王都の変貌

「あ、あれゲノムさんじゃないか!?」

「本当だ! 傾国の英雄、ゲノムさんだ!」

「あの、今の騎士団長リッツさんやティア王と共に、悪逆非道最悪の王を討った英雄、ゲノムさんだ!」

「なんでも、希少な魔術を操り、お二人を陰ながら支えたと言う!」

「なんて凛々しい姿っ! 凛とした佇まい! 溢れ出す気品! ああ、私もう死んでもいい······」

「ダメよ! 私はゲノムさんとリッツさんの絡みを見るまでは死なないわ。貴方もそうでしょう!」

「やべえ、俺、涙がでそうだ······」


「······流石に私でも分かるのです。変なのです」

「異常の一言。ゲノムはそんなにカッコ良くない」

「いや、まあ、僕も少しやりすぎたと思ってる」


街に入ると、あっという間に囲まれたゲノム達。

笑顔で手を振りつつ、愛想を振りまくゲノム。心無しか笑顔が引きつっている。


「何した? 吐く」

小声でゲヘナがゲノムに問う。

少し表情に怒りが見える。


「······クーデターの途中、国民のほぼ全員に魔術刻印を刻んだ」

ゲノムはあっさりと吐く。

ゲヘナは国民の一人をよく見ると、うっすら額に刻印が刻んであるのが見える。

外から見えると言うことは皮膚に刻んである様だ。それならば少し魔力で撫でるだけで簡単に消える。魔術刻印は繊細なのだ。


「何の魔術?」

「『幻想』っていう魔術」

聞きなれない名前に二人は首を傾げる。


「シロはその魔術知らないのです」

「私も知らない」

「······夜寝る時に、クーデターでの僕の活躍がずっと頭の中で再生する様になってる。割増で。ついでに僕を見る姿が格好良く見えてる」


『幻想』の魔術は『幻視』と『幻聴』を組み合わせ、無意識下で見せたい映像を流す魔術である。それは何とない時間に頭の奥で音楽や映像が流れる現象を利用したもので、意識がはっきりした時には気にもならないが、寝る直前や睡眠時に効果を発揮する。


「············それって、洗脳」

ゲヘナが呟く。

まさに、洗脳魔術と言い換えられるものだ。

効果を発揮するのに時間がかかると、デメリットはあるが。


「いや、僕もここまでとは思わなかったんだよ。だけど、クーデターが終わりそうな時、王女が、お疲れ様。もうこの国を出て行っていいわよ。なんて言うから」

ゲノムはクーデターの最後の状況を話す。


リッツを率いて城に戻ったゲノムは、正直やることを失っていた。

ゲノムは人を殺さない。

元々体を傷つける魔術を持っていない事もあるが、単純に気持ちが悪いのだ。

にも関わらず、周りの人は次々と切って捨てる。背後から躊躇なく首を跳ねる。時にはゲノムの魔道具を使って遊びながら。それが堪らなくゲノムにとって気味が悪かった。吐気を催す程に。

普段は人で遊び、見る人が違えば非人道的な事を平気で行う彼は、こと殺生に関しては酷く臆病なのだ。

それを見かねた王女が、心配して声をかけた。もう大丈夫だから、逃げても良いと。言い方は悪かったが。

それを見事に勘違いしたゲノムは、腹いせに間術を放った。

傍目からは美しく見える魔術だが、その効果は非道。

闇夜に輝きながら広がる魔術の光は、次第に視認できないほど細くなる。

そして国民一人一人に舞い降りた。

家の中にいた人までは効果は無いが、その日は国民の殆どが歴史の変わり目を見る為に外にいたのだった。


「もしかして、私達が外で見た綺麗な光はそれなのですか?」

「高濃度の魔力だった。てっきり私達が近くにいるから、もうすぐ国を出るって合図だと思った」

「私もそう思ったのです」

「いや、それは直前で上げた音の方」


「······あの時の感動を返して」


「いや、だって悔しいじゃん! 頑張って裏工作頑張ったのに、終わったらポイだよ」

「······多分、ゲノムは指名手配されてるけど、国から出るのを許す。って意味だと思う。王女としては捕えなくてはならないけど、見逃してくれた。義理を通したうえ、帰りに騎士団の護衛まで付けた破格の対応。なのに、この仕打ち」

「恩を仇で返すとは、このことなのです」

「············う」

いつもはゲノムの味方であるシロまで辛辣である。

女性の気持ちは同じ女性である彼女達の方が理解しやすい。


大切な家族である二人から非難の眼差しを受け、ゲノムは降参する。

「······分かった。用事が済んだら解くよ。額に刻んであるから、簡単に解けるし」

「············用事、あ」

「は、忘れていたのです!」

どうやら二人は異様な光景に戸惑い、本来の目的を忘れていた様だ。

「まあ、待ってよ。どうせなら宿を決めてからにしよう。いい所を知っているんだ」






「こ、これはゲノム、さん。あんな仕打ちをした俺の宿を再び使ってくれるとはっ!」

「いや、いいんだ。あの時は僕も悪かったよ。話す訳にはいかなかったとはいえ、ごめんね」


三人が来たのは、嘗てゲノムが拠点としていた宿屋。

強面の店主がいる、冒険者御用達の宿屋である。

店主は以前の出来事を覚えていて、ゲノムに恐縮しっぱなしだった。


「い、いえ、とんでもねぇ! そうだ! 今回の宿泊費はタダでいい! 英雄殿からお金を貰っちまうと、俺はもうこの国で商売ができねぇっ!」

「え、本当? じゃあお言葉に甘えて」

ラッキーとばかりに返事をするゲノムの前に、ゲヘナがずいと割込む。


「······駄目。払う」

「いや、ゲヘナ。折角だし······」

「駄目」

「そうですよ、妹さん。これは俺のお詫びの気持ちなんだ」

「駄目」

「そうは言っても······」

「そうだよ、ゲヘナ。おじさんに迷惑だ」


「······これ以上、恥を重ねる訳には行かない。どうしても受け取らないなら、これはチップ。取っておいて」

「は、はあ。そういう事なら······」

渋々受け取る店主。

そこで店主は帳簿を取り出し、頭を搔く。


「あ、すいやせん。実は今二部屋しか空いていなくて。三人別部屋は無理なんですが······」


「あ、問題ないのです!」

シロは、自分とゲノムが相部屋、ゲヘナは一人と考える。


「うん。問題ない」

ゲノムは、自分とゲヘナが個人部屋。シロは馬小屋だと考える。


「······二人とも違う。私とシロが相部屋。ゲノムは一人」

「「············え?」」





「どうせまだ魔連は来ないんだし、折角だから観光しない? 」

宿屋の部屋で一段落した三人は、ゲノムの部屋で集まっていた。

「そんな時間はない。それに、私は疲れた。転移魔術は疲れる」

「私はゲノムについて行きたいのですが、少し休みたいのです······」


ゲノムの提案は、転移魔術で疲れたゲヘナと、人混みに疲れたシロから却下された。

「多分、ゲノムも今日は忙しい」

「え、僕が?」

疑問符を浮かべるゲノムだが、彼女の言葉が何を示しているか、直ぐに分かった。


部屋にノックの音が響く。


「失礼、この部屋にゲノムと言う男がいると思うのだが、間違いないだろうか」

「ほら。············自分がしたことの弊害」

「そういう事か」


部屋の扉を開くと、予想通りの顔がいた。

「や、ゲノム。水臭いじゃないか。来るなら来ると言ってくれ。こちらから出向いたのに」

「リッツ、久し振り」

そこにいたのは、現グランリノ王国騎士団長、リッツだった。


相変わらずの整った爽やかな顔に、人懐こい笑顔をしている。磨き抜かれた銀色の鎧を身に纏う姿は、まさに英雄然とした立ち姿だ。

ぎこちない動きで手を振り、貼り付けた笑みを浮かべ、性格のねじ曲がったゲノムとは大違いである。


「あの人············」

「あれ? 刻印が見えないのです」


不思議な顔をするシロとゲヘナ。

二人の視線を受けたリッツがそれに気づく。


「おや、君たちはあの時の。······姿が変わっているのは、ああ、殿下に使った幻術か。うん。いい判断だと思うよ。銀狼族と捻れ角の悪魔族はあまり好ましく思われない。この国では亜人は珍しいから目立ってしまう。悪い意味でね」


「リッツは大丈夫なの?」

堪らずゲノムはリッツに尋ねてしまう。

三人の瞳には等しく怯えの感情が浮かんでいる。


だが、リッツは爽やかな笑みを浮かべて、ゲノムを真っ直ぐに見つめる。


「それはどちらについてかな? 国民に君が刻んだ魔術の事かい? 差別についてかい? どちらの返事も簡単だよ」


リッツは表情を真摯なものに改め、三人を見る。


「ゲノム、私は君が悪い人間には見えない。そんな人間の仲間が、魔術が、悪いものである訳が無い。効果に思う事はあるが、故意じゃないんだろう? だから私は君が再び来ると思っていた」


その一切の嘘を感じない瞳に、三人は口を開くことが出来なかった。

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