談笑の裏で······

「そこに広げてるのってグランリノで僕が貰ったやつ?」

「そうだ。今朝ゴル姉が持ってきてな。貴殿はきっと忘れるだろうと」

「う······」

言う通り忘れてきたゲノムが口篭るも、ユウは気にせず素材の一つである派手な色をした羽を手に取る。


「しかし中々の素材だ。かの小国にこれ程の物が眠っていたとは。親王国の恩恵に縋る、引きこもりの雑魚王国と甘く見ていたが、考えを改めなくては」

「え、グランリノって親王国の属国なの?」

「知らないのか? かの国から守護魔法の魔道具を借り受けている。······ちょっと待ってろ」


ユウは引き出しから地図を取り出し、テーブルの上を乱暴に片付けると、それを広げた。

ゲノムが貰ってきた素材が地図を広げた拍子に何個か落ちて壊れるが、彼は気にしない。


「あ、僕がせっかく貰ってきたのに······」

「どうせ砕くんだ。構わない」

「いや、まあ、······ええ?」


広げられた地図は、一般に流通している大陸全土のものだ。しかし北と西の果ては黒く塗りつぶされている。

大陸は東と南が海に面していて、大陸中心と東西南北それぞれに一つずつ大きな国があり、五大国と呼ばれている。

黒く塗りつぶされている箇所は未探索領域。その危険性から腕が立つ冒険者以外立ち入りが制限されている場所だ。

それは凶暴な魔物の住処だったり、土地自体が特殊な効果を持っている場所と様々。村がある幻惑の森もその一つである。


五大国とはそれぞれ述べると、

中心が『魔導国ザーリース』

北に『神聖国ルーフェス』

南に『亜人連合』

東に『帝国ジタン』

そして西に『親王国バルディス』

となる。


「親王国バルディスはここ。グランリノはここだ。どちらも西にあるだろう。位置だけでどの国がどの属国かすぐわかる」

「僕だってその位知ってるよ。あの時は知らずに飛ばされて場所が分からなかったからさ」

「何? 貴殿は転移から自身の位置を調べなかったのか? 座標確認は定石だろう」

「······」

不服そうに口を挟むゲノムだが、ユウの反論に口篭る。


「ではなくても、魔術を使う者との接点があれば推測出来るというもの。親王国は守りの国。グランリノにも守護魔法を扱える者が居たのではないか?」

「······あ」

ゲノムの脳裏にグランリノで出会った騎士団副団長が頭を過る。


「ふん、心当たりがある様だな。······まあいい。時に、貴殿がグランリノで幻術の魔術を刻んだ魔道具をばら蒔いたと聞いているが、真実か?」

「聞いたって、誰にさ」

「さっさと答えろ」

「確かにそうだけど、まあ大丈夫だと思うよ」

あっけからんと言うゲノムにユウは眉を顰める。


「······大丈夫だと思う、だと? 貴殿の幻術が解析でもされれば我々にも影響が出るのだぞ?」

「いやさ、確かにあの石に刻印したのは僕の幻術だよ。でも一緒に別の魔術回路も組み込んだんだ」

「······ほう。流石に対策済みだったか」

胸を張るゲノムにユウは感心した様に息を吐く。


「そりゃね。あの石に込めた魔力が一定値を下回ると、刻印が変わって別の魔道具になるように細工した。こういうのは得意分野さ」

「また器用な事を。だが、かなりの人数がその影響を受けると思うのだが」

「そんなの、僕が気にすると思う?」

「忠告はしたのか?」

「するわけないじゃん」

「して、その魔術とは何だ」

「魔道具の近くにいる人全員に、世にも珍しい深海魚の映像が流れるようになってる。で、作ってる途中やっばレア度は必要と思って、一個だけ奇跡の深海魚とゴリラの異種族配合が」

「いやもういい。······ん? それは結局、幻術ではないのか?」

「······え? あ、やば」





ゲノムとユウが談笑しているその時、その魔道具は発動した。

グランリノ王国では、新王となったティア=リノ=グランリノと、新たに騎士団団長となったリッツの手によりそ、の魔道具は王国の宝物庫に纏めて保管してあった。

想定よりも数が多く、難儀していたが魔道具集めだが、昨晩推定量を集められたのだ。


「しかし殿下、かの魔道具は有用なもの。封印し腐らせる位なら、我が騎士団に支給し、訓練に活用すればいいのでは?」

「ふふ。リッツ、我が騎士団って、早くも騎士団長として自覚が出て来たんじゃない?」

「ち、茶化さないで下さい。殿下こそ、以前より表情が豊かになられて······」

「あら、嫌なの?」

「い、いえ滅相もない。いえ、むしろその姿が······!」


「前は父上の目に入らない様、目立たない様にしてたからね。はぁ、でも今度は親王国への胡麻すりか。嫌になるわね······あらリッツ、どうかした?」

「いえ、なんでもありません!」

「そう? ······ああ、ゲノムさんの魔道具だっけ?」

「え、ええ。······しかし、ゲノム、さん。ですか······」

「あ、気にしないで。ギルド職員だった頃の癖よ。あの男はギルドにやって来ては随分長話をしてたから。一方的に話し掛けられていただけだけど。だから······ね?」

「は。別に気にしてはおりません! 私もかの魔術師には敬意を持っておりますので!」

「そ、そう。なら良いけど······」

「え、ええ······」

「············」

「··················」


「えっと、そう、魔道具ね! あの魔道具は確かに協力よ。だけど、何となく、あの男はあまり信用出来ない気がするのよね」

「はあ······よく分かりませんが」

「んー、前はこんなに······だから違和感があると言うか······よく分からないわ」

「ですが、彼が家族に向ける眼差しは本物でした! 家族を大切にする者に悪人はおりません!」

「そう? 貴方が信じるのなら私も信じるわ」

「はい。私も殿下を信じております!」

「あら、ありがとう」

「こ、こちらこそ!」


新王と新騎士団長がもどかしい会話をするその翌日、王城宝物庫番をしていた騎士より、前国王の亡霊が出た、と報告が上がる。

しかし勤務中に寝るなと別の団員に一蹴され、報告する騎士は泣き寝入りするのであった。





中央諸国魔術師連合の中枢委員、ナンバーズは、幻術の魔道具について報告があると知らせを受け、集まっていた。


「解析は終わったのか」

「い、いえ実は······」

一同に報告するのは、魔連で解析班をしている年端もいかない一人の少年。

場慣れしていないのか、自分に集まる視線に目が泳ぎっぱなしである。


「まだなのか! ならば急げ! 我々とで暇では無いのだっ!」

「ひっ」

メンバーズの一人が怒鳴り声をあげる。投げられたワイン入りのゴブレットが頭に当たり、解析班の少年は目に涙を浮かべる。


「そもそも貴様の様な下っ端が何故この場にいる」

「下を向いているだけでは分からんぞ」

「男の癖に涙を流すな。みっともない」

「貴様には常識と言うものがないのか」

「貴様の様な子を持つ親が可哀想だ」


次々と投げ掛けられる声に、遂に少年は泣き出してしまう。

それを見て溜息を零すナンバーズだが、その内の一人が舌打ち混じりに立ち上がり、少年に歩み寄り肩を叩く。


「そう泣くな。我々は貴様の事を考えて、心を鬼にしているんだ。さあ、分かったのならゆっくりでいいから報告しなさい」

「そ、それが、解析班のメンバーが解析中、突如全員発狂してしまいまして······」


それを聞いたナンバーズが肩から手を外し、少年を殴り飛ばした。

「え? え?」

「ならば人員を増員すればいいだろう! そんな事も分からんのか!」

「ぼ、わ、私にそんな権限はっ······」


「口答えするなっ! 少し優しくすれば口答えするとは、最近の若い者は······っ!」

「ぼ、僕だって来たくて来たわけじゃ······。皆正気を失ってしまって」

「また言い訳かっ! 貴様は私の言う事に従っていればいいのだ! 分かったな!」

「は、はい······」

「ふん、最初からそう言えばいいものを······。さっさと解析して報告しろ。分かったな!?」

「············」

「返事をしろっ!」

「はいっ!!」

コクコクと頷く少年に、呆れたように鼻を鳴らすナンバーズ。


「では我々は無駄足だったと言う事ですかな?」

「そのようですな。では解散しましょうか」

「ふん。ついにかの幻術が手に入ると期待していたと言うのに」

「ははは、我々ほどの才能を期待するのは酷と言うもの。心を広くして待ちましょう」

「確かに。だが神ごとき才を持つ我々とて気は長くない。急げよ」


口々に零しながら退室するナンバーズ。

少年は頭からワインと、涙を流しながら唇を噛む。

誰も居なくなった部屋で、彼は一人愚痴る。


「············ぐす。だったら自分でやれよ。それに、親はもう居ねぇよ」

それを聞く者はいない。そして、解析の結果を知る者も。······彼以外は。


「······くそ、こんな所から逃げてやる。解析の結果なんて、死んでも教えるもんか」


彼はゲノムの幻術を見ても平気だった。それは単純に自分が何を見せられているのか理解できなかったからである。

彼はその能力から最年少で魔連の解析班に入籍したもの、年上優位の年功序列という風習から、新人にすらこき使われていた。


「大体、ナンバーズって何だよ。名前ダサすぎだろうが。古くせえんだよ、どいつもこいつも」


愚痴りながらも彼は懐から石の魔道具を取り出し、眺める。


「······なんて新しくて、緻密で、綺麗な魔術刻印······幻術師ゲノム······さん、か」




少年はその日のうちに中央諸国を出る。未だ未熟の域だが、解析によって身に付けた幻術と、例の魔術師への憧憬を持って。

ついでに研究資料も全て処分済みである。


「きっと、幻惑の森だろうな」


旅に出た少年は西の果てを目指す。

憧れの人と出会うために。


こうしてゲノムの魔術は、彼の知らぬところで守られたのだった。

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