第5話 最強吸血鬼と大規模盗賊団

 最強吸血鬼リリスが帝都を出た頃。

 帝都に面する森の奥深くで、盗賊たちが昼間から酒を飲んでいた。


「ひゃひゃひゃ! 今日も大儲けだぜ!」


「護衛代をケチって弱い冒険者しか雇ってない馬車が来てくれてよかったな。おかげで酒がたっぷり手に入ったぜ」


「特に昨日の収穫はデケェ。活きのいい女が手に入ったんだからよ。手ぶらで金目のものを持ってなかったのが少し残念だったが」


 彼らが帝都の近くを根城としている盗賊団だ。

 総勢百五十名以上。

 たくさんの盗賊団が合併したことで生まれたこの巨大盗賊団は、未だ帝都の騎士たちに討伐されることもなく略奪行為を続けていた。


「捕らえた女の見張りはちゃんとしてるんだろうな?」


「ああ。ボスが帰ってくるまで他のやつらには手出しはさせねぇぜ」


「ボスは怖いもんなぁ~。忠誠心の低い別の盗賊団だった連中に手出しさせようものなら、俺らの首が飛ぶ可能性が高いもんな」


「早くボスが帰って来てくれりゃいいんだけどな。そしたら俺らの番が回ってくるし」


 盗賊団が合併しようものなら、普通は仲間内でのいざこざが起こる。

 従えさせられるほうからしたら、一方的にこき使われるのはたまったものではない。

 いくつもの盗賊団が合併したこの巨大盗賊団が機能しているのは、ひとえにボスが強いからだ。


 圧倒的な強さを以って、恐怖で言うことを聞かせる。

 それがボスのやり方だ。



「おい。もう一杯注いでくれ」


「おう――」


 そう言って、ゆっくり立ち上がろうとした盗賊の一人。

 次の瞬間、


 頭が吹き飛び、首から血を噴出させながら倒れた仲間を見て、暢気のんきに酒を飲んでいた仲間たちの思考がフリーズ。



「その捕まってる女の子の居場所を教えてくれないかしら? 殴るわよ?」



 女性の声がしたと思ったら、彼らの目の前に漆黒のドレスを着た金髪ロングの美女が立っていた。

 彼女の赤い瞳の三白眼が盗賊たちを見据える。


「……な、なんだテメェは!? どうやってここに来た!? 結界系の幻術で俺たちの存在は隠されているはずなのに!」


 最強吸血鬼リリスが、少し考えてから口を開いた。



「……普通に気配感じ取れたからここに来たんだけど」



「「「は!? ボスの結界なのに!?」」」


 盗賊たちの声がハモる。

 たかだか一般人より強いボスの魔法程度で、最強吸血鬼リリスを惑わせるはずがなかった。


「もう一度言うわ。捕まえた子の居場所を教えなさい」


 リリスの指先から赤い糸が伸びる。


 【血操術けっそうじゅつ】で作り出した糸だ。


「三秒以内に答えなさい」


「答えるわけないだろうが!」


 盗賊たちが武器を抜く。

 刹那、全員の頭が飛んだ。


「盗賊が死んだところで、誰も気にしない。法律で守ってもらえない。せいぜいあの世で反省してなさい」


 先ほどまで盗賊だった男たちが、どさりと倒れた。


「こんな奴らから吸血するのは死んでも嫌だわ。盗賊菌がうつるわ」


 最強吸血鬼は盗賊たちの死体を見ることもなく、その場からフッと姿を消した。




「……ぁ……」「なんだ!? うわ――」「ヒィ!?」「あぎゃ……」


 宴会中の盗賊たちを始末したリリスは、近くの盗賊たちを問答無用で葬りまくっていた。

 森の中のいたるところに頭のない盗賊たちの死体が転がっていく。


「ざっと八十人くらいかしら? 大規模な盗賊団なだけあって、かなり多いわね」


 リリスが独り言を呟いている間に、ちょうど百人目の盗賊が倒れた。


「うーむ、少し離れたところから小さな気配いくつかを感じるわね。弱ってはなさそうだから、たぶん洞窟の中にでもいるんでしょ。ということは、捕まってる子もそこにいるはずね。逃げられないようにするには、洞窟はもってこいだから。……それはそうとして」


 百三十人目の盗賊を屠ったリリスは、近くの茂みのそばに移動した。

 一般人には瞬間移動したと勘違いされるような速度で。


 そのまま茂みに向かって喋りかけると。



「こんなところで何してんのよ?」


「うぎゃああああ!! バレたぁぁぁぁ殺されるぅぅぅぅ!!」


 茂みの中から、リリスより少し年下の女の子が泣きながら飛び出してきた。


「ヒィィ!」


 リリスを見た彼女が、震えながら後ずさる。

 その様子を見たリリスが、小さくため息をついた。


「別にとって食べたりしないわよ。私は通りすがりの謎の美女よ」


「……じゃ、じゃあ、私を殺したりはしないんですか?」


「人を勝手に殺人狂にしないでよ」


「だって喜々として殺してたんですもん」


「喜々としてたのは、さっき三年ぶりに甘味を食べたからよ。決して人殺しを楽しんでたわけじゃないわ」


「そ、そうですか……。それはよかったです」


 謎の美女と自分で言っちゃってることにツッコんでほしかったリリスだが、スルーされたことに内心がっかりしていた。


「それはそうと、アンタ誰よ? この辺が盗賊の根城になってるって知ってるでしょ? 何してたのよ?」


「わ、私はクララっていいます! 知り合いが捕まってて、それで助けに来ました」


「よく一人で来ようと思ったわね」


「盗賊団の規模的に、騎士団が来るのは時間がかかりそうでしたからね」


「なるほどね」


 これだけ大規模な盗賊団なのだ。

 討伐するのであれば、たくさんの騎士が集められての大掛かりな掃討作戦になる。

 クララが盗賊の居場所を伝えたとしても、騎士団が動くのには数日かかる。


「捕まってるのはアリアっていうんですけど、数日も放っとけるわけがないじゃないですか」


「それはわかるけど、さすがに一人は危険でしょ」


「そこは大丈夫です! 私は【完全隠密】のスキル持ちですから」


 クララが懐から、吹き矢のようなものを取り出した。


「気配と匂いと音を消してこっそりアリアのもとまで行ったら、強力な痺れ毒を塗ってあるこれでズドンッ! ですよ。ええ」


「それなら勝算はありそうね」


「ですです。私の【完全隠密】だと、ここまで盗賊に気づかれそうになることすらなかったですし……って、なんでお姉さんにはバレたんですか!?」


 クララがずいっとリリスに詰め寄った。


 さっきまで生まれたての小鹿みたいに震えていたのに、そうとは思えないくらい元気ね、この子。

 リリスは心の中でそんなことを考えながら、クララの質問に答えた。



「普通に気配感じ取れたけど」



 強キャラっぽく言い放つリリス。

 いや、リリスは実際に最強なのだが。


「ふぁ!? おかしくないですか!? 普通に感じ取れたって! 私、ちゃんと【完全隠密】発動させてましたよね!?」



「ごめんね。強すぎて」



 リリスがビシッと見下すようなポーズをとってから、すぐにやめた。


「今のは見なかったことにして。やっぱ私のキャラじゃないわ。これは」


「普通に似合ってましたけどね。お姉さんの見た目にはピッタリですよ」


「うっさいわ。遠回しに私が怖い雰囲気まとってるって言うな。自覚してるわよ」


 高身長で目つきの鋭いリリスは絶世の美女ではあるものの、怖くて近づきにくくなるオーラを常に放っているせいで避けられがちである。

 道を歩くと、近くの人はリリスを避けるように道を譲る。

 子供と小動物には逃げられる。


「それと、私の名前はリリスよ。違和感がすごいからお姉さんって呼ばなくて結構よ」


「リリス。リリス。リリス……」


「急にどうしたのよ? 私の名前を繰り返して」


 クララがフリーズした後、驚愕した様子で叫んだ。


「ふぁぁぁぁああああ!? もしかしてあのリリスさん!?」


「ビックリしたぁ。急に叫んでどうしたのよ? 私がどのリリスさんだっていうのよ?」


「なんか見覚えある気がするって思ってました! あの指名手配されてる吸血鬼のリリスさん!? ルノワール公爵令嬢の体を乗っ取って国を恐怖に陥れようとした化け物だとか、人類に仇なすものとか言われてるあのリリスさん!?」


「それはどこのリリスさんよ? 私はいきなり真祖帰りを起こして吸血鬼になったリリスさんよ。体を乗っ取られて、国家反逆としようとしてるリリスさんは存じ上げないわ。私の虚像はどこを目指してるのよ?」


「じゃあ、やっぱりあれは冤罪なんですか? リリスさんを見てると、とても化け物には見えないですけど」


「自分の目で見て勝手に決めなさい」


「じー」


「私の胸を凝視しろとは言ってないわよ。ほら! さっさと行くわよ! アリアって子を助けるんでしょうが」


 リリスが強引にクララの腕を引っ張って進みだした。

 暫く進んだところで、リリスがふと思い出したという様子でクララに話しかけた。


「そういえば、ちょっと前に消した奴がボスが結界系の幻術を使ったって言ってたわね」


 リリスがクララをじ~っと見る。


「よくここまで一人で来れたわね」


「アリアがどこにいようと匂いでわかるんで」


 クララがドヤ顔でそう言い切った。


「変態……?」


「アリアのことなら世界中の誰よりもわかってる自信ありますよ! 趣味趣向とか全部!」


「が、ガチの変態だわ……」


 アリアについて自慢げに語るクララ。

 リリスはクララの話を聞き流しながら、森の奥へと進むのだった。

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