第5話 ご賞味ください

 桐箱をタヌキに渡したイケメン。

 そういえば、用事があるって言ってたっけ?


「ご注文通り、古里こり会長には大粒入りを、讃岐さぬき様にはみずみずしくサッパリとした素材を使用いたしました。右側が古里会長、左が讃岐様です」

「では、開けてみようかの」

「そうですね」


 二人同時に桐箱をゆっくり開けた。

 中には、もちもちとした白い大福が四つ入っている。

 タヌキの方は、白い表面から浮き出るようにごつごつとした黒い豆が見え隠れしていた。

 キツネの桐箱には、白い生地の下から赤やオレンジ、緑が透けて見える。


 お、おいしそー!

 どちらからも甘くいい匂いが漂っている。


「ふむ」

「なるほど」


 うなる二人。


「見た目は良いな」

「そうですね。一般的な見目ですが気品を感じられます」

「ま、重要なのは味」


 タヌキとキツネが大福をゆっくり口へ運んで一口食べる。


「ん!」

「ふふ」


 二人から笑い声がにじみ出た。


「豆の甘じょっぱさがたまらんのー。固すぎず柔らかすぎない弾力感。粒餡に胡桃が絡まって、食感に飽きがない。シンプルだが、実に楽しませてくれる大福だ」

「こちらも負けていませんよ?大福と果物の相性は、一見、良いように思われますが、みずみずしいを通り越して水っぽくなりがちです。そうなれば、食べられるものじゃありません。この大福は苺、夏みかん、メロン、すいかを使っていますが、こし餡とのバランスがとれていて、少しひんやりとした夏の朝の様に、爽やかな音色を奏でて、喉を通り抜けていきます」


 一口しか食べてないのに、天井を見上げて満足そうな二人。

 なんか、難しくってよく解んないけど、大絶賛じゃん。

 そんなに美味しいの?


「及第点、でしょうか?」

「まぁ、瑠璃には届かぬが、茶会に出すには申し分ないの」

「ネルロ、私の分もこれで進めて下さい。とても、美味しいです」

「ありがとうございます。このまま、来週のお茶会に出せる様にご準備いたします」

「うむ。よろしく頼む」


 お茶会?

 お偉いさんには、どっかのフードコートでジャンクフード食べながらしゃべるって感じじゃなくて、わざわざ会を開かないとしゃべれない感じ?

 よくわかんないけど、大変だなぁ……。

 イケメンはお茶会に出すお菓子の試食をしてもらいに来たのか。

 あれ?


「えーっと……店長?」


 本名知らないし、それっぽい名前は話の流れ的にわかるけど、勝手に呼んで良いかもわかんないから、役職呼びで店長を指さして聞いてみる。


「店長とな?」


 店長の隣で豆大福を頬張るタヌキが、自身を指して小首をかしげた。

 違う、タヌキじゃない。

 首を横に振ると、思い出したようにイケメンが凛を見た。


「……あぁ。僕か?」

「そうそう。店長って、和菓子屋さんなの?お店バリッバリの洋菓子屋さんっぽかったからさ、大福出てきてビックリしちゃった」


 正確には、ハロウィンの時期に売っていそうな、コウモリ型クッキーとか、目玉グミのゼリー、血も滴るドラキュラ仕様のチョコとラズベリージャム味のシフォンケーキを想像しました。あの店、雰囲気が暗いのよ。ほんとに。


「確かに、店では主に洋風の軽食やお菓子が多いな。でも、オーダーメイドも出来る。洋風、和風といったこだわりは特にない」

「へーそうなんだ」


 何でもありじゃん。

 まかないもいろいろあるのかな?


「私達が注文した大福も、今度、商店街の夏祭り会議でお出しする為に依頼したんです」

「夏祭りって、夏のさえずり祭!?」


 ここ、さえずり街の神様は五穀豊穣の神様。

 昔から各季節に必ず、豊穣祈願の儀式が行われていたらしい。時代が進むにつれ、意味や形が変わっていき、今ではさえずり街商店街のよん大イベントとして有名だ。

 昼の部と夜の部があり、昼の部では、特産品を使った出店や、昔ながらの輪投げ、金魚すくい、射的もあればヨーヨー釣り、大食い大会も開催している。


 日が落ちてくると、夜の部が始まり、豪華景品が当たる大ビンゴ大会が始まる。ビンゴに欠かせない数字付きの用紙は、昼の部で飲み食いや遊ぶごともらえるスタンプを五個集めたら、運営テントでビンゴ用紙一枚と交換してくれる仕様だ。


 夜の特設会場は、ビンゴ用紙を持った景品目当ての夢みる人々でごった返す。

 ビンゴ景品は毎回豪華で、去年の特賞は海外旅行一週間。しかも、行先を好きに決めて良いし、旅行先での資金、五万円をプラスで付けてくれた。その前の年は、お米二年分保障券。景品情報を聞きつけた奥様方が、昼の部で夫や我が子に、会場をまんべんなく遊べる程度のお小遣い渡す。夜には大量のビンゴ用紙を持って、番号が表示されるビンゴ掲示板とにらめっこしていたのを覚えている。

 あたしも母さんに二枚ぐらい持たされたなぁ……。


 大熱狂のビンゴ大会の後、最も祭りを盛り上げた店舗のランキング発表会があり、祭りは終了。ランキング上位にはトロフィー譲与と、次の祭りまで最優先で自社製品やサービスを宣伝しても良い権利が与えられる。

 街の情報誌や、テレビの取材も、まずは祭り優勝店に話がまわってくるのだ。

 ちびっこも、大人もはしゃぐビッグイベント。

 楽しみしかないっしょ!?


「そ、そうだの。やけに食い付きが良いの。娘っ子は祭りが好きなのか?」

「大好き!大大大好き!!」

「夏の一大イベントですものね。若者は楽しみでしょ。参考までに、何が楽しみですか?」

「大食い対決!」

「あぁ、毎年やっていますね。皆さんいい食べっぷりで、見ていて気持ちが良いですよね」

「うん!毎回違う料理で飽きないんだよねー」

「ん?」

「は?」


 タヌキもキツネも、店長すら動きを止めて、あたしを凝視してんじゃん。


「……まさか、参加する側ですか?」

「え?そうだよ」


「……」



 何、この沈黙。

 今の時代、レディだって大食いぐらいするよ!

 タヌキがアゴに手を当てて考え込む。

 少しして手をポンと叩いた。


「娘っ子、もしやお主、バキュームJKか!?」


 え、ネーミングセンスダサすぎなんですけど。


「バキュームJKって何ですか?」

「ネルロは引きこもっておったから分からないが、ほれ、讃岐。去年の担当者が泣きついてきた事件」

「去年の大食い対決……あぁ!」


 キツネが一つ、合点がついたように手を打った。

 タヌキが続けてしゃべりだす。


「予想以上のスピードでホットドッグが消えて、ホットドッグ提供者の商店街のパン屋と肉屋から苦情殺到しただろ?で、三十分勝負を十分に短縮した。確か、迷惑な挑戦者の一人に、娘っ子の様な女子高生もいたはず」

「あれ?最初から十分勝負じゃなかったの?」


 えっと、去年、大食い大会の後、司会のおっちゃんに『さえずり祭の大食い対決は、本格的なフードファイターが参加するものではない。一般的な、ちょっと人より多く食べれますよーな人たちが参加して、和気あいあいと楽しむイベントであり、お前達のような、数秒で十何皿平らげる化け物が出てこられると困る。お前達のスピードが早すぎて、他の挑戦者が食べられないし、迷惑だ!参加するなとは言わないが、加減しろ!!』って怒られたのは覚えている。

 なのに、ホットドッグ百個しか用意してない運営側もどうかと思うんだけどなぁ~。挑戦者が三、四人いれば、一回戦目で五十個たべちゃうよ?


 あたしが不思議そうにみんなを見つめていると、タヌキから特大のため息がもれた。


「やはり、お主か……。ネルロ、多少は目をつぶるが、賄い代が大幅に増えるようなら、早めに言いなさい」

「……エサをやり過ぎないように気をつけます」

「ちょっと!あたしの扱い酷くない!?」

「大食い不審者、待遇改善と賄い出してほしかったら馬車馬のごとく働くんだな」


 キィー!!誰が大食い不審者よ!あたしは食べるのが大好きな、かわいい女子高生でしょうが!?待遇改善より先に訂正しなさい!


「クッソー、みてなさいよ!店長に、『僕が間違っていました、すみませんでした、ごめんなさい凛様』って言わせてやるんだから!」

「……ハッ」


 鼻で笑ったぁぁぁぁ!?

 絶対見返してやるぅぅぅぅ!!



 この瞬間に凛は、瑠璃亭のバイト(ほぼタダ働き)が決定してしまった。

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