家族愛(母とペット)
〘南の歴史〙
著者 : フレイ=ビート
今でこそ南の地域が森の民、エルフ族によって統治され、平穏を保っている南の地だが過去はそうではなかった。
話は三百年程昔に遡る。
当時は亜人と言う名称は無く、数多の種族がそれぞれの種族名を名乗っており、その名に誇りを持って生活していた。
例として分かりやすく、現代でも現存している種族を述べよう。
まず先んじて伝えなければならないのはエルフ族。
最も数が多い人間族の次に多いとされる種族だが、特徴として、長い耳と高い頭脳、他種族の三倍は長い寿命が挙げられる。理性的な性格で、繁殖力が低く子供は少ない。
次に龍人族。
蜥蜴の亜人である。亜人としては珍しく蜥蜴の顔と鱗を持ち、壁を伝い、水辺を好む。機動力故に戦闘力は高いが、見た目と動きが異質である為、人間族とエルフ族から気味悪がられて個体数を大幅に減らしてしまった悲しい種族である。現代では存在が認知され、少しずつ個体数を増やしているそうだ。
鬼族。
屈強な身体と精神を持ち、牙と筋肉以外は人間族と変わらない。早々に人族と共存した種族である。その理由は、種族的特徴から男しか生まれ得ないからだろう。鉄をも握り潰す筋肉と鋭く尖った牙が見えたのなら、その男は鬼族で間違いない。
悪魔族。
耳の上に二つの角を持った種族である。魔力値が高いことから希少性の高い魔術を使うことが多い。過去に魔物であったと噂されるが、遺伝子的に有り得ないと研究結果が出ている。遥か昔に人間族を脅かす個体が産まれ、その特徴である捻れた角は他種族から驚異とされている。罪人の角を折るという風習がある。
最後に獣人族。
獣と人の特徴を併せ持った種族である。主に獣の耳と尾を持ち、その愛らしさから奴隷として飼う者が後を絶たない。しかし身体能力は高く、契約魔術の魔道具が普及するまで反感を食らった飼い主が、逃げられたり、時には殺害されてしまう事件が多かった様だ。
最後に獣人族を挙げたのには、確固たる理由がある。
決して筆者が獣耳尻尾好きだからではない。
それは獣人族が、その特徴によって細分化されているからである。それこそ逐一述べるのなら切りがない程。
気分屋の猫族、従順な犬族、神秘的な狐族、可愛らしさの兎族、力強い獅子族··················【省略】
中でも筆者的には··················【省略】
と、数多の種が少数ながら生きている。
その中で南の歴史を語るならばこの種族は外せない。
銀狼族。
種族名の通り銀色の、犬族と似ているが、少し違った長く柔らかい体毛を持った種である。
過去の文献を見るに、自身の血に高い誇りを持つ、戦士たる種族とされているが、歴史を見るとその印象が反転してしまう。
現代では、卑劣、悪辣、陰険、傲慢、下賎と悪印象の代名詞とされている程だ。
親が子供に銀狼族の様になるなと教えている姿をよく見る。
そんな印象になったのは南の地で起こった戦争。人間族の間で『亜人戦争』と呼ばれるものだ。
南の地では、人間族と協定を結ぶべきと主張するエルフ族と、獣人族としての誇りを持ち、抗うべきだと主張する獣人族で争っていた。
詳細は別著書〘亜人戦争〙を参考にして欲しい。
争いは拮抗を保っていたが、銀狼族の企てた作戦により容易く崩れることになる。
銀狼族はエルフ族の子供を人質にとり、子供を殺されたくなければ降伏しろと言い出したのだ。
前述に述べた様に、エルフ族にとって子は貴重。見殺しには出来ない。
銀狼族の策略により、硬直する戦場。
エルフ族は苦渋し降伏するしか無いと考えたが、そこで事態は大きく動く。
人道を反した行いに疑問を持った他の獣人族が、反旗を翻したのだ。
銀狼族による非道な作戦は失敗に終わり、争いは激化する。
この時の生き残りはエルフ族と数人の獣人族のみ。
戦場に出た銀狼族に生き残りはいなかった。
この戦争からエルフ族は人間族と協定を結ぶ事になり、戦争に参加しなかった銀狼族の生き残りは卑怯者の烙印を押され、各地に散った。
物語はここで終わる。
だが、筆者は腑に落ちない箇所が少なくないと考えている。
まず、過去の歴史から、銀狼族は誇りを持った種族となっている。その様な種族が非人道的な作戦を企てるだろうか。
次に、長く獣人族を率いていた銀狼族が反乱を許し、簡単に背後を許すだろうか。
最後に、そんな卑怯者が明らかな劣勢にも関わらず、全滅するまで戦い抜くだろうか。
さらにエルフ族の動きにも疑問が沸く。
戦争がエルフ族にとって都合の良く動きすぎではないだろうか。
戦争中にも関わらず子供を奪われるなど、些か無防備すぎではないだろうか。
どうやって人間族と話をつけたのだろうか。
筆者がこんなにも銀狼族に肩入れするのかは、決して獣耳に惹かれた訳では無いと、再三に渡り伝えようと思う。
私はこれからも、正しい歴史が紡がれる事を切に願う。
☾
「······ふう」
ゲヘナは本を閉じ、一息つく。
この本の著者はこの本を自費出版した後、人間族の貴族に叱咤される獣人族を庇い、処刑されたという。
その後、この本を血走った目で探し出す、不審な者達が現れたらしい。
フードを被っていたが、耳の辺りが尖っていたの言う。
大方エルフ族が都合の悪い歴史を消し去る為に動いたのだろう。
彼の本は誰にも望みを託すことなく処分されてしまった。
何故ゲヘナがそんな本を持っているかと言うと、彼女が手に持つ本が魔道具だからである。
本の魔道具『魔術写本』
時空魔術と、記録魔術を刻印されたその本は、時空を歪める事によって同じ本を同時に存在させる。
登録出来るのは百冊以上。もし本が加筆されても魔術写本に記入される。コピー後に原本が消えても記録は残る。
使用法は、魔術写本にコピーしたい本を触れさせるだけ。
読む時には魔力を込めるのだが、読む本が後にコピーしたものであるだけ倍の魔力が必要になる。
彼女がゲノムと一緒に作り出した最高傑作だ。
刻印を考えたのはゲヘナ、刻んだのはゲノムである。
実は試作品をある組織に奪われているのだが、ゲヘナはゲノムに無くしたとだけ伝えていた。
彼には、片付けをしないからだよ。と笑われたが、彼女は確信している。もしその事をゲノムに知られれば、どんな手を使っても手に入れようとするだろう。と。
試作品の魔術写本には、彼女の日記がコピーされているのだ。
しかも試作品は登録した本の削除が出来ない。
既に原本は処分し追記出来ないようにしているが、そこにはゲノムと彼女の出会いの記録と、自分の感情が細かく書かれていた。
もしゲノムにそれを見られたならば、自分がどうなってしまうか分からない。
「絶対、奪い返す。魔連め」
☆
「······シロ、なにその服」
食堂に寝巻き姿のシロが飛び出してきた。
いつもの寝巻きより、若干露出が多目の、大人っぽいものだ。
「待ってもゲノムが来ないので、呼びに来たのです」
ゲノムが見たシロは、狸寝入りをしていた様だ。
話を聞かれ、バツの悪いゴル姉は目を伏せる。
「ごめんね、シロちゃん。でもね」
「············? どうしたのですか、ゴル姉」
「銀狼族の秘密を知っているエルフ族がいるって話を聞いていたのでしょう。でも信じて。ちゃんと情報が入ったら伝えるつもりだったのよ」
「んんん? 意味が分からないのです。銀狼族の秘密って何なのですか?」
「え、シロちゃん······?」
「あー······ゴル姉。気を使ってくれたのは嬉しいけど、戦争の事ならシロは知ってるよ」
「え!? そうなの?」
「一応言っておくと、僕やゲヘナが教えた訳じゃないよ」
「あ、ゴル姉が言っているのは戦争についてでしたか! 大丈夫ですよ。元々そんな話を信じる銀狼族はいないのです!」
元気一杯に言うシロに、ゴル姉の瞳に涙が浮かぶ。
「私、てっきり。仲間を探すシロちゃんが、真実を伝えたいのだと思って······」
「あ、あ、ゴル姉ごめんなのです。いたくなーい。いたくなーいなのです!」
しばらく蹲りシロに撫でられたゴル姉だが、落ち着きを取り戻し、大きな体を起こし上げる。
「······シロちゃんありがとう」
「こちらこそなのです。仲間については早く探してあげたいのですが、どこにいるかも分からないので、気長に待つのですよ」
「シロちゃん······」
「ゴル姉······」
ヒシッと抱きつく二人。ゲノムはそんな親とペットの様子を満足気に見つめる。
「いい主従だ」
力強く抱きついていた二人だが、不意にシロが何かを思い出したかの様に顔を上げた。
「それより、魔連が動いたって本当なのですか? アレは早く見つけないと大変な事になるのです!!」
ゴル姉から離れ、ワタワタと手足をばたつかせて焦るシロに、二人は疑問符を浮かべる。
「大変な事って?」
ゲノムが聞く。
「奴らはゲヘナの日記を持っているのです! あれを読まれてはゲヘナが可哀想なのですよ!!」
「············日記」
それを聞いたゲノム高速で頭を回転させ、出た結論に口元を歪める。
「······あ、なるほどね。ゲヘナは嘘を吐いたのか」
思い出したのは、二人で魔道具を作り出した時の事。
確か出会って一年程経った頃、試作品を作り上げたゲヘナは適当な本をコピーしたはず。
追記機能を確かめるために、研究していた国の情勢予想と、彼女が毎日書いていた日記。
何度も見せて欲しいと頼んでも、涙目で拒否していた日記。
しばらくしてから無くしたと言っていたが。
「······嘘吐きの悪い子にはお仕置だね」
「げ、ゲノム、顔が怖いのです」
「まさか、ゲノムちゃん······」
「その日記を探し出そう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます