中央諸国魔術師連合

閑話休題。二人はベッドに腰掛けていた。

日課の魔術論議である。

話すのは、ゲノムの魔術について。既にゲヘナの機嫌は収まっている。


「僕の幻術は基本『幻視』『幻聴』『幻覚』『幻嗅』の四つ。組み合わせると『幻影』や『幻惑』みたいにな特殊な事も出来る。特徴は、存在しない物を知覚させる事。弱点はかなり想像力が必要だから、使っている時は殆ど闘えない」


「でもゲノムは良く幻術で戦っているのを見る。特にダストダスでの闘いは凄かった」

「あれは、相手が闘ってるって勝手に思い込んでるだけだよ。実際僕は闘ってないし。『幻視』で僕の動きを格好良く見せて『幻聴』と『幻覚』で剣がぶつかる音と衝撃を演出したんだ。······見てもらった方が早いかな」


ゲノムが幻術で空中に映像を投影する。


映し出す光景には、ゲノムと悪人面の屈強な男。男は荒れ果てた屋敷の中で、禍々しい魔槍をゲノムへ振るっていた。

向かい合い、拙い動きながらものらりくらりと躱すゲノム。隙を見ては手に持つ杖を突き出している。


絶妙なアングルで映されており、人物のみ立体的になっていた。風を切る音まで聞こえ、臨場感が物凄い。

遠くにはピンぼけしたシロとゲヘナが見守っていた。二人の表情は呑気なもので「おぉ」や「凄いのです」と声を出していた。

因みにその日ゴル姉はお留守番だ。


「ーーで、これが現実の映像」


画面が一瞬暗転し、殆ど変わらない光景が再び映し出される。

変わったのはゲノムの位置。


ーー彼は男の間合いの外で、飲み物を飲みながら椅子に座っていた。


何もいない場所に向かって、叫びながら槍を振るう男。時折何かを避ける様に避けたり転がったりしていた。その光景はさながら演劇のオーディションの様。


数十分の演舞の後男の動きが鈍くなると、ゲノムは立ち上がり男の背後に回り込んだ。

最後には耳元でゲノムが囁き、男が糸の切れた人形の様に倒れ込んだ。そこで映像が途切れる。


「酷い。これもう闘いじゃない」

「······僕もこれは無いと思った」


ゲヘナが呆れながら呟く言葉に、当人であるゲノムも同意する。改めて客観的に見ると、体感以上に酷いものだったのだろう。自分で自分に引いていた。


ふとゲヘナがゲノムに問う。

「刻印使ってない。得意なのに」

「使ったよ。······お仕置に」

「どこ?」

「槍使いの頭蓋骨」

「············ドン引き」


刻印とは、魔力を持った触媒に特殊な印を刻むことで、触媒の魔力が切れるまで、誰でも魔術を使用出来る様にする特殊な技術である。

一般的に魔道具はその技術を使って作られるが、複雑な魔術程刻印も複雑になり、高価になる。

そしてその刻印を人体に刻んだ場合、体が魔力自動回復機能付きの触媒となるので、半永久的に刻んだ魔術が発動する。


「いやあの人、悪人だったし。それに、魔力で刻んだから外傷は無いよ」

「そうかも知れないけど············消せるの?」

「無理」

「······可哀想」





中央諸国魔術師連合、通称、魔連。

その中枢たる五人の重鎮達。自らナンバーズと名乗る者達である。


彼らは円卓を囲みながら神妙な面持ちで座っている。

「まだ見つからないのですか? たかが子供一人ですよ」

「ここまで魔連の質は落ちていたのか······」

「無能共め。中にはそのまま連絡が付かなくなった者までいる始末」

「どうせ魔物にでも食われたのでしょう。探すだけ無駄だと言うものです」

「ふん。ならば更に人を増員しましょう。所詮無能なんて消耗品なのですから」


しかし彼らは把握していない。

既に構成員は八割以上も消えていることを。


捜索隊に派遣された、ほぼ全ての下層部構成員。

彼らの道はピンキリだ。


財政難から大した装備を持たされず、外で魔物の餌になった者。

運良く街に辿り着いた者は、自分がどれほど過酷な環境にいた事を気付き、そのまま永住。

外に出た途端、破格の条件で他の組織にスカウトされる者もいる。


階級が下の者達が少なくなると、その上の立場へ負担が増す。更に研究が出来なくなる事でスポンサーが減り、資金繰りが厳しくなる。

既存の研究を売ろうとしても、ある少年が燃やしたため存在しない。


こういった状況は、中層部が一番把握しやすい。

下の者達がどの様に働き、上の者達がどう動いているか見渡せる立場にいるからだ。


組織に見切りを付けて逃げ出すならまだいい。

中にはただでさえ少ない資金に手を出し、捕縛される者までいる。

それらの事件を上層部は、ナンバーズに知られるのを恐れ内々で処理される事により、彼らには届かない。


この短い期間で組織は既に崩壊していた。

少年が逃げ出した、たった数日の出来事である。


「一つ、手がありますぞ」

「ほう。お聞かせ願いたい」

「それはもしや『預言書』のご指示を仰ぐと?」

「しかし、かの宝具は我々だけの機密。さらには多大な魔力を必要とする」

「さらに国毎でしかご教示頂けない。かの少年の動向を探ることは出来ませんぞ」


「簡単な事。我々が『預言書』と共に動けばいいのです」

「確かに、我々五人がいれば魔力は足りる。さらに機密も守られる」

「しかし、少年の動きはどう把握するので?」

「少年はおそらく、例の幻術師へ会いに行くはず」

「では、西ですな」


「幻術師は国が変わる時に現れる」

「西で次に大きな動きとなると、グランリノの戴冠式典ですかな?」

「以前預言書を見た時には、一ヶ月後となっていましたな」

「ならば早めに着き、現地で過ごすのも悪くない」

「ははは。ついでに休暇と致しましょうか」


「「「「「我らは預言書の導きのままに」」」」」


彼らは手をかざし『預言書』を召喚する。

メンバーズの一人がその宝具を両手で受け取ると、額に汗を浮かばせながら魔力を込め始めた。

無地の黒い表紙に、白いページ。

風が吹かれるようにページが捲られ、魔力の光で文字が浮かび上がる。

グランリノと書かれたページには、今から一ヶ月後に戴冠式典と記載がある。

それを見て彼らは頷くと、早々に部屋を出た。

『預言書』は魔力が尽き、光の粒子となり霧散した。




その本の表紙には、あの場の誰も読む事が出来ない古代文字でこう書かれていた。


魔術写本

『様々な国の考察と推移』

『日記』

ゲヘナ





「シロちゃん、寝てた?」

「うん。僕の部屋でだけど」


ゲヘナと別れ、ゲノムはもう一つの大事な話をしに、ゴル姉の元へやって来ていた。

場所は食堂。彼女はあまり自分の部屋を見せたがらない。


「シロちゃんは本当にゲノムちゃんが大好きなのね。ゲヘナちゃんもだけど。この間貴方が居なくなった時は大変だったのよ。ゲノムちゃんが飛ばされたって、ユウちゃんの代わりにマキナちゃんが伝えに来て、怒ったゲヘナちゃんが転移で無理矢理ユウちゃんを引っ張り出して、シロちゃん泣いちゃって。ユウちゃんが、何処にいるか分からないが奴ならすぐ帰ってくるだろう。って言った時、ゲヘナちゃんがユウちゃんの首と胴体を魔術でーー」

「もう何回も聞いたよ、その話。ユウの首を切り離そうとしたゲヘナを、マキナとゴル姉が必死に止めたって話でしょ」


彼女が言うのは、ユウの無許可実験のせいでグランリノへ飛ばされた時の家族の様子。ゴル姉以外はあまり触れたがらないが、彼女だけは何回もゲノムに話していた。


「あら、そうだったわね。······大事件だったもの。何度だって話したくなるわ」


「······で、どうしたの? ダストダスでなんかあった?」

「いいえ。あの国は順調よ。ただ気になる話をストラスちゃんから聞いてね」

「ストラスって、あの?」

「そ。ダストダスでゲノムちゃんに手も足も出なかったって言う、槍使いの」

つい先程の会話にも出てきた男だ。


ストラスはかつてダストダスのボス。売れ残った奴隷を集めて魔物を討伐する餌にしたり、自分の自虐趣味に利用していたクソ野郎とゲノムは認識していた。外道成金サディストである。


「今じゃすっかりお友達なんだけどね。彼が言うには、魔連が動き出したそうよ」

「魔連?」

「中央諸国魔術師連合。聞いた事ないかしら?」

「いや、知らない」

頭を捻るが、彼の頭に該当する単語は存在していなかった。


「······おかしいわね。ゲノムちゃんを狙っているって聞いたけど······」

「いや僕を狙ってる人なんて大勢いるよ。そんなの気にしてたら心臓がいくつあっても足りない。······全く、人気者は辛いね」

茶化しながら言うゲノムに、ゴル姉は苦笑する。


「で、その魔連がなんだって?」

「ゲノムちゃんの魔道具を一つ持ち去ったんだって。今解析中らしいわよ」

「あー······」

そういえばそろそろ魔力が切れる頃だなあ、思うだけで、ゲノムは特に気にした様子はない。


「ん? それがシロと何の関係があるの?」

ゲノムの問いに、ゴル姉は表情を陰らせる。


「その魔連に銀狼族の歴史を知る、エルフ族がいるみたいなの」


「その話本当なのですか!?」

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