グランリノに到着
「だからごめんって」
「許さない」
「嘘ついたのは謝るから。ね?」
「駄目。無理」
「扉に耳つけて聞いていただけだって」
「殺す」
「あ、違う。ユウとの通話が終わったら部屋に戻ったから」
「······本当?」
「っ! 本当本当」
「嘘くさい」
「いや、本当だって。信じて」
「添い寝一回」
「え?」
「添い寝一回してくれれば許す」
「うん! いくらでもするよ!」
「一回でいい。約束」
「うん。約束ね」
「······なんだか、ゲヘナが怖いのです」
「そうね。勘違いを棚に上げて、自分に有利な条件を突きつけたわね。自爆したのは自分なのに」
「見てください。ゲヘナ、にやけてますよ」
「ついでに抱きしめられている状況を楽しんでるわね」
「切り替えが早すぎるのです!」
「女ってそんなものよ。シロちゃんにもいずれ分かるわ」
「同い年なのです! あ、こっち見てピースしたのです! 見てください、ピース!」
☆
中央諸国魔術師連合の面々は、馬車で目的地へ向かっていた。
「まだ着かないのでしょうか」
「もう少しですよ。明日には着くでしょう」
「最速の馬車を使って五日。あまり良い休暇とは言えませんな」
「ガタガタと落ち着きませんし、馬はともかく、この馬車は粗悪品では? 広いのはいいのですが、隙間風が······」
「仕方ないでしょう。これしか用意できなかったと泣き付かれてしまったのですから。急に言い渡したのは我々。寛大な心で許してあげましょう」
彼らは無駄に装飾品の付いた、大きな馬車に乗っていた。数人なら中で寝ることもできる程中は広い。ただし至る所に傷があり、高速で進む馬車は走る度、揺れる度にどこかが軋む音がしている。
「念の為、情報を整理しておきませんか?」
「確かに。この時間は有意義に使うべきですな」
「ふむ。では我々がグランリノに着いてから、何するかですな」
「やはり、宿を探すのが一番でしょうな。グランリノには評判の良い宿があると聞きます。なんでも、強面の店主がいるという」
「ほう。冒険者あがりですかな。ならばセキュリティも万全と言うもの。ナンバーズたる我々に相応しい」
五人は口々に話し合う。本来の目的は脱走した解析班を探すのと、幻術師を探す事なのだが、既に彼らの頭には存在しておらず、どの温泉に入るとか、観光名所はどこか等を話し合っていた。
「思ったのですが、持ち出す魔道具はこれだけで良かったのですか?」
「我々は無数の攻撃魔術を習得している。防御の魔術だけあれば充分と言うもの。一回防げば壊れてしまうが、大丈夫でしょう」
「これは念の為のものです。魔力を最大に込めれば致命傷の一撃すら防げる。まあ、無用の用心でしょうがね」
「それに、我々にはこれがある。東の帝国から買い付けた銃という兵器だ。魔力を失ってもこれさえあれば攻撃手段に困ることは無い」
彼らは懐から小さな鉄の塊を取り出し、不敵に笑う。
東の帝国から高値で買った銃と言う武器だ。
実はこれは、東の帝国ではまず使う人はいない、劣化品である。魔術による火力向上が無い、火薬のみで発射する骨董品。
さらに、彼らが防御の魔道具しか持てなかったのには理由がある。
元々魔連にはこの馬車や、魔道具が多く用意されていた。だが、内々の横領を誤魔化す為、全て売ってしまっていた。
魔道具は高く売れるので、とっくに無い。五人が持っているのは、彼らが個人的に保管していた物だ。彼らは他の魔道具を探しすらしていなかったが。
五人が乗っているのは、重要な部品に傷がある為、売ることが出来なかった馬車。外から見れば装飾品が擦れ、今にも剥がれ落ちそうだ。むしろここまで来られた事自体が奇跡であった。
「······む? 何やら妙な音がしましたが」
「そうですか? 私は聞こえませんでしたが」
「そもそも私は馬車に乗ったことがない。こう言う物なのでは?」
「ははは、私もですよ。ずっと研究一筋でしたからな」
「おお、貴方もですか。······そう言えば、この馬車どうやって止まるので?」
「「「「··················」」」」
「まあ、馬は賢いと言いますので、勝手に止まるでしょう」
「馬ですからな。疲れたら止まるでしょう」
「しかしかれこれずっと走り続けてますが」
「実際西に進んでますからな。この馬は優秀だ。問題ないでしょう」
「そうですな。杞憂でしたか」
彼らは知らなかった。
馬車には御者という者が必要なのだと。
彼らが乗る馬車を引くのは、魔物の馬だと。
魔物の馬は止まらない。生命力が非常に高いので、通常の馬より何倍も長い間走り続ける事が出来る。
しかし、ストレスが溜まると気性が荒くなる。例えば、食事を与えなかったり、休ませなかったり。
さらに、馬は西に真っ直ぐ走ってはいなかった。
出発する方向が北にズレていたせいで、到着地点を放物線を描くように遠回りしていた。
馬の走る速度が徐々に上がり、悲鳴を上げる馬車。断末魔は近い。
彼らが目的地に着くのが早いか、馬車が壊れるのが早いか。はたまた馬がキレるのが早いか。
走る棺桶は五人を運ぶ。
彼らの運命は神のみぞ知る。
☆
「そんな訳でやって来ました、グランリノ」
「ユウ後で説教。なんでゲノムが魔道具持ってる」
「まだ入ってないのです。城門の前なのですよ?」
三人はグランリノの城門前に転移していた。
ゲヘナは協力して欲しいとシロと共に転移し、ゲノムはそれを追って、魔道具を使って同じ場所に転移したのだ。
場所は以前シロとゲヘナはが野宿した森の前。
ゴル姉はもしもの時、やる事があるからとお留守番だ。
笑顔のゲノム。
項垂れるゲヘナ。
巻き込まれたシロ。
反応は三者三様だ。
そんな三人は黒いローブを羽織っている。
「久々に着たのです。ゲノムのローブ」
「そう言えば、こないだ僕を迎えに来た時も着てなかったね。ゲヘナは着てたけど」
「あの時シロは慌てて出て行った。誰も止められなかった」
「恥ずかしいのです。気が気でなかったのですよ」
「私達は街に入れない。このローブの魔道具で、ゲノムの幻術で姿を変えないと騒ぎになる」
「だから街に入れなかったのです。街からゲノムの匂いがして生殺しだったのですよ······」
「あー······、あの時はシロが探しやすい様にと思って、お風呂入らなかったからね。せめて着るものだけは綺麗にしておいたけど。······ゲヘナにも見つけられる様に無駄に沢山魔術使ったし」
「どうせ、人をからかうのが楽しくなって連発しただけ」
「ゲヘナ、まだ怒ってる?」
「どうせ味をしめただけなのですよ。怒った振りすればゲノムが見てくれるからって」
「シロ!」
「つーん、なのです」
「まあまあ、じゃあ二人ともローブを着てね。············面白い物が見れるから」
「「············?」」
訝しげな目を向ける二人を先導するようにゲノムが歩き出す。
今二人はゲノムのローブにより、姿が変わっている。
シロは体毛を黒くし、ゲヘナは角を見えなくしている。
同じ背丈であることもあり、まるで双子の様だ。見える姿は獣人族と人間族と違いはあるが。
城門には門番が立っているが、ゲノムの姿を見ると最敬礼で迎える。
「こ、これはゲノム殿! お帰りなさいませ!」
「え、殿? ゲノム、何をした?」
「ゲノム凄いのです。流石なのです」
二人の反応を見たゲノムは、胸を張り、極めてクールに門番に返事をする。
「や。この近くを通ってね」
「は。グランリノの英雄殿が帰還されるならば、事前にお教え下さい。ご連絡頂ければ、相応の出迎えをしましたのに!」
「いいんだ。······僕は目立つのは好きじゃない」
「実に謙虚でいらっしゃる。······後ろの御二方は?」
門番は後ろに控える二人を見る。獣人族はこの辺りでは珍しいので、シロを見た時は驚いていたが、それだけだ。
「妻なのです!」
「違う。妻は私。こっちは妾」
「あ、ゲヘナ! 酷いのです!」
「ははは。元気なお二人ですね。奥方様がお二人とは羨ましいですな。しかし英雄色を好むというのは本当だった様で。それもお若く可愛らしい」
「······違うよ。僕の妹とペットだ」
「げ、ゲノム!」
「妹············」
ショックを受ける二人と、引き気味の門番。しかしゲノムは気にしない。むしろ超真面目に言っていた。
「ぺ、ペットですか? ははは、ゲノム殿は冗談がお得意のようで。あ、リッツ殿をお呼びしましょうか? 親友だと聞いておりますが」
「いや、いいよ。僕から会いに行く。だから、入っていい?」
「そうですか! 本来手続きがありますが、こちらでやっておきます! どうぞ、良き滞在を!」
「ありがとう」
そうしてゲノムは入国する。
奇妙なやり取りに疑問符を大量に浮かべる二人を引き連れながら。
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