第7話 祭りのお菓子

「んて、事があったの!信じらんない!」


 カウンターにコーヒーカップを叩き付ける様に置く。

 あ、なんか今、ピシッって嫌な音がしたような……。

 ペリカンのマスター田中さんは、への字眉毛で少し残念そうな顔を凛へ向けた。


「そりゃ困ったね……。審査会に間に合わせないと、お祭りには出られない」


 審査会は、出店時の商品の提供スタイル、衛生面や美味しさを見て安全でお祭りに相応しいかどうか審査する会だ。

 どうやら一か月前に祭り出店希望者の説明会兼審査会があり、出店内容や提供スタイルを聞かれていたらしい。この時点で祭りに相応しくない出し物であれば断られているようだ。

 もちろん、当日参加は御法度。審査会に間に合わなければ、参加できなくなってしまう。瑠璃亭の場合、しばらく閉店状態だった事情と審査委員が彼を知っていた為、説明会は免除されたそうな。

 いや、でもよ?って感じじゃん!!


「でっしょっ!?何考えてんのバカ店長」


 知り合いで顔パス出来ました~イェイ!って調子こいてるだけじゃん。

 も少し焦ってもいいよね?本当にバカなの店長?


「んー凛さんがそこまで心配するなんて妬けるね、その店長」


 あたしがカウンター席を叩きながら愚痴っていると横から男の声がした。

 隣の彼が、うっとうしい前髪をかきあげ、どや顔でこっちを見てくる。


「お店の手伝いほったらかしている未糸みいとにいに心配されたくない」


 あたしの横でミルクたっぷりのカフェオレを飲んでいるのは、お肉屋『ホークス』の一人息子、未糸兄だ。

 お昼の忙しい時間が終わって、一息つきにペリカンに来たみたい。

 今日はお店の手伝いをしていたからか、白いシャツに黒の長ズボン、腰のエプロンには店のロゴマーク、和柄の鷹が肉をくわえて羽ばたく姿がプリントされている。ゆるふわセミロング茶髪に薄茶の瞳で、整った顔立ち。相変わらず、どこかのテレビ番組でアイドルソング歌ってクルクル踊ってそうな見た目しているな……。


「僕がいると僕のファンで店が埋まってしまうから、たまには父さんのファンを優先してあげなきゃね。紳士はガッツかないのさっ」


 未糸兄は前髪をサラッと横に流して、フッと笑った。

 いちいちナルシスト動作しないとしゃべれない人なの?って毎回思う。


「それ、ただの良い言い訳だよね?おばさんに怒られても知らないよ?」


 『おばさん』と言った途端に、ビクッと身体を震わせる未糸兄。

 持っているコーヒーカップからコーヒーがこぼれるぐらい、ちょー震えているんですけど。


「か、母さんは分かってく、れるぅぅ」

「えー『夕方のタイムセールがあるのに、うちのバカ息子は何処へ行ったんだい!?』って怒られそう」

「そ、それまでには戻ろうかな……。って、僕の事は良いんだよ。凛さん、あの怪しげなお店でバイトしてたって商店街で噂になっているけど、本当かい?」


 無理やり話をすり替えてきた。

 怪しげなお店って、外観からしてそうだけどさ。


「怪しくは無いよ。ただのカフェだもん」


 お客は来ないけどね。

 来たとしても、誰もいないから、商店街で入りづらいお店にはランクインしていると思う。


「あんな人気ひとけの無い場所でカフェ?隠れ家的な?」

「んー隠れ家的な感じはしないかも。メニューもごく普通?」


 隠れているっていうか『経営傾いている』が合っているかも?


「隠れ家的でもなくて、メニューも平凡……。凛さん、悪いことは言わない。今すぐ、イケてる我が家、ホークスに転職しよう!!」


 いや、なんでよ。


「私、お肉さばけないし、二人のファン?に申し訳ないよ。あは、あはは」


 わざとらしく誤魔化して笑ってみた。

 お肉屋さんの知識ゼロだし、なにより、未糸兄の熱狂ファン達の視線を浴びながら接客するの嫌だ。

 未糸兄はあたしの片手を取って握り、もう片方の手で肩を抱きしめてきた。

 うっわ何なの急に。


「凛さんはなんて、謙虚なんだろう。僕は君が隣で明るく元気に肉をさばいている姿が目にうかぁっ!」


 あたしが彼を引っぺがそうとしたら、間に入ってきた人物に首根っこを捕まれ、未糸兄の顔が大きくゆがんだ。ご自慢のお顔がつぶれて、鼻の穴が開いている。イケメンが台無しだね。写メ取ってホークスに貼り付けておけば魔除けになりそう。


「やっぱ、いた」

「あ!魚兄。どしたの?」


 未糸兄を魔除けにしたのは魚兄だった。ちょっとだけ眉間にしわが寄っている。

 魚兄は未糸兄を吊り下げたまま話しかけた。


「ホークス、未千華みちかおばさんが探してる」

「ほらぁ、やっぱり」


 予想的中じゃん。

 未千華おばさんは未糸兄のお母さん。明るくて元気なお母さんで、ホークスの名物ショー(夕方のお夕飯ラッシュ)の影で大量に来る注文を的確にさばく、すご腕のお母さんなのだ。


「バカ息子知らないか?って、乗り込まれた」

「えぇ?まだ、セールの時間じゃ……」

「伝言。『今すぐ帰れ、あんたが肉さばくの避けて遊び散らかしているのは知ってんだからね』だって」


 流石、未千華おばさん。息子がどこでサボっているかわかっていらっしゃる。

 つーか、肉屋の跡継ぎでさばけないのは駄目なんじゃない?


「あー未千華さんは厳しいからね。未糸くん、急いで帰ったほうが良いんじゃないかい?」

「僕は凛さんが心配で――」

「凛。今、こいつ、いなきゃ駄目?」


 魚兄から逃げようとジタバタする未糸兄を指さした。


「え?いらない」

「いらないぃぃぃっ!?」


 あ、ショックで白目向いている。

 別に未糸兄に用事ないし、たまたま居合わせただけだもんね。

 大人しくなった彼を魚兄が近くのカウンター席に座らせたと同時に、未糸兄は顔をガバっと上げた。まだ若干顔が崩れていて上手く笑えていない。


「ふ、ふふふ。ど、どーやら僕のファンが呼んでいるようです。寂しいのは分かるけど、行かなくちゃ。止めないでください、凛さん」

「いや、止めないよ?」


 ファンというか、厳しい母は待ってるよ。

 ファイト、未糸兄。


「照れないで、凛さん。君がぼくぅっ!」


 なかなか店に戻ろうとしない未糸兄の脇腹を蹴って睨み付ける魚兄。

 蹴りたい気持ちは分かるよ。


「さっさと、出てけ」

「ふっ……。くそぉぉぉぉ!凛さんまたデートしようねぇぇぇ!」


 全速力で店を出てく未糸兄。


「転ばないでねぇー!後、デートしないからー!」


 外で何かが大きく崩れる音がしたけど、きっと猫かなにかだよね?

 気にしない、気にしない。


「あいつ、すぐサボる」


 両手を腰にあてて深いため息をつく魚兄。

 二人は幼馴染みのせいか、よく世話を任されているみたい。ほんと、ご苦労さまだよ。


「魚兄はサボり?」

「まさか。ちゃんと、売ってきた」


 魚兄は腰に手を当てて、さわやかな笑顔でピースサインを決めた。

 さすが、出来る人は違うなぁー。余裕があるよ。どこかの サボり魔さんには見習って欲しいね。


「今日は、凛が心配で、来た」

「心配?」


 心配事なんてあったっけ?

 あれかな?

 ラーメン屋でデカ盛り特製麺三つ食べて、常連さんの分無くなったって怒られたやつかな?

 あ、ケーキバイキングで並んでいるケーキのトレーごと席に持ってったやつ?


「そう。凛、バイト順調?祭り参加って、聞いた」


 あ、そっちね。


「順調だけどそうじゃないって感じ?」

「凛、食べるから?」

「違う違う!むしろ逆だよ。食べさせてくんないの。一人で味見して一人で納得して『不審者は出来上がりを食べさせてやる』ってさ。出来上がりをもらったって、あたしがボツ!って言ったらどうするつもりなんだろ?」


 今どきの若者を味方にした方が良いって、タヌキと田中さんにアドバイスもらったクセに、これじゃ意味ないじゃん。


「彼はお菓子を作っている素振りはあるのかい?」

「えー?んー何か作ってるっぽいけどさ、なんかー」

「なんか?」

「祭り向けじゃなさそうなんだよねぇー」

「どういう、意味?」

「店長さ、ゴテゴテのケーキ作ってるっぽいんだぁ……」

「ゴテゴテのケーキって?」

「チョコレートまみれでフルーツどっさりケーキ。台座がパイ生地でチョコレートのリボンが巻き付いている、一口サイズのケーキ」


 あたしの説明に、二人の顔が険しくなった。

 そりゃそうだよね。そうなるのが正しい反応だって。

 夏祭りにチョコレートケーキなんて食べたい人いる?


「その人、ほんとに、店長なの?」

「疑っちゃうよね。あたしでも分かるよ」


 夏だったら、ベタなかき氷とかアイスクリーム、ゼリーみたいな涼しげなお菓子を欲しがるはず。チョコなんて真夏の暑さでデロデロに溶けちゃうじゃん。経営を太陽みたく真っ赤っ赤にしたいならそれでも良いけどさ。

 マジわかんない。

 田中さんが未糸兄のコーヒーカップをカウンターごしに下げるようとして止まる。あたしが『どうしたの?』って目線を合わせると真剣な眼差しで見てきた。


「……凛ちゃん、彼がケーキを試食してくれって出してきたら、素直に感想言ってくれないかな?」

「もちろん、思った通りに言うよ」

「約束だよ」


 変に念を押してくる田中さん。

 なんか、モヤモヤするなぁ。

 感想は言うけど、バカ店長、あたしの意見聞きそうにないし、お祭り間に合うのかな?


 この日は話し込んだせいで遅くなったので、魚兄に送ってもらった。

 歩いている最中も店長の愚痴で盛り上って、魚兄が『面白い人、だね。今度、見に行く』って見物宣言されたし、どーなることやら。





 次の日、学校終わりで瑠璃亭に着くと、店長が仁王立ちで待っていた。


「店長おはよーって、何してるの?」

「出来たぞ」

「何が?」


 脈絡無さすぎてなんの事だかさっぱりわかんない。


「祭りの出品菓子だ」

「あーそなの。良かったですね~」

「なんでそんなに他人事みたいなんだ。君に食べさせるって言っただろ?」

「え、いいの?」


 あまりにも食べさせてくれないから、すっかり忘れていた。

 昼過ぎだけど、今日もお客さんがいなかったので、店長に誘導されるがまま、カウンター奥の席に座った。

 店長は準備していた紅茶とお皿を凛の前へ出す。


「ほら、食べろ」


 出されたお皿の上には、凛が盗み見た通りのイチゴやオレンジが可愛くデコレーションされた、1口大のチョコレートケーキだった。


「あーやっぱりなんだ……」

「……食べないなら、下げる」


 カウンターの中から手を伸ばし取り上げようとする。

 まだ、何もしてないんですけど!?


「あーもう、待った待った!食べるから!」


 改めて、ケーキを見てみる。

 ごく普通の、デパ地下で売られていそうなちょっと高めのチョコレートケーキみたい。

 イチゴもオレンジも、ツヤツヤで果汁がたっぷり詰まってそう。

 美味しそうだけどなぁ……。

 中身はどうなってんだろ?

 ケーキを潰さないように、ゆっくりフォークで切り分ける。

 中は、抹茶色とオレンジ色の二層になっていた。

 切り分けた感触的に、上のオレンジ色がスポンジケーキ、下が少し固めのムースだと思う。

 こーゆーのは、のっている果物と一緒に食べるのが美味しいよね。

 食べやすい大きさをフォークですくいとって、口にお迎えする。


「……んふっ!?」

「どうだ。待ったかいがあっただろう?」

「お」

「お?」

「おいしくない……」

「は?」


 店長が笑顔のまま止まっている。

 そりゃ、そーだよね。

 でも、ほんとだよ。

 今まで食べた中で、サイコーにおいしくなかった。

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