のどかな村で

「ところで、ゴル姉は今日どこか行くの?」

朝食が一段落した後、ゲノムはゴル姉に尋ねる。

因みにゲヘナは仮眠をするため自室に戻り、シロは食後の散歩に出掛けている。

「私はダストダスへ行くわ。ユウちゃんが転移用の魔術陣を完成したらしくてね。試運転ついでに友達の所へ遊びに行くわ」

「ああ、僕が無理矢理乗せられた奴ね。完成したんだ。一人で大丈夫?」

「大丈夫よ。実はダストダスには一回行っているのよ。友達が政治を頑張るって言っていたから相談に乗ってあげるつもり。ゲノムちゃんは?」

「僕もユウの所へ行くよ。グランリノでの戦利品を早く見せろって催促が凄いんだ」

「あら、なら一緒に行く?」

「いや僕は時間が決まってないからゆっくり行くよ」

「分かったわ。じゃあ私は出るわ。後片付けお願いね」

「了解」



ゴル姉が出かけ、一人になった食堂。

朝食の片付けも終わり、ゲノムは暇を持て余していた。

「ゲヘナは寝ているだろうし、どうするかな」

用事があるとはいえ、時間の指定は無い。明日にしようかな、とゲノムが考えた時、奥の部屋から小さな声がした。

「ゲノムぅ、どこぉ?」

「はいはい」

聞こえたのはゲヘナの声。まだ眠ってなかった様だ。

ゲノムは彼女の部屋に向かった。


ドアの無い扉をくぐると、待っていたのだろう、布団から顔を出したゲヘナが彼を見ていた。

彼女は開口一番、彼に尋ねた。

「魔術について教えて」

「······いいけど、僕よりゲヘナの方が詳しいんじゃない?」

ゲノムは苦笑する。


彼女は一日の大半を読書か睡眠に費やす。それも読む本は魔術関係の本ばかりで、当然彼女の方が知識量は多いのだが、それでも彼女は頻繁に彼に教えを乞う。それも、毎回初歩的なものばかり。

それは彼女の生い立ちと、幼さ故のこと。子供が親に絵本の読み聞かせをせがむ様に、彼女は頻繁にゲノムの声を聞きたがる。

ゲノムはそんな彼女の内心を理解しつつ、毎回君の方が詳しのかと聞き返していた。

彼女はそれを聞かれると、口元を布団で隠しながらいつもの様に答える。


「それでもまだ不可解な部分が多い。本では解釈の違いで大きな違いが出ることがある。よって擦り合わせは大事」


顔を赤くしつつ答える彼女に、彼は心に暖かいものを感じ、ゲノムは彼女の寝るベッドに腰を落とす。

「そういうものか。じゃあ初歩的な事から」

「お願い」

軽く微笑みながら彼は口を開く。


「えっと、魔術とは、大気中に漂う魔素を呼吸により体内に取り込み、体内で魔力に変換。その魔力を使い、様々な現象を起こす事が出来る力のこと。でいいかな?」

「うん。間違いない」


「魔術は基本的に二種類存在する。生まれつき備わっている先天的なものと、魔術書なんかで獲得した後天的なもの。効果は圧倒的に前者の方が高く、後天的なものは元々の所持者の半分にも満たない。僕の幻術やゲヘナの空間魔術は前者だね」

「······うん。ただ、魔術書で得た魔術も先天性の魔術を超えた例もある」


「それは発動環境とその人の研究の結果だね。この魔術はどんな原理でこの現象を起こしているのか。それを理解すれば例え魔術書から得た魔術でも先天性魔術以上の魔術を出せる」

「······火の魔術だと、空気が沢山あれは強い長持ちな火を出せる。理解を深めればもっと凄い炎が出せる、そううこと?」


「そうだね。現に火を出す魔術書と炎を出す魔術書では記述や刻印にかなり似通った点が多くみられるし、魔術書で火の魔術を得た魔術師が、炎の先天性魔術師より大きな魔術を使った事があるって事例がある。ややこしいな。要は努力次第でコピーはオリジナルを超えることが出来るって事だよ」

「なら魔道具は?」


「魔道具は更に別の技術が必要になるね。刻印は魔術師が遠隔で魔術を使うのによく使われるけど、それは物に自分を示す刻印を刻み自分の魔力を注ぐ事で効果を発揮する。それに対して魔道具は魔術そのもの回路を刻み、魔力を含んだ鉱石を組み合わせる分複雑になるんだ。その分能力が劣化するけどね。例外として宝具というーー」


「······すぅ、······すぅ」


「ーーって寝ちゃったか」

先程まで起きていたのに寝てしまった様だ。

苦笑しつつゲノムはそっと立ち上がり、静かに部屋を出た。





「うっはぁーっ! 速いのですっ! 私は速いのですよぉ」

ゲノムが家の外に出ると、水桶を両手と頭に乗せたシロが村中を走り回っていた。


「や、シロ。何してるの?」

「あ、ゲノムです。井戸に水を運んでいるのですよ。村のお爺さんお婆さんに頼まれたのです。なんと、お礼にお野菜をくれるようですよ!」



ゲノムは村の方へ目を向けると、井戸の周りに老人たちが集まっていた。

彼らはゲノムと目が合うと、にこやかに会釈をする。ゲノムも同じ様に軽く礼をする。

この村は人口数十人の小さな村だ。それも住人は殆どがお年寄り。彼らは農作業をしながらゆっくり滅びの道を進んでいる。

村の住人達は年の離れたゲノム一家を、孫に接するかの様に接していた。特にシロは自前の天真爛漫さも相まって人気が高い。中々外に出ないゲヘナも別の意味で人気だ。


「この村はお年寄りばっかりで大変なのです。私は皆のお役に立ちたいのですよ。ゲノムも私と一緒に手伝いますか?」

「やめとくよ。用事があるし、何より体力が持たない」

「残念なのです。······用事って教会ですか?」

「うん。付いてくる?」

断られるのを予想しながらゲノムは問う。


「行きたいのは山々なのですが、頼み事を放り出して行けないのですよ······」

シュンとするシロをゲノムは撫でようとし、桶がある事に気づき手を引っ込める。少し悩んだゲノムは、代わりに肩に手を置いた。

「ごめん、分かってる。じゃあ頑張って」

「はい。行ってらっしゃいなのですっ」

ゲノムはもう一度老人達に会釈をすると、村の外れにある教会へ歩き出した。





「あら、ゲノムさん。お待ちしておりました」

教会に入ると、掃除をしていたシスターが声を掛ける。

体の凹凸がハッキリとした、長い黒髪の穏やかな少女である。

荘厳な雰囲気を醸し出す礼拝堂と、彼女の優しげな表情が合わさって、とても神秘的だ。


「や、マキナ。久しぶり」

「はい。お久しぶりです。この間はすみません、神父様が」

「マキナは悪くないよ。表情、大分自然になったね」

「ありがとうございます。皆さんが親切にして下さりますから。あ、マス、神父様は奥にいらっしゃいますよ」

「うん、ありがとね」


礼拝堂の奥に進もうとするゲノムだが、ふと気になりマキナを振り返る

「······ユウは相変わらず?」

「はい。相変わらず研究に没頭しているようです」

「············そっか」



礼拝堂の奥は異様の一言だ。

至る所に張り巡らされた管に、何に使うか分からない、様々な機器と薬品。初見でここに通されては、ここが教会の敷地内だと誰も思わないに違いない。


そんな部屋の主はゲノムに気づくと、機器を分解していた手を止め、高らかに笑いだした。

マキナと同じ様黒髪に白髪が混じった、神父服の代わりに白衣を身に付けた男である。歳はゲノムより一回り年上だろう。


「フハハハハ、ゲノム、良く来た。しかし、些か遅いのではないかな?」

「······どっかの誰かがあんな遠くに飛ばしてくれちゃったからね。疲れて寝込んでいたんだよ」


「相も変わらず軟弱な男よ。きっと貴殿の敬愛する家族ならば翌日にはこの村に戻ってきただろうに」

「知っているでしょ、僕は弱いんだ。なら初めから僕以外の誰かで実験してよ」

「······そんな分かりきった事を問うな。村の年寄り共を実験台に出来る訳ないだろう。貴殿の家族は論外だ。彼女等は間違っても街に入れる訳には行かない。······それは貴殿が一番良く分かっているだろうに」


先程までのテンションは霧散し、急に神妙な口調になる彼にゲノムは閉口する。

「······」

「ゲヘナの捻れ角は畏怖の象徴。さらに単角は同族の悪魔族からは犯罪者として扱われる······生まれ持ったものだとしてもな。彼女は居場所が無い存在だ」

「······」

「シロの銀狼族はその種別自体が世界中で蔑視の対象になっている。かつての戦争で人族の子供を人質にとって奇襲を仕掛けた卑怯な種族だとな」

「······ゴル姉は、まあ、時代が悪い。どこかの時代では彼女の様な人間も理解されている事だろう」

「······」

「貴殿もだ、ゲノム。今は世にも珍しい幻術を使う人間と認識されているが、貴殿の正体が知られれば世界中は貴殿を殺しにやって来るだろう」

「············」

「······どうした? 黙ってないで何か言ったらどうだ」

「············いや、邪神信仰の君が言うなよ、って思ってさ」

「ふん、貴様も似た様な物だろうに。それに我等が神、アビス様は高尚なお方だ。下賎の輩には理解が及ばないだけであろう。特に神聖国ルーフェスの輩にはな。······忌々しい」

「で、僕になんの説明もせずにあんな所に飛ばした事について何も無いの?」

「そう苛立つな。······先の実験は貴殿以外に適任がいなかっただけだ。済まなかったな」

「······まあいいや。無事戻ってこれたし。ただ、今度からは事前に教えてよ」

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