第4話 タヌキとキツネ

 瑠璃亭から一時間ほど過ぎた頃、凛を乗せた車は山奥のお屋敷の前に止まった。

 二人の前には、まるで時代劇の将軍が住んでいそうな、大きな木製の門がそびえたっていた。とても一人では開けなれなさそうだ。


「え、何ここ?」

「君が普段会わないような方のご自宅。ここから黙って。君がしゃべると、ろくな事がなさそうだから」

「ちょっと、説明になってないんですけどぉ」

「ただの付き添い不審者に説明はいらない」


 カッチーン。

 凛、キレちゃいそうだわ。

 何その冷たい言い方!?

 勝手に連れてきた癖に、説明少なくない!?

 確かに、一般ピープルJK(女子高生)には関係無さそうなお家だけどさぁ、誰んとか、何で来たのか、さらっと説明してくれても良いんじゃない?

 イケメンはさっさと車を降りて、大きな門の横にあるインターホン押しているし。

 すぐにお家の人が返事をして、重い門が自動で開いた。

 少し遠くで突っ立っていた凛を、イケメンが手でさっさと来いと催促する。

 凛は大きなため息をつきながら駆け足で門の中へ入った。


 門の中も凛にとっては不思議な光景の連続だった。

 門から玄関までの道には石畳が並び、道の両サイドには松の木と、池にししおどしがあって、竹筒が石釜を叩く、高い音色が響いている。

 砂利で水の波紋が描かれた枯山水かれさんすいもあり、どこかの有名日本庭園に迷い込んだだろうと勘違いしてしまいそうだ。

 玄関も有名人がお忍びで来そうな高級旅館な佇まいだ。

 竹とガラスで出来た大きな引戸を案内役の和服姿のお姉さんが開け、二人を中へ招き入れた。

 お高そーな壺や絵が飾られた廊下を渡り、奥の部屋でお姉さんは立ち止まり、軽く会釈をして去っていった。

 どうやらここが目的地らしい。


「会長、入ってもよろしいでしょうか?」


 イケメンが障子の前で正座をして聞く。

 つーか、あたしの時と態度が全然違うんですけど?

 まぁ、それぐらい偉いさんなのかなぁ?


「おー待っておった、待っておったぞ!入れ」


 部屋の中から、低いダミ声がイケメンに答えた。


「失礼します」


 イケメンは障子を開け、中の人物に一礼する。


「会長、お久しぶりです」

「うむ、久しぶりだな。元気にしておったか?」

「元気、とまではいきませんが、生きてはおりました」

「そうか、そうか。軽口が叩けるなら元気そうだ」


 ガハハッと豪快に笑う会長は、伸びたポロシャツに大きなズボンのふくよかボディで、手には金色の指輪を二、三個はめた、頭頂部に申し訳ない程度に黒髪を生やしたおじさんだった。

 ただ、気持ち悪さはなく、なんか似ている生き物がいたはず……。


「あ!タヌキだ!」


 まるっこくて、なんだか愛嬌があるとこが似ている!

 目の下もどことなくクマがあるし!

 ピッタリの生き物が出てきたから、思わず指さしちゃった……。

 となりのイケメンの顔がものすごーく険しい。


「……なんじゃ?この娘っ子は?」


 タヌキが凛の顔を覗き込む。


「不審者です」

「あたしは不審者じゃないし!」


 しっつれいなイケメン!

 もうちょっと説明の仕方ってもんがあるじゃん?

 ぴちぴちの可愛い女子高生ですぅとか、僕が捕まえた美人ですとかさぁ!?

 言うに事欠いて不審者って印象最悪じゃんか!


「ネルロ。お前、不審者を連れ歩く趣味でもあるのか?」

「ありません。監視の為、仕方なく連れてきました。会長にご無礼な振る舞いをしないように黙れと言い含めておいたのですが、全く聞きません」

「ガハッハッハッハ!そりゃ跳ねっ返りだの」

「うるさい声が廊下まで響いておいでですよ、古里こり会長」


 別の声がして、イケメンと凛は後ろを振り返る。

 いつの間にか、凛の後ろに高身長のおじさんが立っていた。

 黄色がかった茶髪を七三分けにして、シワ一つない紺色のスーツを着ている。

 目は細く、どこを見ているかわからない。

 なんか、この人はアレに似ている。


「あーキツネかぁ……」


 昔話の絵本に出てくるキツネにそっくりだ。

 なんか、良い顔して人を騙す系のキツネを思い出した。


讃岐さぬき!遅いではないか!」

「ちょっと道が混んでいましてね。で、この方はどなたです?お呼ばれされていませんよね?」

「ネルロの不審者だそうだ」

「……は?」


 讃岐と言われたおじさんのくちが開いたままになってる……。

 そりゃそうなると思う。

 つーか、タヌキまで不審者呼ばわりしなくてもよくない?


「よく不審者を連れ回せますね。私なら、どこか柱へ張り付けて動かないようにしますが……」


 なにそれ怖っ。

 どこかからデカい紫色の扇子を取り出して、ゆっくり優雅に仰ぎながらこっち見てるし。

 めちゃくちゃあおられてる?私。


「して、娘っ子は何をしでかした?」

「実は……」


 かくかく然々しかじか

 タヌキとキツネはイケメンの話しに耳を傾け、同じタイミングで急に凛へ振り返る。


瑠璃るりまもざらを割っただと!?」

瑠璃るりさんのまもざらを割った!?」


 え?何?やっぱりあの皿、とてつもなく高級だったってこと?

 二人はイケメンに目線を戻して、肩を寄せ合い小声で話し始めた。


「娘っ子は何者なのか解っておるのか?」

「いえ」

「……やっかいな子を拾いましたね、ネルロ」

「拾わざるを得ませんでした。とても迷惑しています」


 ここ静かだから小声でもバッチリ聞こえてんのよね。

 それに、イケメンはあたしに聞こえるように言ってたでしょ!?

 ムッカつくぅ~。

 こっちだって、美味しいお菓子が食べられると思って来たのに、よく解んない皿の弁償させられようとしてんのよ!?


「あたしだって迷惑してますぅ~」

「娘っ子、素性を明かせ」


 え?制服着ているのに見てわかんないの?

 いちいち自己紹介しなくても、有名な制服だし、さえずり街に住んでいるなら知ってるはずなんだけどなぁ……。

 凛はしぶしぶ、キャピキャピ感が伝わるように、顔の横でピースサインをして答えた。


「花の女子高生満喫中の鈴村凛ですぅ」

「そうではなくて、あなた何も持っていないんですか?」


 凛を指さすキツネ。

 学生のくせに通学カバン持ってないのかってこと?

 イケメンに強制的に連れてこられたから、通学用のカバン持ってきてないよ。

 ま、置き勉してるから通学用も人より小さいかも。

 普段もケータイとお財布が入れば十分じゃない?


「え?今時、教科書いちいち持って帰る人いなくない?」

「……話しになりませんね」


 キツネは凛の回答に不満だったのか、小さなため息をついた。

 えぇぇ?じゃ何の話よ?意味わかんない。


「だから、話しに全っ然入っていけないんですけど?」

「娘っ子、ほれっ、持ってみよ」

「え?なになに!?」


 不意にタヌキが投げた物をキャッチした瞬間、パキッと嫌な音がした。

 手のひらの中には、粉々になった透明な粉が残っているだけだった。


 また、やらかした?


「うむむむむ。こりゃやっかいだの」

「えぇ。困りましたね……」


 考え込むキツネとタヌキ。

 説明なきゃ、こっちが困るよ。


「粉なんだけど」

「わしが投げたのは、透明な石のかけら。娘っ子は持った瞬間に粉砕したの」

「げっ、そうなの?」


 いくらあたしが、女子高生時々ゴリラな子だからって、キャッチしたものを粉砕はできないよ!?

 キツネがアゴに手を添えて凛を凝視する。


「あなた、ネルロの店を荒らしたんですよね?」

「したくて荒らしたんじゃないんだけど。あの……フクロウ?だっけ、あの子がビックリして飛び回ったからじゃん」


 吹っ飛ばしたのはあたしだけど、まさかフクロウが床に転がっているなんて想像できないじゃん。店側の落ち度もあると思いまーす。


「店が荒れたのは、確かにホープにも原因はある。だけど……」


 イケメンは割れた皿を凛に見せつける。

 てか、わざわざ持ってきてたんだ!?


「これは、君だ」

「なんでよ!?あたし、お店に一歩入っただけじゃん。あたしがドアを開けたから壊れたって、因縁つけるつもり!?」


 黙る三人。

 え、黙っちゃったじゃん!?


「そうなの!?」

「正直、何故、瑠璃の皿が割れたのか原因は今のわしらではわからない。だが、ホープには割れん理由がある」

「理由って?」

「あの子はとりです。とりは皿に触れられないんですよ」


 ん?鳥?バード?フワフワな鳥には無理って言いたいの?


「え、なにそれ?意味解んないんですけど」

「はぁー、あの皿は強い力で固定されていた。ちょっとの揺れや衝撃で落ちるはずがない。考えられる原因が今は君しかいない。だから、君のせいだ」

「んなぁにそれぇ!?あたしのせいじゃなくない!?」


 原因無いから、あの場にいた君に決めましたって、推理に穴ありすぎでしょ!?


「とにかく、瑠璃の皿が割れたのは事実ですし、ホープが怪我をしたのも事実。弁償はしてもらいましょう」

「そうだの。娘っ子の得体も知れない。ネルロ、しばらく娘っ子をお前の店で働かせたらどうだ?」

「え」

「げっ!?」

「僕は嫌です」

「ハッキリ言うの」


 ほんとにマジでムカつく。


「不審者を働かせるほど僕は馬鹿じゃありません」

「しかしな、お前は店の切り盛りも、接客だって久方ぶりだろう?今時の若者の口に近い娘っ子がいれば、接客も新メニューだって楽になるはずとは思わんか?」

「メニューはともかく、接客は無理だと思いますが?」

「まぁ、高級店のかしこまった接客は難しいでしょうね。でも、商店街なら話しは別。フレンドリーな方が好まれるとおもいますよ」

「それは、そうですが……」


 もっと言ってやってキツネのおじさん!


「娘っ子は、ずっとわしらにタメ口だしの」


 そー言えばそーだった。


「不審者のしつけが出来ず、申し訳ありません」


 イケメンがキツネとタヌキにふかーくお辞儀している。

 彼が謝ることじゃないのに……。

 誰よ、イケメン謝らせているの。

 あ、私か!


「お前が謝る筋は無い。娘っ子に六百万用意する手立てなど無さそうだし、手元に置いて働かせれば良い。娘っ子がどんな者かもわかるしの」

「ですが……」


 いや、どんだけ拒否るのよ!?

 眉間に深いしわよせて、スッゴい嫌そーな顔してる!

 イケメンの態度を見て、タヌキが咳払いをした。


「ネルロ。店のオーナーは誰だ?」

「……古里会長です」

「なら、わしが命ずる。この娘っ子をお前の店で雇え。バイト代の半分を弁償代としてわしに納める」

「えー!半分も持ってくの!?」


 半分も持ってかれたらあたしの取り分無くない!?

 乙女にはいろいろと生活必需品が人より多いから困る!

 お小遣いで、おやつとかお菓子とかコスメにスィーツも買いたかったのに……。


「半分で手を打ったわしに感謝せい。ネルロに任せたら全額持っていかれるぞ?」

「当たり前です」


 マジでか!

 このイケメン面した鬼め!


「娘っ子には、午前は学業に専念し、午後はネルロの手足となって働いてもらう。親御さんには田中様から話をつけてもらおう」

「私も同感です」


 キツネとタヌキは同時にうなずいた。


「え!田中さんってどの田中さん?」

「もちろん、喫茶ペリカンの田中様だ。他に誰がおる?」


 いや、誰って日本中に田中はたくさんいるでしょ!?

 ランキング上位クラスの名字じゃん!

 つーか、何で様呼び?


「田中さんって、めっちゃくちゃ偉い人なの?」

「ん?そりゃ、ここらの生き字引の様な方だ。娘っ子も敬意をはらっ……えなさそうだが、ご迷惑はお掛けしないようにの」


 いちいち失礼だなこのタヌキ。

 とりあえず、凛とイケメンはうなずいて了承した。

 まぁ、田中さんから話してくれたら母さんも納得するかも。

 私が小さな頃からお世話になっているからね。


「では、決まりですね。ネルロ、本題に入りましょうか」


 イケメンはキツネの目配せにうなずき、お弁当箱ぐらいの白い桐箱を取り出した。

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