第10話 最強吸血鬼と竜の群れ

 街から明かりと人の声が消えた深夜。

 ぐっすりと眠っていたリリスは、いきなり瞼を開いた。

 それは圧倒的強者としての異変を嗅ぎ取る能力によるもので。


「まあまあ強い気配がすぐ近くまでやって来てるわね……」


 リリスがそばで眠っている二人の少女を見る。


「二人とも起きなさい。たぶん事件が起きるわよ」


 リリスが体をゆすると、クララはすぐに目を覚ました。


「ふぁい、姉貴! 毒殺します?」


 クララが目覚めるなり、寝ぼけ眼で怖い発言をした。


「待ちなさい! まだ敵かはわからないわよ。それよりアリアも起こさないと……」


「ふへへ。お姉様のおっぱい柔らかくて気持ちいい……」


 アリアはぐっすりと眠っていた。

 それはもう幸せそうな表情で寝言を呟きながら。


「どんな夢見てんの――」


 呆れたような声でツッコミを入れようとしたリリスだったが。


 ドゴォォォンッ! と。

 耳をつんざくような爆音が旅館のすぐ近くから発生し、リリスの言葉を遮った。


「がぁ!? おっぱいはどこへ!?」


 さすがのアリアもこれには目を覚ました模様。

 まだ半分夢の中だが。


「これはもう敵襲で確定ね。アリア、クララ!」


「せっかくお姉様にエロい目にあわされる夢見てたのに! 邪魔された! 許せない!」


「ええ、ええ! 私たちの温泉旅行の邪魔ですかそうですか。ここにただの毒とやたら痛い毒と指一本動けなくなる麻痺毒と激痛に襲われる強毒と触れるだけで死ぬ毒となんかよくわからんけどすごい毒があります。どれで苦しませてやりましょうかねぇ。ふへへへへ……」


「ん~、全部!」


「ナイスアイディアですよ、アリア!」


 いつものリリスならここで二人にツッコミを入れつつ止める。

 今回も暴走気味の二人にストップをかけると思いきや、


「せっかく人が気持ちよく寝てるところを邪魔するとか許せないわね。みんなで殴り込みに行くわよ! 私についてきなさい!」


 リリスまでそっち側に行ってしまった。




「どうなってんのよ、これ……?」


「大惨事だ……」


「結構ヤバいですね」


 旅館の外に出た三人が見たのは、街のいたるところで炎が上がっている光景だった。

 街の人たちが悲鳴を上げながら逃げまどっている。

 轟音をとどろかせながら、一つ二つ新たな火柱が昇る。


「犯人はどう見てもアレだよね」


 リリスが上を見ながら呟いた。


 空を見上げたアリアとクララ。

 二人の視界に、月明かりに照らされた竜の群れが映った。


「ドラゴンの群れが街を襲いに来るなんて普通はあり得ないはずなんだけどね。まっ、なんでもいいわ。私たちがこの街に滞在していたのが運の尽きね」


 最強吸血鬼が不敵に笑った。


「ええ! 万死に値しますとも!」


「万死! 万死!」


 クララとアリアもそれに同調する。


「竜の数は約三十匹。二人だけで大丈夫?」


「もちろん!」


「姉貴に並ぶためにも、竜の軍勢ごときに怯むわけありませんよ!」


「期待してるわよ」


 リリスが二人の頭を優しくなでた。


「お姉様はドラゴン殴らなくていいの?」


「そうですよ! 一匹くらい殴らないとストレスが……」


「大丈夫よ。私は遠くで暢気にくつろいでる群れのボスをボコしに行ってくるから」


「さすがお姉様!」


「私たちに迷惑かけたアホドラゴンをけちょんけちょんにしてやってください!」


 リリスはもう一度二人の頭を撫でた後。

 その場からフッと消えた。


 残った二人は顔を見合わせて頷く。

 大好きなお姉様に勝利の報告をするために。



「【龍装】!」



 アリアがビシッとポーズを決めながら叫ぶ。

 両手足と、首と顔の一部が龍の鱗で覆われていく。

 手足の先から鋭い爪が伸び、歯が鋭い龍の牙へと変わった。


 これがアリアのスキルの一つ、【龍装】。

 攻撃力、防御力、素早さを大幅に引き上げる効果がある。

 アリアの切り札の一つだ。


「がおー! 変身完了!」


「こっちも準備完了です!」


 クララは、純白に煌めく大きな弓矢を構えていた。

 ロープを巻きつけた矢がつがえられている。


 これは【天月弓】という、リリスが例のダンジョンで手に入れたアイテムだ。

 魔力を込めることで矢の威力・速度・貫通力を爆発的に高められるという代物で、魔法系スキルを使えないのに魔力保有量がやたら多いクララと強力なシナジーを発揮する。


 ちなみにリリスも魔法系スキルを使えないのに魔力保有量は多い。

 だが、悲しきかな。

 彼女は弓の才能がないうえに、天弓を使うより素手で殴ったほうが強いのだ。

 そういうわけで、つい最近まで死蔵されていた。



 クララの右目が赤く輝いた。


「【万能眼】!」


 これはクララがレベル100を超えた時に使えるようになったスキルだ。

 アスリートで言う“ゾーン”に入り、すべてを見通すことができるという効果を持つ。

 相手の行動予測や攻撃の軌道予測、魔力の高まりまで。

 強力すぎるが故に連続使用はできず、一度の発動時間も短い。


「見えた!」


 アリアが、矢に結び付けられているロープを握った。

 それを見届けたクララは、上空にいるドラゴンに向けて矢を射った。


「行ってきまぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」


 矢が白い光を放ちながら、ドラゴンめがけて突き進む。

 その矢から伸びるロープの先には、風圧で変な顔になりながら絶叫をあげるアリアの姿が……!



 これが攻撃範囲外の上空にいるドラゴンのもとに向かうために二人が編み出した合体奥儀だ。

 ちなみに発案はアリア。

 なお本人は絶賛後悔中の模様。



「グギャァオ!?」


 クララの放った矢は、アリアという重しがあるのにもかかわらずドラゴンの顔面に突き刺さった。


 突然自分を襲った痛みにおもわず絶叫をあげたドラゴン。

 その頭の上に、すでにいつもの元気な表情に戻ったアリアがスタッと着地した。

 

「怒りの一撃を喰らえ! ドラゴンブロー!」


 アリアのパンチが炸裂!

 ドラゴンの首が鳴ってはいけない音を立てながら、あり得ない方向を向いた。


「一体倒した!」


 体から力が抜けて落下し始めたドラゴンの上でガッツポーズをとるアリア。

 彼女は倒したドラゴンの背を蹴って、他のドラゴンに飛び移った。



 一方、アリアアローを放ったクララはというと……。


「くっ……! 攻撃手段が弓だけなのは悔しいけど、やるっきゃねぇ! 狙撃! 狙撃! アチョー! そげっき!」


 他に攻撃手段がないため、仕方なく天月弓で次々と矢を放っていた。

 矢は寸分狂わず全部ドラゴンにヒットしている。


「私がブレスを撃たせるとでも? そげーき!」


 炎のブレスで街を攻撃しようとするドラゴン。

 クララの狙撃によって的確にダメージが与えられ、ブレスの準備動作は潰される。


「どうですか、私の狙撃は! フハハハハ!」


 クララの弓の才能には、成金貴族の装飾品並みに光り輝くものがあった。

 眩しいね。



 一方、上空では……。


「ドラゴンパーンチ! ドラゴンキーック! ドラゴンスラーッシュ!」


 クララの狙撃で隙ができたドラゴンを、アリアが片っ端から仕留めていた。


 攻撃手段はパンチや蹴り、爪による斬撃と多彩だ。

 そのどれもが高い攻撃力を有しており、ドラゴンを屠るのには充分なようで。


「やったー! 全部倒した!」


 あっという間に三十匹近くいたレッドドラゴンの群れは壊滅した。



 今回襲撃してきたドラゴンたちは、一匹一匹がレベル80以上。つまり、人類最高峰のSランク冒険者並の強さを誇る。

 それが三十匹ともなれば、圧倒的な脅威となる。

 だが、最強吸血鬼のもとで修業した二人の敵ではなかった。



「クララー! ドラゴン倒したよー!」


「見たらわかりますよ! なんで私の上に飛び降りてくるんですかああああああ!!」


 とっさに飛び退いたクララ。

 さっきまでクララが立っていた場所にアリアが落下してきて、地面に激突した。


「すごい! 全然痛くない!」


 だが、人外レベルまで強くなったアリアは傷一つ負っていなかった。


「普通そこは死ぬと思うんですけど……」


 これにはさすがのクララも引いていた。




 ドラゴンの死体が落下し、地面と激突する。

 衝撃や爆風によって建物が倒壊するが、既にほかの人々は逃げた後なので問題ない。

 爆風によって街の炎が消えたのは不幸中の幸いか。


「燃えてるのはここが最後だ。【水龍ブレス】! がおー!」


 【龍装】以上使用時にしか使えない魔法攻撃である【水龍ブレス】を放ったアリア。

 彼女の口から水のビームが発射され、燃えていた建物に直撃した。


「よし! 建物が完全に壊れちゃったけど、火が消えたからいいや」


「よくねーですよ! 全然なんもよくねーですよ!」


 静寂が支配する夜の街に、クララの叫び声が響き渡った。

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