つまり、今の汝の姿は我輩以外には見えなくなっているということだ。気配を消せばバレることはなくなるから、周りの目を気にすることなく観戦するがいい』


 アスモデウスによると、【インビジブル】の効果はそんな感じらしい。

 便利な魔法ね。


「よしおはその魔法で女風呂覗いたりしたの?」

『するわけないだろう! 我輩をなんだと思ってるのだ?』


「「「鮭大好き悪魔」」」


『それはそう』


 アスモデウスがゴホンッと咳払いしてから。


『次はアリアとクララの番だ。【ビジュアルチェンジ】!』


 黒い光がアリアとクララを包む。

 光が晴れると、アリアとクララの髪の毛と瞳の色が黒くなっていた。


『この魔法は容姿を変えることができる。我輩にかかれば、種族を変えることも容易い』


 クララは耳がエルフ特有のものから人間のものへ。

 アリアは水龍系龍人ドラゴニュートの特徴である頭のヒレがなくなっていた。


『アリアよ。【龍装】を発動しても問題はないが、奥の手は使うなよ。さすがの我輩でもあれは誤魔化すことはできん』

「わかった。気をつける!」

『まあ、我輩が常に傍にいるわけだ。いざという時は我輩が止めてやる。だから心置きなく戦うがよい』


 アスモデウスからの注意事項の確認は終わった。

 クララに対しては特に言うことはないみたいね。

 毒塗りナイフをこっそり持ち込むなよ、ということくらいしか。



「私は観戦席から応援してるわ。二人とも頑張りなさいよ」


「もちろん! お姉様のために優勝賞金を手に入れる!」


「なんの! 優勝賞金を姉貴にプレゼントするのは私ですよ!」


 私は観戦席のほうへ。

 アリアとクララは選手用の入り口へ。

 事前準備を終えた私たちは、コロッセオの前で別れた。






◇◇◇◇



『さあ! 始まりました! 第四十一回バハムートン武闘祭! 今年も激しい戦いが繰り広げられるのか!? いよいよ開幕です!!』



 コロッセオ中に、実況の声が響き渡る。

 大会開始の合図が告げられ、観客たちが沸いた。

 あっという間に熱狂がコロッセオを包み込む。


 今日ばかりは、リリスも大きな声で声援を送っていた。



『まずはAブロック予選! 選手たち五十名の入場だぁぁあああ!!』



 観客たちが「うおおおおおおお!!」と雄たけびを上げる。

 激しい熱狂に包まれる中、リングの上に選手たちが登場した。


 その中には黒髪の少女――アリアもいた。

 アリアはいきなりAブロックに割り当てられたのだ。

 ちなみにクララはCブロックだ。



「勝つのは俺だ!」「誰から戦闘不能にしてやろうか。きひゃひゃひゃひゃ」「笑止! 勝つのはこの私だ」「ウナギの蒲焼き食いすぎて胃もたれが……」「ヤバい。緊張しすぎて腹が痛くなってきた……」「俺、この大会で優勝したら結婚するんだ」


 選手たちも気合たっぷりだ。一部変なのも混じっているが。

 一方アリアはというと、


「おいっちにーさんしー」


 元気に準備運動していた。

 アリアらしい緊張の欠片もなさそうな余裕の強気な笑顔で。



『そしてなんと! 今大会には、今、話題の冒険者たちが参加しています! 皆さんも知っているでしょう! 少し前に温泉街を襲ったドラゴンの群れ。それを討伐したSランク冒険者パーティーのことを!』



「おいおいマジかよ!」「なん……だと……!?」「すげえ!」


 とんでもない情報に観客が震える。



『“超合金七光”のリーダーであり、最強の大剣使いと呼ばれているクロム! 彼がAブロックに参戦だぁぁぁぁああああああ!!』



 観客が熱狂に打ち震える。

 その羨望や尊敬の眼差しが、リング中央に立つ黒髪のイケメン男に向けられた。

 観客たちに向かって陽気に手を振る彼こそ、大剣使いのクロムだ。



『御託を並べる時間がもったいない! その強さを目で見て焼きつけろ! Aブロック予選、開幕ですッ!』



 こうして、Aブロック予選が始まった。




「へっへっへ! なんでこんなところにガキがいるのかなぁ?」


 試合が始まるなり、下卑た笑みを浮かべた筋骨隆々の男がアリアの前に立ちふさがる。

 が、アリアは壊れた機械みたいにブツブツ呟き続けていた。


「クロム殴る。クロムボコす。クロム倒す。クロム許さない。クロム殴る」


「お、おう……。そうか……」


 これには喧嘩を吹っかけてきた男もドン引きの様子。

 だが、最初の予定通りアリアに襲いかかった。


「せいやッ!」


 男が戦斧をアリアめがけて叩きつける。


「邪魔を――」


 難なく躱したアリア。


「するな!」


「へぶっ……」


 アリアのパンチが、男の顔面を撃ち抜いた。


「クロムはどこじゃあ……」


 大きく息を吐きながら周りを見渡したアリア。

 すぐにクロムを見つけて駆け出そうとするが、アリアの動きが急に止められた。


『汝よ、待つのだ。まだその時ではない』

「止めないで、よしお! アリアはここでクロムをボッコボコにするの!」

『だから待つのだ! 我輩の崇高な考えを教えてやるから待て!』


 アスモデウスがゴホンと咳払いしてから、話を再開した。


『各ブロックの予選で最後まで勝ち残った二名が決勝トーナメントに進める。ここまではいいな?』

「うん」

『汝ともう一人が決勝トーナメントに進めるというわけだ。あのクロムという男は、腐ってもSランク冒険者。その辺の人間に負けるほど弱くはない。我輩が何を言いたいかわかるか?』

「なんもわからん!」

『つまりだ。こんなところでクロムを倒すのは面白くないということだ』

「じゃあ、どうすればいいの?」

『フッ。決勝リーグで完膚なきまでに叩きのめせばいい』

「おー! 悪魔的で素晴らしい考え!」


 アリアが目を輝かせた。


『今、クロムは多くの人間たちから集中狙いされている。Sランク冒険者を倒してやろうと考えている奴らからな。汝がクロムに勝ったところで、他の人間たちとの連戦で疲労が溜まっていただの、不意打ちがたまたまうまく決まっただけだと言うような人間が出てくる。だが、決勝リーグなら一対一のガチタイマン。つまり、実力で勝つところをすべての観客たちの目に焼き付かせることができるというわけだ!』

「よしお頭いい! そうする!」


 アリアが目を輝かせた。

 アスモデウスとの会話中に倒した選手たちの山の上で。



『予選終了ぉぉおおおおお! Aブロックから決勝に進む二名が決まりました!』



 実況の声が響き渡った。


「あれ?」


 首をかしげるアリア。


『どうやら我輩と喋っている間に選手たちを倒してしまっていたようだな』


 いつの間にか、リングの上に立っていたのはアリアともう一人の男だけになっていた。



『勝者は我らが最強の冒険者、クロム選手だぁああああああ! そしてもう一人は、今大会初出場! 正体不明の謎の少女だぁぁぁあああああ!! なんと、選手を倒した数はクロム選手よりも彼女のほうが上です! 最初から決勝トーナメントが気になるような激戦となりました!!」



 これにてAブロック予選は終了!

 決勝トーナメントに駒を進めたのは、アリアとクロムになった。

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