第4話 最強吸血鬼と甘味

 目を開けると、私はダンジョンの石造りの床ではなく土の上に立っていた。


「ふぅ。やっと出れたのね」


 周りを見渡してみたけど、景色は三年前とほとんど変わっていなかった。

 鬱蒼とした木々や植物がそこかしこに生い茂っている。


「ここは……ダンジョンの近くかしら? 人の気配はしないわね」


 吸血鬼になったことで、私の容姿はちょっと変わった。

 特に顕著なのが、背中から生えてきたコウモリの翼ね。

 そこそこ大きいから隠しようがない。

 このままだとすぐに吸血鬼ってバレるわ。


 この翼ってさ、目立つだけで特に意味はないのよね。

 最初は期待したけど、空を飛ぶことはできなかったし。

 ホントになんのためについてんのよ、この翼。


 だから、私はスキルを使った。


「【蝙蝠化】!」


 その瞬間、私の背中から生えていたコウモリの翼が消えた。


「キー!」「キー!」「キー!」


 さっきまでいなかったはずの数匹のコウモリが、パタパタと可愛く私の周りを舞う。


 【蝙蝠化】は文字通り、私の体の一部をコウモリに変えるスキルよ。

 敵の攻撃をすり抜けたり、生み出したコウモリに吸血させてから取り込むことで血液ストックを回復できたりと便利なスキルね。

 ただ、コウモリ自体はたいして強くないって欠点があるわ。


 このコウモリは近くの森で待機させとけばいいわね。

 もしもの時のために吸血させた状態で。



「これで外見的には問題なくなったけど……普通に目立つわね」


 私が目立つ一番の要因は、どう考えても服装にある。

 胸元が大きく露出した漆黒のドレスを着ているんだけど、どう考えても目立たないわけがない。

 あと、私の巨乳がこれでもかと強調されてるし。


「ハァ……。デザインや性能は気に入ってるんだけどね。これで人前に出るのはさすがに恥ずかしいわ……」


 え? 脱げばいいって?

 それができないから苦労してるんでしょうが! 殴るわよ?


 ……あれは確か、このダンジョンに逃げ込んでから一ヶ月後くらいだったわね。

 炎系の魔物の攻撃を受けて、私は一度焼き尽くされた。

 私は吸血鬼の生命力のおかげで何事もなく再生復活できたけど、着ているものはそうもいかない。

 燃えて消えてしまっても、再生してくれないわ。当たり前だけど。


 それで、ダンジョン内を全裸で徘徊していた時に見つけた隠し部屋。

 その部屋にあった宝箱から出てきたのがこのドレスよ。


 もちろん喜んですぐに着たわ。

 私に露出趣味はないからね。


 このドレスの効果は、各種魔法に対する耐性(小)と自動修復・自動洗浄効果。

 傷つこうが燃えようがすぐに新品同然に修復される。

 汚れてもすぐにきれいになると、特に自動修復・自動洗浄効果が優秀なのよ。


 魔物の攻撃で焼き尽くされるのなんて、このダンジョンでは日常茶飯事だし。

 服ごと体が切り飛ばされるのも日常茶飯事だったし。

 勝手に新品同然にまで修復されるこの服は重宝したわ。


 そして悲劇に気づいたのが、このドレスを手に入れてから一週間後よ。

 人型の魔物を倒した時にドロップしたコート。

 属性耐性が優秀だったから、すぐに着たの。

 そしたら燃えて消えたのよ。跡形もなく。



 つまり、このドレスは『呪いの装備』ってわけよ。

 お風呂に入る時など脱ごうと思えば脱げるけど、他の服を着ることはできない。

 着たら燃えてなくなる。ドレスの上から着ても燃えてなくなっちゃう。


「せめてもの変装として帽子はかぶっとこうかしらね。確か……あったあった」


 私は【無限収納】の中から取り出したソレをかぶった。

 ドレスと同じく漆黒の黒色をしたつば広帽子を。


「余計目立つ気もするけど……もういいや」


 私は考えることをやめて街に向かった。


 認識阻害系の効果があるドロップ品が手に入ればよかったんだけどね。

 あいにく、このダンジョンじゃ一つも手に入らなかったわ。





◇◇◇◇



「懐かしいわね。三年ぶりかしら」


 私の視線の先には、大きな街が広がっていた。

 あれは帝都。つまり私が生まれたゴルゾーノ帝国で一番大きな街だ。

 帝都には実力至上主義で人族主義なこの国の皇帝や元家族たちもいるけど、バレなきゃ何も問題ないわ。

 バレたところで逃げればいいだけだし。


 この世界の人間のレベルだけど、戦闘職じゃない人はだいたいが5~10くらい。高くても15程度ね。

 それに対して、騎士や冒険者は魔物と戦う関係上レベルは高い。

 人類の頂点って呼ばれているSランク冒険者パーティーは80程度だったはずよ。


 え? 私? レベル1000でカンストしてますけど何か?


 ちなみに私の吸血鬼としての階位は、一番上の真祖にあたる。

 だから太陽の光とか銀とか十字架とかニンニクとか全然平気だわ。



「そろそろ行くとしましょうか。パンケーキ食べたいし」


 私は甘味を食べるべく帝都に侵入した。


 街に入るのは簡単だったわ。

 普通の人間には視認できない速度で帝都を囲む壁を乗り越えるだけだもの。


 壁を乗り越えた勢いのまま人気のない路地まで走って来た私は、一息ついてから大通りに出た。

 三年前とあまり変わっていない景色を眺めながら、街の中を進む。

 帝都なだけあって人通りはものすごく多い。


 ……のはいいんだけど、やっぱり視線が集中するわね。

 商人っぽい人たちはドレスに目が釘付けだし、私の胸元に集まる視線はそれ以上だし。


 下品な男どもの視線は気持ち悪いからどうでもいいとして、女性からも結構見られるわね。

 やっぱり私が巨乳だからかしら?


 フッ、じっくりと見て敗北感を感じるといいわ。

 フフフ。その羨望や嫉妬の眼差しに優越感を、優越感を……全然感じないわね。

 思い返せば、私の承認欲求は三年前にすでに死んでたわ。

 三年間ずっとぼっちだったし。


 なんとも言えない虚しさを感じながら歩いていると、懐かしい店が見えてきた。


「やっぱり大繁盛してたわね」


 店の前には甘味を求める客の行列ができていた。

 そこの最後尾に並んで待つこと一時間近く。

 ようやく私の番がやって来た。



「いらっしゃいませ! 何になさいますか……ってリリス様!? リリス様ですよね!?」


「うわっ! アンタは……」


「うわって、何ですかその反応は! 悲しくて泣いちゃいますよ?」


 注文を聞きにやって来たウェイトレスが、がっつり知り合いだった。


 公爵時代にたまにサボってこの店にスイーツを食べに来たりしてたんだけど、その時によくお世話になってたマリアじゃないの。

 私が吸血鬼になって帝都から逃げる時に手助けしてくれたりといい子なんだけど、まさかまだこの店で働いてるとは思わなかったわ……。

 ヤバい。どうしよう。


「三年も音沙汰がなかったからどうなったのかと――」


「バッカ! ストップストップ! 黙りなさい! 視線集まってるから! さっき掲示板で見たけど、私は指名手配されてる罪人なのよ。国家反逆したとか全部捏造だったけど……。今は正体不明の美女っていうていだから!」


「……確かにそうですね。すみません。でも、自分で美女って言っちゃうんですか」


「私って、スタイルいいからね」


「確かにリリス様は超絶美人ですけども。三年間見ないうちに胸とか背丈とかすごく大きくなってますけども」


「んん? 悔しいかしら?」


「ニヤニヤしながら煽らないでください。商品提供しませんよ?」


「ごめんごめん。いつものパンケーキとミルクココアお願いね」


「相変わらずですね。かしこまりました」


 鼻歌を歌いながら、甘味が出てくるのを待つ。

 時刻が昼を過ぎたこともあり、店に来る客は一気に減った。

 店内を見渡すと、いくつかのテーブルに空きができていた。


 周りに人が座っていない端っこのテーブルで待つこと十分。

 マリアがお盆をもってやって来た。

 お盆の上には懐かしの甘味たちが……!


「お待たせしました! 当店一番のシロップたっぷり甘々パンケーキとミルクココアです!」


「待ってました! 三年ぶりの甘味甘味」


「リリス様は相変わらずですね」


 マリアがテーブルにスイーツを並べてから、私の向かいに腰を下ろした。


「仕事は?」


「ちょうど休憩時間なので大丈夫ですよ。それよりもいろいろとお話を聞かせてほしいです!」


 ふわふわで柔らかい生地にたっぷりとかかった甘いシロップ。

 果物のソースの酸味が鼻孔をくすぐる。


「おいしいわ。私の気に入った味は健在ね。合格よ」


「三年前よりもレシピの研究が進んでるから、前より何倍もおいしくて当然です!」


「こっちのミルクココアも甘くておいしいわ。体の内側から温まるわね」


「なんとこれ、作ったのは私です!」


「マジで!? すごくおいしいわよ! ここの店長超えたんじゃない?」


「ええ。三年前のリリス様がここによく通ってたころの店長は超えましたよ!」


「今の店長は?」


「さすがに今の店長には勝てないですよ。この三年間で料理の腕が上がったのは私だけじゃありませんから」


 マリアとの話は弾んだ。

 私が帝都を去ってからのこれまでの話や、マリアの話まで。


「わ! もう一時間経つんですね」


「ホントだ。あっという間だったわね」


「それじゃあ、私はそろそろ仕事に戻りますね」


「仕事頑張るのよ。マリアとゆっくり話せてよかったわ」


「私もです!」


 仕事に戻るマリアを見送った私は、店を出た。


 私が去った後の帝都の様子や、私の指名手配なんかを含めた扱いについて聞けたのはいい収穫だったわ。


「それにしても、マリアが正社員になってたとはね。あのマリアが」


 三年前彼女がアルバイトで働いていた時は、接客で精一杯って感じだったのに。

 彼女も三年間で成長したみたいね。



「さーて。マリアから面白い話が聞けたし、ちょっと様子を見に行ってみようかしら」


 彼女の話によると、今この帝都の近くには巨大な盗賊団が根付いているそうだ。

 いくつもの盗賊団が合併した大規模な盗賊団が。

 リーダーがよほどの手練れなのか、討伐することはおろか手掛かりをつかむこともできていないんだって。


「こんな面白そうな事件を逃す手はないわね」


 私は帝都に侵入した時と同じように、人知れず帝都の外に移動した。

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