··················あれ?

ゲノムの様子が大人しい。


ゲヘナは違和感を感じていた。


ゲノムは基本的に一日をのんびりと過ごす。

庭でシロと昼寝をしたり、ゴル姉と家事をしたり、ゲヘナとただ本を読んでいたり。

たまにユウとマキナの様子を見に行くが、気ままに村をふらついたり、村人の農業を手伝ったり。


彼はそんな毎日をここ数日過ごしていた。いつもと変わらない毎日を。


だからこそゲヘナは違和感を感じる。


「おかしい。絶対におかしい」


彼女はシロに密偵を命じていた。

彼にいつもと違う様子を感じたら直ぐに報告する様にと。


たが、返ってくるのは「いつも通りだったのです」とだけ。


対するゲヘナには、次々と作戦が上手くいっている報告が届いていた。

予想ではまだまだ掛かるだろうとの目測だったが、既に上層部どころか最上部のメンバーズが動きそうなのである。

思ったよりあの組織は崖っぷちだった様だ。一石を投じただけでこの有様。


日記の存在がバレてしまってから既に二週間。

お昼の食事時。

目の前ではゲノムとシロが、先週ユウから貰ったケータイを持ち、はしゃいでいた。


「シロ、ここ押してみて」

ーーカシャ。

「おお、画面にゲノムが現れたのです。これで寂しくないのです!」


「まだあるよ。ここをタップすると」

ーーピロン

「む? 違う音がしたのです」

「で、ここのフォルダに」

「今度は動いているのです! 画面にゲノムが生きているのです!」

「「······チラ」」


「············なにあれ、欲しい」


どうやら彼はユウから貰ったケータイを改造したようだ。


元々あれは時空魔術と記録魔術を刻んだだけの、簡単な魔道具だ。元々刻印魔術が得意なゲノムは、刻印を簡略化、縮小化し、記録魔術の応用魔術を刻んでいた。

そして新たに出来たカメラ機能。さらに、刻印を縮小化したおかげで色々な機能を追加できる余地もある。


ゲヘナはぐっと拳を握り、我慢する。


チラチラと得意気に二人が彼女を見るが、気にしない。

「今は日記。今は日記」

そうだ。ユウに同じのを作ってもらえばいい。一個作るのも、二つ作るのも同じだろう。


「このケータイはユウにも作れないのですか?」

「うん。僕が一から刻んだ魔術だからね。時空魔術と記録魔術を解析するのに、一週間もかかったよ」

「なら、私のとゲノムのしか無いのですか?」

「そうだね。シロとは色もお揃いだ」

「「······チラ」」


「··················二人とも、うるさい」

口に出した後直ぐに愚策と悟った。

さっきまで隣にいたゲノムがピッタリとくっついて来たのだ。

密着する体に、顔が赤くなる。


「っ!?」

「まあまあ、聞いてよゲヘナ。実はもう一つ機能があるんだ」

そう言ってシロのケータイを操作するゲノム。


「ほら、さっき撮った写真が僕のケータイに」

「············通話の刻印魔術と同じ原理」

「そう。通話は声を記録して飛ばしているのに対して、これは映像を飛ばしている」

「だからなに?」

「············これで、遠くの人との情報が正確になる。············この人、誰でしょう?」


突きつけられた画面には、白衣を着た一人の少年が写っていた。

「まさか」

「ご明察」

見せられた少年は、自分が探すのを諦めた人物の特徴と一致していた。





「ご馳走様··················っ」

食事が終わると、ゲヘナは急いで部屋に戻って行った。


ゴル姉とシロはまだ食事中だ。二人共飛び出すように食堂を出るゲヘナを不思議そうに見ていた。


「僕もご馳走様。今日も美味しかったよ」

ゲノムは立ち上がると、ゆっくりと部屋を出る。


「あら、ありがとう。片付けはやっておくわね」

「ゴル姉のご飯はいつも美味しいのです!」

「シロちゃんもありがとう。零してるわよ」


二人の会話を尻目に聞き、ゲノムは静かにゲヘナの部屋へ向かう。


『幻聴』で足音を二階に上がるように偽装し、『幻視』で姿を消しながら。

この家でゲノムが何かをすると疑っている者はゲヘナ以外に居ない。ゲヘナの指示で動いてはいるが、最初程の警戒心はない。最初こそゲノムが部屋を出ると着いてきていたシロは、今やゴル姉に口を拭かれている。


「············僕が諦める訳ないじゃん」

彼女の部屋に耳を当てるゲノム。この二週間で扉は直っている。

傍から見れば変質者そのものだが、目撃者がいなければ立証されない。

「············これこそ完全犯罪」

ゲノムの行為は、そのまま夜の人々に幻術が嫌われる使い方そのものである。


扉の向こうから聞こえる声に、ゲノムは耳を凝らす。

彼女は扉に背を付けて話しているようだ。小さくユウの声まで聞こえていた。


『そんな事は無い。ゲノムに渡したのは貴様に渡したのと同じものだ』

「確かに見せられた。刻印も少し見えたけど、基本型は同じ。明らかに最新型」

『そもそも、そんなに機能を追加したらどれだけ魔力が必要だと思っているんだ。この通話すら普通の人ならば数十分で倒れてしまうんだぞ。おそらく、我のを解析改良したのだ。昔から奴はそういう細かい事が得意だ。それは貴様も良くしっているだろう』

「··················確かに」


そういえばそんな事を言っていた気がした。彼女は少し冷静では無かった自分を反省する。


『それはそうと、新しい情報が入った。ようやくナンバーズが重い腰を上げたようだ』

「っ!? ······ついに」

『ああ。逃げた解析班の少年と、ゲノムを追っているようだ。奴らはグランリノに目星をつけ、数日前に出発した』

「わかった」

直ぐに通話を切り、転移しようとする彼女をユウは止める。


『待て。逸る気持ちは分かるが、ここはグランリノで網を張った方が最良だ。奴らは痕跡を残さない。虱潰しでは何度転移すれば良いか分からんぞ』

「む」


『到着は最速で二日後だろう。明日にでも待ち構えれば良い············ゲノムのローブは持っているな?』

「ある。大丈夫」

『ならば良い。決して人前では離すなよ』

「分かってる」

『······時に、奴から解析班の少年を見せられたと言っていたが、どんな姿だったか?』

「え。少し長めの髪と気弱そうな子。健康的な肌をした」

『健康的だと? 研究員でか?』

「············あ」


『担がれたか。まあ、奴は転移が使えない。我が魔道具を保管している限り貴様かゴル姉に頼る他ない』

「そこは大丈夫。ゴル姉にも協力してもらってる。そっちこそ、盗まれないで」

『それこそ愚問だ。貴様が忠告したその日の夜に、我以外決して破れぬ鍵をかけておいた。もし開けようものなら研究所が吹き飛ぶ物をな』

「それって大丈夫?」

『貴様が言ったのだろう、マキナに言うと。我はマキナに嫌われるくらいなら死を選ぶ』

「ドン引き」

『貴様が言うな』

彼女も人の事が言えない。

彼女も傍から見れば、日記ひとつで多くの人々を巻き込んでいる。そして、ひとつの組織が崩壊寸前まで追い込まれているのだ。



「グランリネね。了解」

ゲノムは耳を澄ますのをやめ、自室へ戻る。

今にも転移の魔道具で飛び出したいが、それをしたらまた家族に迷惑がかかる。

以前飛ばされた時の家族の様子を聞いてしまったのなら尚更だ。

やはりここは、堂々と皆に告げてから出発するのがいいだろう。

そう考え、ゲノムは眠りにつく。





次の日、朝皆が揃うと、ゲノムは宣言した。


「僕、今日からグランリノに行こうと思う」


ガシャンと食器が落ちる。

朝食を食べようとしたゲヘナがナイフとフォークを落としたのだ。

落ちた食器を拾おうとせず、わなわなと口を開き硬直する彼女。


「············なんで」

彼女の問に、ゲノムは目をそらす。

「··················久し振りにリッツに会いたくなって」

「嘘。ゲノムはそんな人じゃない」

「············僕だって友人に会いたいと思う日はあるよ」

「嘘。ゲノムに友達はいない」

「酷い」


「まあまあ、落ち着いて。ゲノムちゃん。なんでグランリノに行こうとしてるの?」

「············友達に会いに行くって」

「ゲノムちゃんに友達なんていないじゃない」

「酷い」


「············まさか、知ってる?」

「············ゲヘナちゃん?」

「おかしい。私は徹底的に情報を封鎖した。まさか······」

一人食事をしていたシロがゲヘナに睨まれ、ブンブンと首を振る。

「なら、どうして?」

ゆらりと立ち上がり、ゲノムに詰め寄る彼女。


「え、ゲヘナ。そんなに首を締められると苦しいんだけど」

「答えないと切る。本体を掴んでいれば幻術も何も無い」

「いや、まさか、ねえ?」

「切る」

「············えっと」

「切る」

「············幻術を使って情報を集めました」

「どうやって」

「··················」

まさか扉に耳をつけて盗み聞きをしていたとは言えないゲノムは、口を噤む。

「切る」

「············」

「さーん、にーい」


そこで、ゲノムに天啓が訪れる。

電話の向こうはユウだった。ならばユウの傍にいた事にすれば良いと。

「いーち」


「じ、実は、すぐそばにいたんだ!」

その言葉に、ゲヘナの指が固まる。


「どこに?」

「姿を消して、えっと、隣に」

「扉は開いてなかった。開けた音も、閉めた音もしなかった」

「扉?」

ああ、入口の事か。とゲノムは考える。

「············えっと、朝までいたからね」

ゲノムは自分が寝てないことにした。


「············じゃあ、朝まで、ずっと、いた······?」

それならば、朝自分が部屋を出るのと一緒に出ればいい。

だがそれよりも、彼女には大切な事があった。


「··················朝まで、え? じゃあ、あの時も············」

「あれ、ゲヘナさん?」


へなへなと崩れ落ちるゲヘナ。涙目で、顔を真っ赤にして、冷や汗をかいている。


「············ゲノムちゃん。それは無いわよ」

「ゲノム! そういうのが見たいならシロが見せてあげるのです! ゲヘナより頑張りますっ!」

「シロちゃんは何を言ってるの!?」


「···············あれ?」


何だか混沌とした場で、状況を理解出来ていないゲノムだけが首を傾げるのであった。

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