第14話 最強吸血鬼とはた迷惑な集団

「行くわよ」


「はい!」


 少女の悲鳴を聞いた二人は、すぐに声のしたほうに駆け出した。


 数秒後。

 二人の目の前には、三mの赤い巨人に掴まれた茶髪の少女がいた。

 少女はじたばたともがこうとするが、赤い巨人は一切動じない。


 赤い巨人がパカリと大口を開ける。

 泣き叫ぶ少女を口元に持っていく赤い巨人。


「させないわよ!」


 もう少しで少女が食べられてしまうというところで、リリスが赤い巨人の頭を手刀で切り飛ばした。


「確保!」


 巨人の手から力が抜ける。

 クララが素早く少女をお姫様抱っこして、地面に落下するのは避けた。


「大丈夫かしら?」


 目を瞑っていた少女が、恐る恐るといった感じでゆっくりと瞼を開く。

 目の前には、返り血を浴びた目つきの鋭い怖い女性の顔があった。


「ひっ――」


 少女は短く悲鳴を上げて気絶した。


「気を失っちゃいましたね。オーガに襲われたのがよほど怖かったんでしょうね」


「いいし。知ってたし。目つきと身長のせいで私が怖いってことくらい」


 クララのフォローもむなしく、リリスはしゃがみ込んで木の枝で地面をいじりだしてしまった。


「姉貴~、元気出してくださいよ」


「やだ。泣きたい」


「拗ねた姉貴ってなんか新鮮です」


 結局、リリスの機嫌が戻るのと少女が目を覚ますのには時間がかかった。




「助けてくれてありがとうございました。私はメアリっていいます」


「よろしくね、メアリちゃん」


 クララがメアリと名乗った少女の頭を撫でる。


「それから、お姉さん!」


 メアリがリリスのほうに向きなおる。


「何かしら?」


「助けてもらったのに気絶しちゃってすみませんでした」


 メアリがぺこりと頭を下げた。


「ええ子や! この子めっちゃええ子や!」


「大丈夫よ。私が怖がられるのは昔からだから、全然気にしてないわ」


 リリスがメアリの頭を撫でる。

 その様子を見ていたクララは、さっきまで姉貴が死ぬほど落ち込んでいたことは黙っていてあげようと心に誓うのだった。


「それで、メアリはなんでこんなところにいたのかしら?」


「そうですよ! 女の子一人で森の中は危険です!」


 メアリが少し考えてから、口を開いた。


「冒険者ギルドに行きたいんです」


「どうして?」


「私の住んでる村の子供が突然消えたの。そのちょっと前に怪しい男たちが森の中をうろついてるのを見たって人が結構いて、村人だけでどうにかできる気がしないから冒険者ギルドで依頼しようって話になったんです。そしたらゴブリンの群れが村を襲って……」


「なるほど。それでメアリは村から逃げ出して街を目指したわね」


「うん……」


 メアリが暗い顔で俯く。

 リリスとクララが顔を見合わせてから、小さく頷いた。


「メアリ、アンタが冒険者ギルドに行く必要はないわよ」


「……?」


 メアリが不思議そうな顔でリリスを見上げる。


「ゴブリンの群れも怪しい男たちも、私たちがどうにかしてあげるわ」


「お金もいりませんよ。なんたって趣味の魔物狩りをするだけですから。その謎の男も正体は魔物ですよ。だから趣味の魔物狩りの範疇です」


 どうにかしてあげると自信満々に言い切ったリリスと、無理やりこじつけた謎理論でお金はいらないと主張するクララ。

 メアリは一瞬嬉しそうな顔をしたものの、すぐに不安そうに聞いた。


「ゴブリンは見ただけで百匹以上いたけど大丈夫なの……?」


 不安そうな表情のメアリを見て、リリスがニヤリと笑った。



「何も問題ないわよ。私は“最強”だから」



「そうです! 姉貴はめちゃくちゃ強いんですよ! デコピンでドラゴンをぶっ倒せるような人ですよ!」


「そういうわけで案内しなさい」


 クララがメアリを抱き上げる。


「ひゃっ!」


「走って向かうから案内よろしく」


 リリスとクララはすぐに走り出した。

 ちなみにリリスがデコピンでドラゴンを倒したのは、例のダンジョンで二人に修行をつけた最中の出来事だ。





◇◇◇◇



「おい! 無駄に傷つけるな馬鹿野郎が!」


 黒いローブで身を包んだ男が、持っていた杖でゴブリンを殴り飛ばした。


「いいか? こいつらは供物にするんだ。むやみに傷つけたやつは、こいつらと一緒に生贄にしてやるからな! よーく心に刻んでおけよ」


 怪しい男の目の前には、たくさんの村人がひとかたまりに集められている。

 大量のゴブリンが拘束された村人を囲っているため、村人たちは逃げることすらできなかった。

 彼らにできるのは、村を飛び出した少女が助けを連れてくることを祈るのみ。


 すぐに殺される様子はなさそうだが、いつまで無事でいられるかは分からない。

 村人たちの心は、焦りや恐怖で支配されていた。



「戦意喪失してくれて助かるぜ。変に抵抗しようものなら、傷つけないといけなくなるからな。俺としては大事な供物を傷つけたくはない。本物の悪魔を召喚するためにもな」


 怪しい男が高笑いする。

 刹那、彼の近くにいたゴブリンたちの頭が一斉に飛んだ。


「は?」


 突然起こった出来事を理解できず、怪しい男がマヌケな声を上げる。

 そんな彼の目の前で、ゴブリンたちの頭が次々に切り飛ばされて飛んでいく。

 わずか五秒ほどで、百匹以上いたゴブリンたちは全滅した。


 頭を飛ばされ、首から血を噴きながら倒れるゴブリンたち。

 怪しい男だけじゃなく、村人たちも何がなんだかわからないといった様子で口をポカーンと開いていた。



「動いたらゴブリンと同じ目に合うわよ?」



 棒立ち状態の怪しい男の首元に、リリスが命を刈り取る形をした大鎌を突きつけた。


 この大鎌は例のダンジョンを踏破した時に、ダンジョンボスのハデスから手に入れたもの。

 ゴブリンはとても臭いことで有名だ。

 素手でゴブリンに攻撃するのは絶対に嫌だというわけで、リリスは死蔵していたこの大鎌でゴブリンを狩ったのである。


 そのおかげで、この大鎌は現在ゴブリン臭が染みついた状態だ。

 そんなものを首元に突きつけられたわけだから、怪しい男はもれなくゴブリン臭を思いっきり吸い込むことになるわけで……。


「臭っ……じゃなくて、テメェは誰だ!?」


「名乗る気はないわ。質問に答えなさい」


 リリスが大鎌をさらに首元に近づける。


「うっ……」


 怪しい男は、勝ち目がないと本能で理解して静かになった。



 一方、メアリを抱きかかえたクララは。


「皆さんじっとしていてくださいね。今縄を解きますから」


 メアリを地面に降ろしてから、村人たちの拘束を解いていた。


「このナイフには強力な毒が塗ってあるので、変に動かれたら間違って殺しちゃうかもです~」


 笑顔でそう言い放つクララ。

 猛毒大好きなクララが、毒を塗っていないナイフを持っているわけがなかった。

 彼女曰く、毒を塗っていないナイフはただのナイフだそうだ。


 そりゃそうよ。じゃあ、毒を塗ったナイフはなんなんだよ。


 クララの目が本気なのを見た村人たちは、縄を解かれるまで置物みたいに固まっていた。



「みんな! 助けを呼んできたよ!」


「よくやったメアリィィィ!」


 メアリと村人たちの感動の再会は置いといて、クララが村人たちの拘束を解き終わるころには、リリスによる尋問も終わっていた。


「お姉様、その男の目的はなんだったんです?」


「村人たちを生贄にして、悪魔を召喚しようとしていたみたいよ」


「なるほど。そのおかげで村人たちは全員無事だったんですね。良くはないけど、良かったというかなんというか……」


「先に誘拐された子供三人も無事だそうよ」



 リリスとクララは、捕まえた男を引きずってメアリのもとに移動した。

 彼女の横には村長と思わしき人物が。


「ちょうどいいわ。村を救った報酬ってことで、ゴブリンの死体を片付けるのはよろしく。じゃ、私は誘拐された子たちを助けてくるわね!」


「お礼はゴブリンの死体を片付けてくれるだけでいいですよ。じゃ、アディオス!」


 リリスとクララは早口でそう捲し立てると、捕まえた男を引きずってあっという間にどこかに行ってしまった。

 残されたメアリと村長は……。


「すごい勢いで行っちゃったね……」


「まあ、ゴブリンは臭いからのぅ。ゴブリンの死体はワシらで片付けるとしようかの」


 絶対にゴブリンの死体を処理したくない二人に変わって、後片付けや清掃をするのだった。





◇◇◇◇



「よかったですね。無事ですよ」


 森の奥にあった洞窟で、リリスたちは誘拐された子供の救出に成功した。

 三人とも気絶しているものの、外傷はなく脈も問題ない。


「帰りましょう」


 クララが子供を抱き上げてそう言ったところで、さっきまで気絶していた男が叫んだ。


「ハハハハハ! 魔物がゴブリンだけだと思ったか? 実はレッドオーガの群れも洗脳してるんだ! 今ごろ奴らが村になだれ込んで蹂躙してるだろうよ!」


 男はそれだけ叫ぶと、再び気絶した。


「行きましょう!」


「ええ!」


 二人は最速で村まで戻ってから、救出した子供を村長に預けた。

 気絶していた男を叩き起こし、脅してオーガたちのいる場所を聞きだした二人。


「なぜオーガは動かねぇ!? 俺の仲間は何してんだ!?」


 平和な村を見て混乱する男を無視し、二人はオーガのいる方向に向かったものの……。



 ――森の中で二人が見たのは、地面に転がっているオーガたちの死体と、気絶している二人の男だった。



「アリア……なの?」


 クララが問いかけた。

 近くにあった岩の上で背を向けて仁王立ちしている、水色の髪のちんまい少女に向かって。


 水色の髪の少女が振り向く。

 アリアなのは間違いないが、雰囲気はいつもの彼女が放つモノではなかった。



((何この知性が高そうな雰囲気!))



 二人が失礼なことを考えているのに気がついていないアリアが口を動かす。



『我輩と取引をしようじゃないか』



 彼女の口から出てきたのは、聞いたことのない男の声だった。

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