気が付けば貴方の後ろに
シロは焦っていた。
その理由は、ゲノムにゲヘナが秘密にしていたことを話してしまったからだ。
「ヤバいのです。ヤバいのです」
うろうとと廊下を歩き回るシロ。
決して彼女は口が軽い訳では無い。ただしゲノムが関わると途端に浮力が生まれる。
彼と話していると、嬉しくなる余り、聞いていない事でもペラペラと話してしまうのだ。
毎回その事で、特にゲヘナから文句を言われ、反省するが、ゲノムと話をしてると忘れてしまう。
それを知りつつも色々な秘密を話す皆にも原因はあるが。
「ゲノムのあの顔はヤバいのです。どんな手でも使うに決まっているのです」
「······シロ、どうした?」
本を片手にゲヘナが顔を出す。
彼女が彷徨いていたのは、ゲヘナの部屋の前。
伝えるか、伝えないか。ゲヘナとゲノムのどっちの味方をするか、彼女なりに悩んだ末に結論が出せなかった一つの回答だった。
ゲヘナが顔を出せば彼女の味方。出さなかったら彼の部屋で一緒に寝る。罪悪感と幸福が天秤に掛けられた危険な賭けだ。
「······ゲヘナ」
「なんで今残念そうな顔をした」
「············そんな事ないのです」
「それより、なんかあった?」
シロは泣きながら彼女に詰め寄る。
「ゲヘナの日記がゲノムに······」
「っ······!? 話を聞く。部屋に入って」
「はいなのです······」
シロは名残惜しそうに、彼女の部屋に入った。
☆
日記を探そうと決めたゲノムだが、情報が少ない。
シロとゴル姉から聞こうとしたが、二人とも直ぐに逃げるようにして去ってしまった。
ゲノムは少し寂しくなり、その後は一人食堂に残ってじっくりと考えを巡らせた。
珍しいことに、翌日の朝もシロはゲノムのベッドに潜り込んで来ず、別の部屋で寝たらしい。外の小屋を見てもいなかった。
そんな訳で、ゲノムは協会のユウの元へやって来ていた。
いつもの様に何かを組み立てたりすり潰しているユウを、ゲノムはニコニコしながら眺めていた。
ユウはそんなゲノムの視線を気にしながら黙々と作業をする。
「そう言えばユウ」
「なんだ」
「魔連って知ってる?」
「············」
ユウは昨日の出来事を知っている。
昨夜、ユウのケータイへゴル姉から連絡が来て、そのすぐ後にゲヘナからも連絡が来たのだ。
ゴル姉からは、事の顛末を。ゲヘナからは魔連のことを話すなと言われている。私が先に見つけるからと。
答えないユウに、ゲノムは話題を変える。
「ユウって世界各地に協力者がいるよね?」
「······協力者では無い、信者と言え。我らの同胞は闇に生きる者。普段は世間に忍び生活している。それがどうした」
「それってどうやって連絡とってるの?」
「ふん。言ってもわかるまい」
「······ケータイ?」
「······なぜ貴殿がそれを知っている?」
ケータイを持っているのはゴル姉とゲヘナの二人。
ゲノムの性格を知っているユウは悪用を恐れて、二人に硬く口止めをしていた。ゲヘナはゲノムからの助言を欲しそうにしていたが。
因みにケータイは電子工学が得意なユウと、ゲヘナの共同開発である。まだ未完成で、通話しか出来ない。
「僕もそれ欲しいなあ」
「やらん」
にべもなく断るユウだが、ゲノムは諦めない。
「······転移事故の迷惑料」
「············ぐっ」
「······慰謝料」
「············貴殿は」
痛いところを突かれたユウは唸り、結局折れてしまう。
このまでは幻術を使いかねないと思ったからだ。
「························一週間待て。作ってやる」
「シロも欲しいらしいよ。僕と同じデザインで」
「············奴が持っていても使うまい。貴様達はいつも一緒だろう」
「素材の代金」
「···············」
「············貴殿は随分明るくなったな」
「ユウは変になったよね」
「············ふん」
皮肉を込めた言葉にゲノムは嫌味で応える。
「ま、前よりは今の方が良いと思うよ。マキナも明るくなったし」
「まあな。用事は済んだだろ。出ていけ」
「はいはい。············頑張って」
「··················ふん」
ケータイの確約を貰い満足したゲノムは教会を出る。
扉に耳をつけてそれを確認したユウは、自分のケータイを取り出し、耳に当てる。
「ゲヘナか。一週間時間を稼いだ」
「············何? 転移の魔道具?」
ユウは引き出しを開けると、目的の魔道具があることを確認する。
「あるぞ。············ああ。奴の手に渡らない様にしておく。では」
そう言い、ケータイを仕舞うユウ。
彼は気づかない。
幻術で姿を消したゲノムがそこに居ることに。
☆
ゲヘナは悩んでいた。
ゲノムは何としてでも日記を手に入れる気だと。
彼は自分の魔術をここでは使わない。
それは、彼の欲しいものがここに揃っているからだ。
ただし、欲しいものが出来たなら話は別。
躊躇することなく使ってくる。多少の手加減はするだろうが。
「『幻視』『幻聴』くらい。使うのは」
そこではたと気付く。まず彼に日記の場所へ行く手段が無いのだと。
「昨日の夜、ユウには話をしておいた。魔連の情報を話さない様にと。だけど、アイツはゲノムに弱い」
多分、強引に聞かれれば話されてしまう。
「時間稼ぎも数日が限界」
いや、数日もある。と考えを改める。
「転移の魔道具。ゴル姉が完成品を持っている。スペアが無いなんて有り得ない」
あれは元々ゲヘナの魔術を刻んだ魔道具だ。他人でも使える様に改良してはいるが、回路の論理はユウに渡してある。
自分なら確実に複数用意する。
ゲヘナはまずユウに連絡を取ろうと、ケータイを取り出す。
「そういえば、コレもゲノムに渡るのは危険」
この魔道具は、遠くの人と連絡が取れる魔道具だ。この端末を持っている人ならば、念じるだけで誰とでも。
「これを持っているのはゴル姉と邪神教徒だけ。······多すぎる」
邪神教徒は世界中にいる。情報なんて簡単に手に入る。
いっその事、転移で邪神教徒の元へ飛び殲滅してしまおうか。そんな考えが浮かんだ時、ケータイから呼び出しがかかる。
『ゲヘナか。一週間を稼いだ』
「一週間。思いの外長かった。それで、転移の魔道具はある? ゲノムなら簡単に盗める」
『············何? 転移の魔道具?』
「そう。絶対にゲノムはそれを手に入れようとする」
ケータイの奥から何かを漁る音がする。ゲヘナは緊張しながらその音を聞いていた。
『あるぞ』
その声を聞いて、ゲヘナは安堵のため息を吐く。
「なら良かった。もし奪われる事になれば。······マキナに言うから」
一言伝えてケータイを切る。
「············これでひとまず安心。」
ユウはマキナの名前を出すと従順になる。昔惚れていた人と似ているからだと、ゲノムは言っていた。まあり突っ込まないであげて。とも言われていたが。
☆
ユウがマキナと食事をしに出て行った後、ゲノムは躊躇なく引き出しを開け転移の魔道具を手に入れた。
「誤魔化しが必要だよね」
何にしようか。と当たりを見渡すと、机の下に素材の小さな破片が落ちているのを発見する。
昨日ユウが落とし、割れた素材の一部だ。よく見ると十分な魔力が備わっている。
「魔力込めなくていいじゃん。やったね!」
ゲノムは慣れた手つきで指先に極細の魔力を灯す。これならば近くの部屋にいる二人にも気が付かない。
目を閉じ、指先を素材の欠片に触れると、そこには奇妙な紋様が浮かび上がる。
ゲノムが指を離すと、そこには既に素材の欠片が無く、代わりに彼の持つ転移の魔道具に変わっていた。
「よし。後は情報かな」
ゲノムは再び姿を消した。
☆
ゲヘナは日記を奪われた時、当時持てる力を使って探したが見つけられなかった事がある。
まず、魔連は中央諸国のどの都市のどこにいるかすら不明である。
末端の構成員に働かせ、上層部は本拠地に引きこもっていて姿を表さない。末端の構成員を捉えても上層部の姿を知らないので意味が無い。
どうしたものかと考えを巡らせた時、再びケータイに着信が来る。
『ゲヘナちゃん、私よ』
「ゴル姉。いまどこにいるの?」
『ダストダスよ。面白い情報が入ったから伝えておきたくて』
「教えて」
『今朝、魔連の解析班から逃亡者が出たそうよ。いま構成員総動員で探しているわ。研究結果も処分して、魔道具の持ち出しまであったみたいなの』
それは僥倖だ。それならばその人を探し出せば事足りる。
だが、魔道具の持ち出し。そこが引っかかる。昨日彼女がシロから聞いた内容には、ゲノムの魔道具が魔連の手に渡ったと話があった。
「············その人はまだ捕まってない?」
『まあ、指示が出たのはついさっきらしいからね。良かったわね、ゲヘナちゃん』
「いや、大変なことかも知れない」
『なんでかしら? それなら私達が先にその解析班の子を探しちゃえばいいんじゃない?』
「多分無理。魔連の構成員は多い。たった一人、数時間で捕えられる。捕まっていないのは、きっと幻術を使っている。ゲノムの魔道具を解析した。ただでさえ私たちはその人の顔を知らない。難易度バリ増し」
『あら、確かにそれは無理ね』
「さらに、タイムリミットが付いた。私がその人ならゲノムを探す」
そうなれば、ゲームオーバー。ゲノムは絶対に魔連の場所を聞き出す。幻術を詳しく教えるからと言って。
『んー、なら私達にできる事は無いのかしら』
「··················一つ、頼みがある」
『あら、何でも言って』
「その解析班を探しに出た構成員、出来るだけ手厚く保護して。組織に居られなくなるくらい。早急に」
『あら、それはなんで?』
「組織を崩す。上層部を炙り出す。············あとこの話を」
『大丈夫、ユウちゃんにも伝えておくわね。邪神教徒の力を貸してって』
「ありがとう」
『いいのよ。家族なんだもの』
これで今の所打てる手は終わり。
最後に彼女は気になることをゴル姉に聞くことにする。
「ゴル姉は何でゲノムじゃなくて私に協力する?」
『乙女の秘密は守らなきゃね』
「············ありがとう」
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