第11話 最強吸血鬼と炎竜王

「二人とも強くなったわね」


 平均レベル80のレッドドラゴンの群れの気配が次々と消えていくのを感じ取りながら、リリスは火山のふもとまでやって来た。


「さっさと出てきなさい! 自分だけこそこそと隠れてる臆病ドラゴン!」


『デカい口をきくものだな。矮小な人間よ。配下だけでこと足りる。わざわざ我が出る必要などないだろう?』


 全身が燃えるような赤い鱗に覆われた巨大なドラゴンが、周りの木々をへし折ってリリスの前に現れた。


「その配下は私の可愛い仲間に手も足も出なかったみたいだけどね」


 リリスが不敵に笑った。


『何を馬鹿なことを言っている?』


「それに私は人間じゃないわよ。偉そうなセリフは相手を見てから言いなさい」


 リリスの紅い鋭い眼光がドラゴンを捉える。

 ドラゴンは一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐにそれを悟られないように威圧感を込めた名乗りを上げた。


『我は炎竜王フレイザードだ。恐れおののくがいい!』


「へぇ~、たったのレベル200で竜王なんだ。大したことないわね」


『舐めた口をきくのはやめろ。貴様は恐怖に泣きわめき我に許しを乞うことになるのだからな』


「ちょっと前まで私が住んでいた場所には、アンタより強いドラゴンはいくらでもいたわよ。強いっていうのなら、さっさとかかってきなさい、トカゲもどき!」


「グォオオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオ!!!」


 リリスの態度が気に食わなかったようで、炎竜王が怒りの咆哮を上げた。


 自分は最強種と呼ばれるドラゴンだ。

 人間ごときに負けるわけにはいかないのだと。


 耳をつんざく重低音。

 咆哮の振動で大気が震える。


 それでもリリスは全く動じていなかった。


『そんなに死にたいなら殺してやる! 竜王のブレスを喰らうがいい!』


 炎竜王の口から、灼熱の炎があふれ出る。

 炎竜王が大きく息を吸いながら鎌首をもたげ、獄炎のブレスを吐き出した。


『死ね! 矮小な人間が!』


 余波だけで周囲の草木を焼き尽くすような獄炎が、地面を抉り取りながらリリスに迫る!


 獄炎がリリスを呑み込む。

 何もできずに炎に呑まれたリリスを見て、炎竜王は勝ちを確信した。

 だが、勝利を確実なものにするためにブレスは続ける。


 ブレス攻撃を十数秒続けたところで、炎竜王は炎を吐くのをやめた。


『我に逆らうからこうなる。骨の髄まで焼かれ原型など微塵も――何ッ!?』


 炎竜王の顔色が驚愕に染まった。

 炎の中からリリスが出てきたのを見て。



「当たらなければどうということはないって言葉があるけど、当たったところでどうということはないわ。最強の吸血鬼舐めんな!」



 ブレスを喰らっても無傷だったリリスのチョップが、炎竜王の頭部に炸裂した。


「グォァ……!?」


 竜王の頭が地面に激しく叩きつけられた。

 衝撃で土煙が辺りに舞う。


 矮小な人間ごときに負けるはずがないと思い込んでいた炎竜王は、朦朧もうろうとする意識の中何が起こったのか理解できずに混乱していた。


「なんであの街を襲いに来たのよ? これから人を襲わないと約束しておとなしく引き下がるのなら見逃してあげてもいいわよ。無理なら死んでもらうわ」


 混乱していた炎竜王だったが、リリスの言葉を聞いた瞬間一気に冷静になった。

 この世で最も恐れているの姿が脳裏に浮かんで。

 おめおめ逃げ帰るのか、玉砕覚悟でぶつかってせめて相打ちにもっていくか。


 恐怖で支配された炎竜王の思考では、どちらがいいかなど考える必要はなかった。



「グゥゥウウウウォォォオオオオオオオオオァァァアアアアアアアァァアアアア!!!」


 怯えたような咆哮を上げた炎竜王が、がむしゃらに暴れ出した。

 牙や爪、しっぽを乱雑に振り回す。


 周囲の大木が千切れ飛び、地面が抉れ隆起し、砂埃が舞う。


「チッ。何がそんなに怖いっていうのよ?」


 竜王らしさの欠片もない大暴れっぷりに、リリスが舌打ちをした。


「これだけ錯乱されたら私の脅しは通じないわね……」


 炎竜王の攻撃を躱しながら、リリスが呟く。

 炎竜王ががむしゃらに暴れようが、リリスとの差は覆せない。

 炎竜王の攻撃は一撃も命中しない。


「いろいろ聞きたかったけど、洗脳系のスキルがないから私ではどうにもできないわね……。仕方ないわ。こんなのを放っとくわけにもいかないし」


 リリスが恐ろしく速い手刀で炎竜王の頭を切り飛ばした。


 どさり。

 切り飛ばされた炎竜王の頭が、少し離れたところの地面に落ちた。

 先ほどまでがむしゃらに暴れていた胴体も、力なく地面に倒れた。





◇◇◇◇



「ただいま」


 私は気配を頼りにアリアとクララの元まで戻ってきた。


「お姉様、お帰り!」


「おかえりなさい、姉貴! 二人だけでレッドドラゴンの群れ倒しましたよ!」


「結構弱かった!」


 二人が褒めてほしそうな様子で報告してきたから、私は二人を優しく抱きしめた。


「よくやったわね、二人とも。あとでゆっくり膝枕でもなんでもしてあげるわ」


「はい! アリアはお姉様のおっぱいに挟まれたい!」


「私は姉貴に吸血されたいです!」


「はいはい。わかったわよ。吸血は数時間前にしたばっかりだから、何か別のことにしなさい」


 せがむ二人を落ち着かせてから、私は本題を切り出した。


「さ、この街を出るわよ」


「私も姉貴に賛成です!」


「もう少し温泉に入りたかったけど、お姉様がそういうんだったらアリアもついてく!」


 私たちがこの街を出る理由。

 それは目立ちたくないからよ。


 もうしばらくして落ち着いたら、住民はドラゴンの群れを倒した人間を探そうとするだろうね。

 帝都のほうから騎士が派遣されて、本格的に今回の事件を調べるはずよ。

 ドラゴンの群れが人の街を襲うなんて大事件を、国が放っておくわけがない。


 二人は人族じゃないし、私は指名手配されている存在。

 この街に留まってもいいことはないし、ドラゴンを倒したことをアピールする気もない。

 めんどくさいし。


「というわけで、別の街にでも向かうわよ。一日だけだけど、温泉は堪能できたわけだしね」


「いろいろ堪能しましたね……!」


 クララが鼻血を出しながらグッドポーズしてきた。

 このむっつりスケベは何を思い出したのやら。


「うん。名物の食べ物もたくさん食べた!」


「それじゃあ行くわよ」


 私は二人を連れて、こっそりと街から出た。





◇◇◇◇



 最強吸血鬼と炎竜王の戦いがおこなわれていた頃。

 水晶を通してその様子を眺めている男がいた。


 薄暗い城の中でぽつりと呟く。



「最強の吸血鬼、か……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る