第6話 バイトバイト
皿割り事件から、話はトントン拍子に運び、あたしはめでたく?イケメンの店で働いている。
田中さんから事情を聞いた母さんから『この際だからビシバシ鍛えてもらえ』と、エールを送られた。
花の女子高生がカフェで何を鍛えろって言うのさ?オーダーをめちゃくちゃ運んでマッスルな体にでもなれっていうの?乙女に腕力はいらないのよっ!!
田中さんにも『良かったね。お店のケーキが食べ放題だ』って言われたけど、あの店長じゃ絶対あり得ない。勝手に食べようもんなら、怒って口を聞いてくれなくなるか、奇声を上げたオカメインコが飛んでくる。
マッジであり得ない。
あたし従業員なのに、名前じゃなくて『不審者』って呼ぶしさ……。店長は自分の名前も教えてくれない。従業員が店長の名前知らなくて良いの!?そっちがその気なら、名無しのごんべって呼んであげましょうかっ!?
めちゃくちゃ気になるから、こっそり田中さんに聞いてみたけど『彼の名前かい?外国人らしい名前だよ。知ってはいるけど、本人が嫌がっているなら教えられないな~』だってぇ……。
田中さんのヒントから、店長は外国人らしい名前。外人さんらしい名前……。
ジョン?チャーリー?パピヨン?ポチ?いや、逆にジョセフィーヌ・ジョンソン・ジョアン・ジェシーみたいに、とぉ~ってもなっが~い名前だったら、おもしろいよね。
気になりすぎて我慢できなかったから、バイトの休憩時間を利用して、ご本人に聞いてみた。
店内シンクで洗い物をしている店長の反対側に回り、カウンター席に座る。
「店長って、なんて呼べばいいの?」
店長は作業を止めずに答えた。
「僕は日本人より名前が長いから、店長でいい」
日本人じゃ言わないセリフ。やっぱり外国人なんだ。
店長ってどこの国の人だろ?気になる~!
「長いってどんな?」
「教えない」
「何でよ!?」
「教えても呼ばないだろうし、他の人達もあだ名で呼ぶから必要ない。君も不審者なのは変わらないし、教えて悪影響が出たら嫌だ」
「タヌキにネルロって呼ばれてたじゃん。私もそれでよくない?店長って呼んだらややこしいよ」
街中で出くわした時『店長!』では、色んなお店の店長が振り向きそうで嫌だ。てか、ネルロってあだ名なんだ……。
あまりにもあたしが質問ばっかりするから、洗い物を一時中断して大きなため息をついた。
「はぁぁぁぁ。タヌキじゃない、古里会長。君とは店以外に関わりたくないから、店長で済む」
関わりたくないっ!?
いや、あたしはどんだけ嫌われてるのよ!!
一緒に働くの嫌だなっ!
ちくしょう。このままだとなんだか負けた気分じゃん。名字?だけでも聞き出してやる!
「名前じゃないと、あーたーしは不便なんですけどぉ!イテッ!?」
カウンター席で頬杖をつきながらブーブー店長に不満をぶつけてみる。あたしの声がうるさかったのか、彼の頭上で丸くなっていたオカメインコが起き上がり、真っ直ぐあたしの顔面を目掛けて飛んできた。
ドロップキックを何度も仕掛けてくる。
ちっちゃい足なのに結構痛い!
顔に鳥足の跡つきそうなんですけどぉ!?ちょっと飼い主どうにかして!
「ビービッビッビェーッ!!」
「うん。ピーコ、怒ってくれているんだね」
手でオカメインコの攻撃を防御しながら店長の方をチラ見。彼は静かにたたずみ、腕を組んで『うんうん』と首を縦に振っている。
ぬぁにが『うんうん』だっ!!止める気さらさらないじゃん!!
「いったい!痛い!つーか、飲食店はペット禁止じゃない!?」
ペットと聞いたとたんに、奥の止まり木で半目状態のミミズクが体を細くし、うつむいた。
なんだか、ショックだった?
「ホッ!?ホホホゥ……?」
「ホープ、いちいち気にするな。不審者、訂正しろ。この子達はペットじゃない。家族だ」
「ピルルルル♪」
「ホッホー」
家族と言われて二匹とも嬉しそう。
オカメインコは、あたしの頭上でヘドバンしながら歌ってるし、ミミズクは小さめに羽ばたきながら左右に揺れて踊っている。
まるで、店長の言葉がわかるみたいな反応だ。
鳥って以外と気持ちがわかりやすいのかな?
でも、それはそれよ。
「えっと。まぁ、家族なのはいいんだけど、食べ物屋さんに動物はダメでしょ」
喜ぶ二匹を眺める店長の顔が固まった。
あれ?もしかして……図星?飲食店でやっちゃダメとは思ってんの?
「……二匹とも大人しい。人は襲わないし、店を閉めている時ぐらいにしか出さないから問題ない」
なんか、小声でぶつぶつしゃべっている。心なしか背中が丸くなってない?さっきの勢いはどうしたのよ?
それに、人は襲わないって、あたしは襲われているんだけど。
あたし何だと思われてるわけ?
……つーか、店内で解き放っているのはいいんだ。
店の奥、ちょっとした柵で囲われた角に、二匹の定位置なのか、背の高いT字の止まり木と、小さな鳥が止まれるブランコがかけてある。
鳥への配慮はちゃんとしているみたいだ。
てか、鳥カフェでもないのに飲食店の中に鳥がいるって変わってるよねぇ?
変わっていると言えば、瑠璃亭のお客さんも変。
一応、店は開けているんだけど、お客さん全っ然来ない。来店するのは常連さんや、業者、配達の人が来てるって感じ。新しいお客さんは見ない。マジで大丈夫?あたしの借金うんぬんかんぬんの前に、経営を見直した方が良いんじゃね?
常連客でタヌキとキツネも時々来るんだけど、一番変なのは、店の玄関からじゃなく、裏口から来るお客。
奴らはいつも突然ドアを蹴破ってやってくる。
「ネルロ!!来てやったぞ!!」
激しく裏口のドアが開く音と同時に、大声が店内に響く。
「あ、出た」
いつもの事だから、店長もあたしも特にビックリせず、自分の作業を続ける。扉を蹴破った人物は、ふんぞり返り、片手を高く上げて挨拶した。
「おー小娘!!元気か!?」
「あんたには負けるかも」
華の女子高校生にはやることがてんこ盛りなのよ。勉強したり、課題に流行チェック、友達との情報交換(まぁ、ただのおしゃべりなんだけど)メイクに話題のお店も実際に行って食べてチェックしないといけないし。ほら、とっても忙しいじゃん。
こんなに多忙なのに、あたしは店長に難癖付けられて無理矢理バイト始めちゃったから、もーっと忙しくなっちゃった。
気まぐれに店の扉を蹴破ってくる人と比べないでよ。
「年寄りに負けてどーする?元気出せ!」
「元気ってーか……」
話長いし、このまま話に付き合うのは面倒だなぁ……。あたしが蹴破り犯の話を流そうとした時、隣から微かに風が吹いた。ヤバい。いつも通りなら、あの子がやってくるはず!
よけなきゃ!!
「凛!」
「ウゲッ!」
遅かった。
蹴破り犯としゃべっていたせいで、真横からの飛びつきタックル避けれなかったじゃん。本人は悪気ないから、でっかいワンコに捕獲された気分。
「凛、会いたカッタ」
「マオちゃん……おっはよー」
最初に来た扉蹴破り犯、背が低く、ウェーブがかかった金の短髪で、タイガーアイ色の瞳を持つ彼は、店長に『
多分、いつも、昔のヨーロッパからやって来たんじゃないかって感じのビラビラレースシャツにロングタキシード姿だから伯爵なのかな?
よくその恰好で外に出られるよね。ほんと。お巡りさんにご職業はなんですか?って聞かれそうじゃない?頭ん中いつでもハロウィンかっつーの。
さすがに気になって、見た目からは年下で学生っぽいから『学校行かなくて良いの?』って聞いてみたら『天才の私に学校など必要ない!』だってぇ~。なにそれ?自分どんだけ自信あんのよ。
見た目が中学生ぐらいなのに、自分は年寄りのネクロマンサーだって言うし、本当に謎なお客。
つーか、ネクロマンサーってどんな職業よ?根暗中学生の聞き間違いかな?
あたしに飛び付きタックルをしてきたのが、いつも根暗中学生と一緒にいる『マオ』ちゃん。
伯爵と真逆で、スラッと背が高いアジア系美女。
髪は黒色お団子頭で、瞳は少し紫がかった黒色をしている。
服はコロコロ変わるんだけど、基本チャイナ服で、肌が青白いせいか模様も色も派手めに見える。
うらやましいを通り越した青白さだから、ちょっと心配になるけど、本人はちょー元気。
伯爵大好きっ子で、彼を『マスター』って呼ぶんだよね。モデル並みにかわいいんだけど、力がものすごく強くて、得意科目は格闘技らしい……。伯爵を守りたいから体術を覚えたんだって。日本語は
「伯爵。裏口はやめて下さいって僕が注意するのは何度目ですか?」
カウンターでコーヒーを入れていた店長が、眉間にシワをよせて聞いている。あ、店長ちょっとだけイラついているかも。呼ばれた伯爵は、お店の一番座り心地が良いソファ席に荒く座り、足を組んでフッと鼻で笑った。
「ネルロ、細かい奴は嫌われやすいって知っているか?私はお客だぞ?丁重にもてなしてしかるべき人物だ」
「丁重にもてなしたい振る舞いをして下さい。今のままだと伯爵はただの迷惑な他人です」
そーだ。その通り。毎回話長いんだぞー。
「他人だと!?聞いたかマオ!?」
伯爵がソファから勢いよく立ち上がり、あたしの頭を撫でていたマオちゃんに投げかけた。
「マオもハッきり、聞こえタ」
「足しげく通って、毎回注文をし、人生相談してやっているのにもかかわらず、この、親切な紳士の私を他人だと!?」
顔面に手を当てて首を左右にふり『なんてことだぁ』ポーズをとる伯爵。ちっちゃいから中学生が具合悪そうに頭抱えている図にしか見えない。
店長が伯爵の前に入れたてのコーヒーを置いた。少し酸味のあるフルーティーな香りが辺りに広がる。
「足しげくって、伯爵。うちに来るのは暇つぶしですよね?注文も毎回コーヒーを一杯だけ。人生相談は伯爵が勝手にしゃべって一人で納得していますよね?どこら辺が紳士の振る舞いか教えていただきたいものですよ」
「マオ!ネルロが私をいじめるぞ!」
「ネルロ、マスターいじめるとネルロ嫌イにナっちゃう。マオ、マスターいじめル奴嫌イ」
マオちゃんがあたしから離れ、店長をにらみつけた。
あ、なんか、格闘家が試合前に相手を軽く挑発するみたいに、手を鳴らしてにらんでいる。怒りのオーラめちゃくちゃ出てるんですけどぉ……。
こっわ。
背が高くて可愛いから、ギャップが余計に怖さを引き立たせているみたい。
「マオ、君はもう少し伯爵の行動を押さえてくれると助かるんだけど?」
あっちゃー。店長も口元は笑っているけど眼が笑ってないじゃん……。
「う~っ!ネルロ、外出る!」
店長とマオちゃんの一騎打ちが始まりそうになった次の瞬間、瑠璃亭のウェルカムベルが鳴った。
「ネルロー!父上がホットケーキを食べて良いって許可がおりたから来たぞー」
バッドなタイミングでお店のドアが開いて、ぷくぷく小学生が入ってきた。
「あ!ポン太」
「無礼な!ポン太じゃない!
小学生は出入り口に立ったまま地団駄している。ちょっと丸っこいボディが元気よく跳ねているから、ポンポン擬音が聞こえてきそう。そーゆーとこがポン太みたいなのよ。本人はすごく嫌みたいだけどね。
「だって、名前負けしてるじゃん。空を飛ぶより、地面を飛び跳ねる方が合ってるよ」
「いつも、いつも、からかうのだな!」
「いーじゃんポン太。かわいいし」
実際、怒りながらリズムよくポンポン跳ねるポン太はかわいい。いやーマジ、小学生の時にクラスに一人はこんな子いたなぁ〜。
「良くない!父上に言いつけてやるからな!」
「親にすぐ泣きついちゃうのがお子ちゃまよねー」
「きっさまぁ!」
「やーいお子ちゃまー」
伯爵がちょっかいだすから地団駄踏むスピードが速くなっている……。
外野からの野次で、ますますご機嫌斜めになってんじゃん。
「伯爵、無駄に煽らないでください。君もお客様に失礼が無いように。借金、上乗せするけど?」
「う、それは勘弁して……」
これ以上上乗せされてもあんまり変わんないかもだけど、増えるのは困る。
「ほぉらみろ。悪い事をするからバチが当たったのだ」
ポン太が腕を組んで高圧的に見てきた。
うぅ……なんか悔しい。
「ネルロ!まだ、マオは怒ってル!」
あー律儀に待ってたんだマオちゃん……。
「はいはい。じゃ、怒っているマオさんにはこれどーぞ」
「ナニ?」
店長は大きめのお皿に、イチゴソースがたっぷりかかったパンケーキを差し出した。
「イチゴォォ!」
マオは見た途端に目の色が変わって、すぐにパンケーキの置かれたカウンターに座ってナイフとフォークでパンケーキをモリモリ食べ始めた。
……食い付き度合いが凄い。
人の事言えないけど。
「ネルロ!ホットケーキ!」
「僕はホットケーキじゃないですよ。坊っちゃんのはこちらです」
「これを待っておった!」
ポン太こと翔太の前にはふわふわで厚み2センチぐらいある三段重ねのホットケーキ。
てっぺんには四角いバターが黄金色の表面を滑り出しそうになっている。
もちろん、横にシロップも透明なピッチャーの中で光輝いている。
田中さんのホットケーキは絵本に出てくる様な、THEホットケーキだけど、店長のはちょっとお値段高めの喫茶店で出されているような円柱型だ。
「んー美味!ほっぺが落ちそうだ」
「お腹じゃなくて?」
「ふん!お前はまだ、まかないすら食べさせてもらえてないんだろ?こんな美味しいケーキが食べられないなんてかわいそーだなぁー」
「きぃー!ムカつくぅ!」
ポン太は見せつける様にシロップをタップリ付け、大きく口をあけて頬張っている。
余計にムカつくぅぅぅぅ!
ポン太の言う通り、美味しいまかないは食べてない。
学校帰りで、短時間のバイトだから、店長いわく、そんな無駄な時間は無いだって。
無駄って何よ!
バイトがお店の味を知るのは大事じゃないの?どのデザートもワンプレートランチもすんごく美味しそーなのにぃぃ!
身震いしていると、マオちゃんが食べかけのイチゴを差し出してきた。
「……凛、タベる?」
「え?良いの?」
「マオ、凛の悲しい顔モ見たくナイ。笑顔がイイ」
「えーうれしい!ありが」
「不審者!仕事中なんですが?マオも餌付けしないで下さい」
肩を震わせてビックリしたマオ。目の前からイチゴが遠ざかってく。
「あたしのイチゴぉ……」
伯爵が豪快に笑い飛ばした。
「ハッハッハ!頑なだなネルロ。だが、祭りの菓子は小娘に味見をさせるじゃなかったのか?」
「……考え中です」
そう。
もとはと言えば、田中さんから味見を頼まれて瑠璃亭に来たのに、いっっっちども店長のデザート、料理すら食べてない。
「そんなことでは、なんだ、ピーチクパーチク祭り?だったか。菓子は完成しないんじゃないのか?」
何?そのうるさそうな祭り。
店長はため息をつきながら、伯爵の前にコーヒーを置いた。
「夏のさえずり祭です。こんな不審者いなくても、美味しいレシピがあるので大丈夫です」
「まぁ、
「……確かに」
認めちゃったんですけど!?
伯爵も庶民、庶民ってなんなのアイツ!?
そりゃ、あたしは一般的で庶民的なJKですぅ!上から言われるとなんかムカつくんだけど!
あんたどんだけお偉いさんなのよ!
「そうだ。父上も一週間後の審査会には、祭りのお菓子を献上しろと言っておったぞ」
ホットケーキを口一杯に頬張りながら伝えるポン太。
ポンポン小学生な姿と言動があってないのよ。なんでそんなに上から目線なのさ。
「そうですか。わかりました。必ずご用意致しますと伝えてください」
「うむ。しかと心得た」
言葉は大人だけど、ホットケーキの食べかす付けてうなずく姿はガキンチョだよね……。
「ネルロ。もう、出す菓子は決まっているのか?」
伯爵がコーヒーをすすりながら聞く。
「そーだ。田中さんに味見してってお願いされたのは夏のお菓子ってこと?」
「そうじゃない。普段出すメニューだ。夏祭りの分とは別」
「へー。じゃ、夏祭りどうするの?」
「決めてない」
「は?」
「ネルロ、今、なんテ言っタ?」
「この高貴な私の耳には決まってないと聞こえたが、決まっている、の間違いだな?」
高貴な耳とかどーでも良いけど、聞き捨てならない事聞いたよーな……?
「だから、何も決めてないです」
「「ええええ!!?」」
店長の言葉にポン太とあたしは同時に叫んだ。
だって、あまりにも無計画だから。
それが夏祭り本番二週間前の出来事だった。
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