ゲヘナの説教

「はぁ、疲れた······」

「お疲れ様なのですよ」


教会でひとしきり説教を受けたゲノムは、畑の近くにある木陰で涼んでいた。

傍らにには、帰り際に教会のシスター、マキナから貰ったバスケットと水筒が置いている。


胡座をかくゲノムの足の上には、頼まれ事を終えたシロが彼を枕に寝転んでいた。

彼女が貰ったお礼の野菜は、既に家に運んである。


「お、凄いな。流石マキナだ」


バスケットを開くと、色とりどりのサンドイッチがぎっしりと詰まっていた。全てマキナの手作りである。

ゲノムはその内一つを咥えると、もう一つを掴み、シロの口に差し込んだ。


「はい。············あそこまで怒らなくてもいいと思うんだ。誰だって間違いはあるよ」

「むぐ。はい。ゲノムは悪くないのです」

「······あれ? え、そう?」

「はい。ゲノムが間違える訳が無いのです」

「······うん。ありがと」

「どういたしましてなのです」


「··················」

「むぐむぐむぐむぐむぐむぐ······」


「そう言えば、途中なんか薄い板から声が聞こえて開放されたけどさ。······あれなんだろ?」

「私は知っているのですよ! きっとケータイと言うものなのです」

「······シロは物知りだなあ」


マキナから貰った昼食は元々一人分だった事もあり、数分もせずに食べ終わる。餌付けが楽しくなったゲノムにより、殆どは寝転びながら食べていたシロの腹の中に収まったが。


食事が済み一段落し、二人は穏やかな時間を過ごす。

穏やかな風が吹き、畑の作物が音を鳴らす。


「············ケータイ僕も欲しいなあ」

「······私も持っていないのです」


「小さい村だし別に必要ないんだけど、何か無性に欲しいんだよね。なんだろ、この気持ち」

「私はゲノムとお揃いがいいのですよ」


「··················」

「むぐむぐむぐむぐ······」

「何食べてるの?」

「お婆さんに貰った干し芋です。食べますか?」

干し芋を咥えながら、シロはポケットから新しい芋を取り出してゲノムに差し出す。

ゲノムは無言で受け取ると、シロが咥えていたのを口で奪い、代わりに今し方貰った新しい芋を咥えさせた。


「美味しい?」

「··················美味しいです」


「······シロは可愛いなあ」

「むむ、ゲノムは格好良いのです!」


「うりゃりゃりゃりゃ」

「うひ、うひひひひひ············っ、やめ、やめるのです」


唐突に頭と尻尾を強引に撫で回されたシロが悶える。


「ゲノム、もっと、もっとやってなのです」

「んん? じゃあ覚悟してよ」


本気となったゲノムの撫で回しは、コースにお腹と背中、顎が加わる。

二人が満足し、疲れ果てた頃には、空はうっすらと赤みがかかっていた。


「ーーゲノム、私は幸せなのです」

「どうしたの急に。疲れた?」

「いえ、······私は銀狼族です。私達が他の場所でどう思われているか知っています。だからこそ言えるのです」

「············」

「だからこそ、他の同族を早く見つけて、ここに······」

「············そっか」

そう言って静かに目を閉じる彼女を、ゲノムは優しく撫でる。

ゆっくりと、ゆっくりと。





「ただいまー」

「ただいまなのですっ!」


日がすっかりと赤くなった頃、ゲノムとシロは自宅に帰ってきた。用事を終えて、家にいたゴル姉が二人を出迎える。


「あら、おかえり。シロちゃん元気一杯ね。いいことあった?」

「はい。とても、とってもいい事でした!」

「ふふ。良かったわね。······あ、聞いたわよ。あのお野菜、シロちゃんが貰ってきたんだってね。ありがとう」

「どういたしましてなのです!」


ゴル姉に撫でられ満足したシロは、水浴びをしに庭に出る。

それを見送ると、ゴル姉は静かにゲノムに目を向けた。


「ゲノムちゃん。ちょっと後でお話があるわ」

「ん? 料理の手伝いならやるよ?」

「それもお願いしたいけど、············大切な話よ」

「············わかった」


いつもと違う真剣な表情に、ゲノムは頷く。

彼女の躊躇いがちな視線は、シロが掛けて行った庭の方へ向いていた。





夕食の準備を終え、シロと共に配膳をしていると、寝癖頭のゲヘナが食堂に入ってきた。


「あれ、ゲヘナ起きてたんだ。もう少ししたら起こしに行こうとしてたのに」

「部屋の近くであんな大声出されたら誰でも起きる」

帰宅した時のシロの声で目が覚めた様だ。若干不機嫌そうに食卓に座ると、手に持っていた本を読み始めた。


暫く配膳をしていたゲノムだが、チラチラとこちらを見る視線に気づき、視線主ゲヘナの元へ向かう。


「どうしたの?」

「······何でもない」

ゲノムの、本から目を離さずに答えるゲヘナ。

だがその指は全く動いておらず、視線も同じ行を何度も行き来している。口もパクパクと忙しない。

「ぁ、······その、ゲノム?」

「なに?」

「今日、その······もしかして」

彼女が何やら話そうとするが、そこへパンの入った籠を持ったシロが、勢い良くやって来た。


「あ、ゲヘナ! ゲヘナも手伝うのです」

「······うるさい」

「うるさいとはなんですか! あとは食器を持ってくるだけなのですよ。それくらい手伝ったら良いのです!」

「······今ゴル姉が持ってきた」

「あ! ゴル姉、空気を読むのです!」

「あら、シロちゃんに言われちゃったわ」

「どういう意味ですか!」


自分からゴル姉に標的が変わり、安心したゲヘナは深呼吸すると、席に着こうとするゲノムに声を掛ける。

「······ゲノム、後で聞きたいことがある」

「え、ゲヘナも?」

ニュアンスは違うが、ゴル姉と似たことを言うゲヘナ。

「確認事項。最優先」

「······分かった。片付けが終わったらすぐ行くよ」

ゲノムは少し考え、確認ならあまり時間は取らないだろう。と、彼女の話を先に聞く事にした。

彼女は、待ってる。と一言告げると、震えた手でスープを口に含んだ。





食事を終えると、ご機嫌なシロが珍しく片付けをすると言い出した。それならばとシロをゴル姉に任せ、ゲノムはゲヘナの部屋にやって来た。無くなったドアの代わりに切り目が入った布がぶら下がっていた。

彼は壁にノックをし、布をくぐる。


「ゲヘナ、来たよ」

「······遅い」

ベッドに腰掛け、頬を膨らましながら文句を言うゲヘナ。櫛を引いたのだろう、彼女の寝癖は直っていた。

彼女はベッドの上で正座をしている。


「そう言わないでよ。それで、話って?」

「······私達は、まだ会ってから日が浅い」

「え? 二年位は経ってるよね?」

口を挟むゲノムを無視して、彼女は話を続ける。


「シロは小さい。まだ十四」

「小さいって、ゲヘナも同じ位だよね?」

「ゲノムうるさい」

「え!?」

「······つまり子供。あまり感心しない」

「············どういうこと?」

話に着いて行けないゲノム。


「私達はゲノムに誘われてここに来た。最初は私、次にシロ、最後にゴル姉。それは本当に感謝している。皆も同じ気持ち」

「え、ありがとう」

「だからと言って、感謝に託けて無理矢理手篭めにするのはダメ。外道のする事。鬼畜」

「何の話か······」

「それにシロは昔酷い目にあってきた。沢山。ゲノムはそれを知っているはず」

「············そりゃね」

困惑していた気分が萎む。それ程シロとの出会いは酷いものだった。


「だから、番になるにはまだ早い」


「何の話!?」

萎んだ気分が霧散し、再び困惑が勝つ。


「シロが言っていた。ゲノムは私にベタ惚れだと。番になるのに秒読みだと。私は認めない」

「ごめん、話の起伏が激しくてついていけないんだけど」

「言い訳は良くない」

「まだ何も話してないよ!?」

「口付けをして、身体中をまさぐられて、愛を囁かれたと言っていた。明らかに事後。わざわざ窓から自慢してきた」


「············あ、それ、嘘だと思う」

ポンと、ゲノムにお昼の光景が蘇る。彼女は大分盛って話をしたようだ。ここまで盛れば嘘の次元だ。


時間はシロが水浴びをしていた時の話だろう。ゲノムの頭にシロが水浴びの最中、感極まる余りにゲヘナの部屋の窓へ突進。ドヤ顔でゲヘナに報告する姿が浮かぶ。どうも彼女は何かとゲヘナと張り合いたがるのだ。


「············嘘?」


怒りが消沈し、キョトンとするゲヘナにゲノムは説明をする。

「うん。くすぐりはしたけど、まさぐってない」

「······キスは?」

「干し芋の食べかけを貰っただけ」

「愛は?」

「家族愛なら持ってる」


彼の言葉に嘘を感じなかった為、ゲヘナは何となく状況を理解した。

そして沸々と滾る怒り。


「··················シロ、殺す」


だがその怒りもゲノムの言葉で直ぐに変わる。


「そもそも、僕にとってシロは可愛いペットの様なもので」

「······前言撤回。シロ可哀想」

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