第8話 ほんとの味
店長が固まって動かない。
自分のケーキを全否定されたせいかも?
腕をつかんで揺すってみたけど、ずっと何もない空間を見つめている。
そんなに繊細だったの?
「ねーてんちょー?」
お客さんがいないので、看板鳥のフクロウがペタペタと床を歩いて店長に近づく。てか、鳥って羽があるくせに飛ばないんだ……。
「ホッホー?ホッホホ?」
あ、足 突かれている。
口ばし鋭いから、痛いと思うけど、動かない。
「ホゥホ?……ホッ!!」
反応しない店長にイラついたのか、勢い良く足をつねる。
「ヘハッ!……ッ!」
変な声出して、足を抱えながら悶絶する店長。
かなり痛いだろーな……。
グッジョブ、フクロウ!
「ねー店長。なんで、こんなにおいしくないの?ポン太も、タヌキとキツネも美味しいって言ってたじゃん。期待してたのにガッカリてゆーか、なんてゆーかさー」
「……不審者、今すぐ、気遣いと気配りを辞書で引け」
「えー
ほんと、味が残念すぎてお勉強する気になんないよ。
「ホッ、ホーホー」
フクロウがしゃがんでいる店長の背中を器用に登り、肩に止まって鳴いた。
店長は手の甲でフクロウの眉間あたりを優しくなでる。
「喧嘩はしていないよ、ホープ。ごめん」
「ホッホホ~♪」
鳴きながら気持ちよさそうに目を細めて頭が徐々に下げるフクロウ。
あーまたフクロウと電波交信している。
なに?飼い主とだけ通じる言葉でもあんのかなって思うぐらい、意志疎通出来ているのが不思議だよ。あたしの感覚がおかしいのかな?
いや、フクロウの話じゃなくて、今はケーキだよ。ケーキ!
「ねーぇー、本当に店長がケーキ作ったの?」
「当たり前だ。他に誰がいる?」
「じゃあ、中に入ってるムースはなに味?」
外側の果物とチョコレートは問題ない。むしろ、美味しい。
問題なのは中にある抹茶色のムース。こぉれが不味いっ!全てをぶち壊している。
「……抹茶味だ」
「うっそだぁ!抹茶はあんなに泥臭い味はしないよ」
「ど!泥臭いだと!?」
「だって、葉っぱの味がするしぃ、甘さゼロ。抹茶は抹茶独特の味はするけど、あれは抹茶の風味があって大人なスィーツの苦味じゃん?でもさ、このムースは薬草?みたいな……」
そう。なんか、風邪の時に飲む漢方薬の味に近い気がする。薬草を直で食べている感じ。ヤギとか牛だったら美味しく食べてくれるかも?
「確かに、薬草は入れている。抹茶だって入れた。なんなら、抹茶が一番多く入っている。君の舌がおかしいだけだ」
「ふーん。そう」
さえずり商店街のお店をほとんど食べつくし、なんなら、新商品を食べて感想聞かせてほしいとまで頼まれるあたしの舌がおかしいってぇぇ?
そこまで言うなら、試したくなるじゃん?
「ねぇ店長。味に自信あるんだったらさぁ、あたしの友だち呼んで、食べてもらっても良いよね?」
店長は絶対のってくる。
あたしは友だちの番号を検索して、ケータイを耳に押し当てた。
「もちろん」
ほら、どや顔でこっち見てるもん。
「言ったね?もっしー、おつー。今ひま?え?部活終わり?お腹空いてない?今さぁー、え?うん。そう、店長がデザートおごってくれるってさぁ。マジ?来れる?んじゃ待ってるー。はーい」
「……君には友だちが居るのか」
失礼な。
華の可愛いJKになんてこと言うのよ。
「……店長の方こそ、いなさそう。
「受けて立つ」
腕を組んで、フンと鼻を鳴らす店長。
なによそれ。
あんなに不味いケーキ作っといて、よくどや顔出来るよね?
まぁいいや。
その自信を根元から、ゴッリゴリに折ってもらって!
電話をしてから三十分ぐらいたった頃、瑠璃亭のドアが開いた。
「りーん!来たよー?」
「真樹ちゃん!待ってたよー」
こげ茶色のベリーショートの女子高生が片手を軽くあげて『よっ』と凛に向かって挨拶した。凛より身長が低いが、中性的な見た目で、たまに長めの前髪からチラつく切れ目が凛々しく、虜になる女子生徒も多い。
そのせいか、真樹は所属している演劇部ではよく男性役を任されている。
背負っていた学生カバンを近くの座席に荒く置いて、手で軽く汗を拭った。
「今日、部活早く終わってさー、ちょーどお腹空いてたんだよね。あ、あれが店長?」
店長を指さす真樹ちゃん。
あ、眉毛がピクピクしている……。
「……さすが不審者の友。敬語ぐらい使えないのか?」
「え?なに?店長、結構面倒くさいくさいかんじ?っていうか、凛はともかく、私はお客様だよ。かしこまらなくて良くない?」
「店長、お客様に失礼な態度は良くないと思いまーす」
「……一番、君に言われたくない」
いちいちムカつくなぁ!
店長はブツブツ文句を言いながら、真樹ちゃんの前に見かけだけ美味しいチョコレートケーキを置いた。
ここまでは良いのよ。
「えー、ちょー映えてるじゃん。ほんとに食べて良いんですか?」
「あぁ。食べた素直な感想を聞きたい」
「オッケー。いただきまーす」
真樹ちゃんは上にあるイチゴとケーキを一口大に切り分け、一緒に口へ運んだ。
「……ふっ!?」
「ふ?」
少し咀嚼したあと真樹ちゃんの顔が歪んだ。
ですよね〜。
「……りぃーんー!騙したでしょ!?」
「騙した?」
「店長のケーキ、クソ不味いけど!?」
「だよねぇー」
知っていました。
ほーら、私の舌は間違ってない!
店長め、思い知ったか!?
店長のぎゃふん顔が見たくてカウンターを見たけど、肝心の人がいない。
あれ?どこにいった?
「店長ー?どこー?」
「ね、凛。あれ」
真樹ちゃんが、カウンターを覗き込んでいる。
カウンター裏に回ってみたら、店長が白目向いて気絶してんじゃん!?
「え?あ?店長、店長?」
「マジ、メンタル弱くない?」
「ちょっと、店長!店長ぉー!!」
揺らしても、叩いても店長がもとに戻らない。凛はどうしたら良いのかわからないので、頼れる大人に連絡した。
「そうかい。やっぱり、そうだったか……」
田中さんが気絶した店長をカフェのソファー席に寝かしつけて呟いた。
ちなみに、真樹ちゃんは『ケーキないならいいやー』って田中さんと入れ替りで帰っていった。
今度、美味しいクレープでもごちそうしなきゃ。
「やっぱりって、田中さん、どゆこと?」
「うーん。上手くいけば良いなとは思っていたんだけどね。まだ駄目だったみたいだ」
「駄目だった?」
どゆこと?
「凛ちゃん、この前言ったこと覚えているかい?」
「この前って、素直な感想を言ってくれってやつ?」
田中さんが妙に念押ししていたはず。
「そうそう。僕ら、周りが突ついても、あまり効果が無いから、知り合って間もない凛ちゃんに頼んだのさ」
「店長のケーキ、美味しくなかったよ」
「だろうね。この状況を見ればわかるよ」
「わざわざあたしに味見を頼んだのは、店長の舌がおかしいってのを本人に解らせるためだったの?」
田中さんがうなずく。
マジでか。
「凛ちゃんの味覚が確かなのは昔から知っていたからね。良い意味で、ストレートに物を言うから、任せたくなったんだ」
褒められているのか微妙だけど、確かにあたしは正直な方だと思う。
「……あのさ、店長が作る他のメニューはみんな美味しそうに食べてるじゃん?なんで、ケーキは不味いの?ここの常連さん、不味くても美味しいって言ってたの?」
「いや、お店で出されているものは美味しいはずだよ。だって、彼が最初から作っていないからさ」
「は?どゆこと?」
ちょっと言っている意味わかんない。
あたしは目の前でポン太やマオちゃんにケーキを出しているとこ見たし、タヌキとキツネの大福だって、オーダーメイドみたいだった。
店長がやらなきゃ、誰が作ってんの?
「凛ちゃんは彼が料理している姿を見たかい?」
「え、店のランチとか、常連さんにケーキ作ってたよ?」
「よーく思い出してごらん。それは複雑な味付けがいる料理だったかい?」
「複雑な味付け、か……」
激まずケーキ以外だと、ホットケーキにイチゴパンケーキ、大福にコーヒー。
瑠璃亭のランチもサラダと小鉢がのった三種のサンドイッチプレートにチーズケーキやスコーン、マフィンだったよーな。
複雑な味付けがいるかどうかは分からないが、誰でも作れる様な料理が多いのは確かだ。
「んー言われてみれば凝ったものは作ってないかも?でもさ、店長が作らなきゃ、このお店成り立たないでしょ?」
田中さんは顎に手を当て、少し考えてから話始める。
「えーと。ケーキはね、すでに砂糖や小麦粉の配合がされている粉を使っているんだ。スコーンやマフィンも同じく、ね。サンドイッチも前の店主から受け継がれているルートがあるから、野菜や素材たちの保存をしっかり管理すれば問題ない」
確かにミックス粉があれば、ケーキやクッキーなど焼き菓子系統は一通り出来る。
ホットケーキミックスの裏にマフィンとか違うアレンジ料理を作ってみよう!なんて広告も載っていた。凛も、なるべく低予算でクリスマスやバレンタインのお菓子を作りたい時によく使っている。
手作りならまだわかるけど、店で同じ配合のミックス粉を使うのはどうなのよ?お店なら、一からこだわってオリジナルの配合にするんじゃないのかなぁ。田中さんが『前の店主と同じ』って言うから、秘伝のミックス粉を作ってもらっているって事?
ますますわかんない……。
それに、あたしが初めて店長のお菓子を見た時、タヌキに渡していたのは和菓子。
ミック粉で和菓子は無理があるでしょ?
「洋ものばっかじゃん。タヌキに出した大福は?」
「大福か……。それなら、さえずり商店街にある、和菓子の『うぐいす』さんだ。昔からこの店とは縁があって、毎年、祭りの会議に出すお菓子は一緒に作っているのさ。瑠璃さんが試作案を出して、うぐいすさんが形にしていたね」
「あーじゃ、うぐいすさんにまかせれば、店長は味見するだけで良いのか……」
なんとなーく、いろんな手を使っておいしい料理を作れる風に誤魔化しているのはわかった。
でも『?』は消えないんだよなー。
わざわざ細工してまで瑠璃亭をやってく理由ってあるの?カフェじゃなくても店長の見た目だったらモデルとか色々選択肢はありそうじゃん。
カフェにこだわる理由ってなに?
「つーかさ、店長って最初から味覚が他とは違ってたの?」
「いや、彼の味がおかしくなったのは一年と少し前だね」
「一年前?」
「あぁ。この店の店主、瑠璃さんが亡くなった」
「え……」
あたしは急な話で頭が追いつかなくて、思わず店長の方を振り返る。
気絶しているはずなのに、店長の目から一粒の涙がこぼれていた。
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