第13話 食の都アルゼンハイム

 竜の軍勢による襲撃事件が起きた一週間後。

 リリスたちはアルゼンハイムという街を訪れていた。


 この街はおいしい料理が多いことで有名だ。

 そのことから、この街は食の都と呼ばれている。


 その街の一等地にある高級宿の一室で、リリスたちはのんびりくつろいでいた。


「よーしよし。いい子いい子」


「ふぁ~」


 リリスに膝枕されて頭を撫でられているアリアが、気持ちよさそうな声を上げる。

 一見するとほのぼのしているように見えるが、クララはなぜか怒り狂っていた。


「ぜーったいに許せませんよ! もし会うことがあったらどの毒で苦しませてやりましょうかねぇ?」


 それもそのはず。

 クララが怒るのも無理はない。

 なぜなら、


「私たちが倒したレッドドラゴンの群れを、Sランク冒険者パーティーの奴らが自分たちの手柄だとか言い出したんですよ! 許せるはずがないでしょう!」


 クララがずいっとリリスに詰め寄る。


「一発殴るくらいで許してやりなさいよ」


「アリア昼寝する。だからクララは静かにして」


「あ、ごめんなさい」


 件のドラゴン襲撃事件の際、なんの偶然か帝国で最も強いSランク冒険者パーティーもあの街に温泉旅行に来ていた。

 ちなみにそのSランク冒険者パーティーと、例の最凶ダンジョンを三十一階層まで攻略しているSランク冒険者パーティーは同一人物だ。


 リリスたちが静かに街を去った後、レッドドラゴンの群れを全滅させた人物探しが始まった。

 その時にSランク冒険者パーティーが、自分たちの成果だと名乗り出たのだ。

 手柄や名声ほしさで。


「あのドラゴンたちは全部80~110レベルくらいだったから、そのSランク冒険者パーティーじゃ倒すのは無理だったでしょうね。自分たちに不相応な名声を手に入れた彼らは、そのうち手に余る魔物退治でもやらされて痛い目を見るでしょ。気にするだけ損よ」


 リリスが寝落ちしたアリアをベッドに寝かせて、優しく頭を撫でる。


「でもでも!」


 まだ納得がいかない様子のクララだったが、リリスに頭を撫でられると静かになった。


「人生は楽しまなきゃ損よ。怒ってたら白髪しらがが増えるわよ」


「うっ……」


「気分転換ということで、観光にでも行きましょ」


「アリアはどうします?」


「当分起きなさそうだから、このまま寝させてていいんじゃない?」


「ですね。お土産でも買ってきてあげましょう」



 そういうわけで、二人は宿を出て観光に向かった。

 不気味な黒い影がアリアに近づいているとも知らずに。





◇◇◇◇



「ふぅ~。おいしかったですね」


「そうね。アリアも絶対に喜ぶわ」


「ですね」


 宿を出た二人は、この街で特に有名な店を回った。

 二人だけで食べ歩きをしたとなれば、食べることとお姉様が大好きなアリアが怒り狂いそうなものだが、そこは問題ない。

 二人はアリアの機嫌を損ねないために、アリアの好みに合いそうな料理や特産品をたくさん買い込んだのだ。


「買い物はこれくらいで充分かしらね」


「結構買いましたもんね」


「これだけあればアリアの怒りを鎮められるでしょ」


「なんかアリアが憤怒に駆られて暴走しだした土地神みたいな扱いですね」



 暫く街の中をぶらぶら散策した後、リリスが口を開いた。


「クララ、街の外に行かない?」


「戦いたくなったんですね、お姉様?」


「ええ、まあ」


 リリスがポリポリと頬を掻いた。


「わかります! ドラゴンの時以降は戦ってなかったですもんね!」


「そ。だから魔物狩りをしたいわ。あと、模擬戦もね」


「姉貴に手ほどきしてもらえるとあれば、私は賛成です! ここでアリアと差をつけてやりますよ!」


 というわけで、二人は街の外の森の中にやって来た。

 暫く森の中を進んで、人気のない開けた場所へ。



「さあ! どこからでもかかってきなさい!」


「いきますよ!」


 リリスは棒立ち。

 クララは懐に手を入れて、いつでも動けるように腰を落とした。


「今日こそは姉貴のおっぱいを揉んでやりますよ!」


「フッ。できるものならやってみなさい」


「やってやりますよ!」


 クララが懐からナイフを取り出して、素早く投げた。


 その数三つ。

 そのうちの二つが、リリスの顔と心臓めがけて迫る。


「目を瞑ってても避けられるわ」


 リリスが最小限の動きで投げナイフを躱す。


「本命はこっちですよ!」


 ナイフを投げた直後に走り出し、リリスの背後を取ったクララ。


 跳躍したクララが、見当はずれの方向に投げたと思われた最後の一本のナイフを空中でキャッチ!

 素早く刃をリリスに向け、首を掻き切る!


「残念。外れよ」


 だが、リリスはこの攻撃もギリギリのところで躱した。


「まだまだです!」


 クララが素早くナイフを投げる。


 リリスがそれを躱した瞬間、クララは素早く肉弾戦に転じた。


「せいッ!」


 クララの拳や蹴りの連撃が、絶え間なくリリスに襲いかかる。


「武術なんて基礎しか修めてない私でもいい動きだってわかるわ。当たってあげないけどね」


 クララの攻撃は一撃も当たらない。

 簡単に躱され、止められる。


 それもそのはず。

 凶悪な魔物が跋扈するダンジョンという弱肉強食の世界を生き抜いたリリスは、敵の動きを覚えて“次”を予測することにおいては誰よりも優れていた。

 リリスが最強の吸血鬼に至った要因の一つでもある。



「まだです!」


 クララが地面を殴る。

 大地が砕け、隆起し、振動でリリスのバランスが崩れる。


「さらに!」


 クララがナイフを投げて、リリスの動きを制限する。


「【影移動】!」


 クララがスキルを発動!

 彼女の姿が一瞬で消えたと思ったら、リリスの背後に移動していた。


 これが彼女のスキルの一つ、【影移動】。

 彼女から半径五メートル以内の影がある場所に瞬間移動するスキルだ。


「私の勝ちです!」


 クララが後ろからリリスに抱き着こうとして。


「――あれ!?」


「残念。私の勝ちよ」


 一瞬のうちにクララの背後に移動したリリスが、クララをギュッと抱きしめた。


「きゃっ!? 姉貴のえっち! ……じゃなくて、また私の負けですか」


「悔しいかしら?」


「悔しいです!」


「フフ。愉快愉快」


「リリスお姉様ってたまに意地悪な時ありますよね」


「アリアとクララは可愛いからね。たまに意地悪したくなるのよ」


「む~」


 クララがぷくっと頬を膨らませた。


「さ、そろそろ魔物狩りに行きましょ」


「ですね……って、いつまで私のおっぱいを揉んでるんですか、姉貴」


 リリスが顔を赤くしたクララを見て一通り笑った後、クララを開放した。

 「野外プレイとかいう変な性癖に目覚めそうだった」とクララが呟いたのと同時に、


「きゃああぁぁぁああああああ!! 助けてぇぇえええええ!!」


 と、森の奥から少女の悲鳴が聞こえてきた。


「姉貴!」


 リリスが森の奥を睨みながら、軽く頷いた。


「行くわよ」


「はい!」

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