ゲノムさん家の日常

中央諸国魔術師連合、通称、魔連。世界の魔術を研究し手中せんとする組織。

彼らは一つの、人智を超えた魔道具ーー『宝具』の示すまま行動する。

ここはそんな組織の中枢。総勢五人の男たち。ナンバーズと呼ばれる者たちだけに参加を許された中枢会議である。


「預言書が更新されました。また奴の様です」

「ダストダスに続いてグランリノ······こうも簡単に記述を変えられては······」

「動きが早すぎる。お陰でこちらは商人に偽装した構成員一人を送り込むことしか出来なかった······」

「だが、収穫はあった。奴の魔術が込められた魔道具だ。大量に流通されていて、手に入れるのは容易だった」

「これを解析すれば、奴の魔術を手に入れることも容易」


「······いささか、奴にしては無防備では?」

「罠の可能性もあると?」

「その可能性は低いだろう。あれだけ大量に撒き散らしたのだ。どれだけの被害が出ると思っている」

「予言によれば、グランリノ王国はクーデターに失敗し、滅びの道を辿る事になっていた」

「確か、騎士団副団長が部下の報告により単身で反乱を企てるが、失敗に終わり、騎士団含め大勢の民が粛清されると」


「預言書の記述が違えたのはこれで三度目······最早疑いようはないだろう」

「ここまで来れば明白。奴は我らが『預言書』の事を知っている」

「奴は我らの宿敵とも言える存在······早急に捕えなければ」

「「「「「我らは預言書の導きのままに」」」」」







「······朝か」

王国の件からゲヘナの転移魔術により、ゲノム達は我が家に帰っていた。

グランリノ王国から一週間。彼らはいつもの日常を過ごしている。

彼らが拠点としているのは、未だ探索されておらず地図に載っていない隠れ里。未探索領域の森『幻惑の森』を超えた先にある小さな村である。

ゲノムは村の一角に家を建て、家族と共に暮らしている。木造二階建ての大きい屋敷だ。


「また僕の布団に潜り込んで······」

身を覚ましたゲノムだが、隣に膨らみを感じ覗き込むと、布団の中には白狼の獣人、シロが眠っていた。はみ出た手足がピクピク動いている。


「なんで自分の家で眠らないのかな、折角頑張って作ったのに」

窓の外には、今にも崩れそうな木の小屋に、シロと看板が取り付けてある建物が見える。


まあいいや、と布団をシロに掛け直し、部屋を出る。

ゲノムの部屋は二階にある。

階段を降りるとすぐにあるのは食堂。この家では全員がここで食事をする決まりになっている。

食堂の奥には厨房。ゲノムが覗くと、白いエプロンを身に付けた巨体がくるくると高速で動き回っていた。

この家の家事担当。皆の母、ゴルゴンディアである。


「······ゴル姉、おはよ」

「あら、ゲノムちゃん。おはよう」

ゲノムは寝ぼけながらも、朝食を作る彼女に声を掛けると、溢れんばかりの笑顔で答える。

彼は彼女が握る包丁を優しく受け取ると、彼女が刻んでいた野菜を代わりに刻み始める。

「手伝うよ」

「あら、ありがと」

今日の朝食は野菜タップリのスープに、目玉焼き、ウインナー、そして焼きたてのパンである。


人数分の食事を用意した所で二階から大きな音と「ゲノムがいないのですっ!!」と1階にも響く声がした。

「シロちゃん、起きたみたいね。すぐ降りてくるでしょうし、ゲヘナちゃん起こして来てくれる?」

「はーい」





「はっ、ゲノムがいないのですっ!」





ゲヘナの部屋は一階にある。理由は本が多すぎて床を抜けてしまうからと、彼女が階段を登るのが面倒と言ったからである。


転移魔法があるから関係ないのでは。と思いがちだが、実際魔術は不便な事も多い。転移魔法に限って述べるとすると、とても疲れるのだ。転移先を距離や高さなど細かく想像し、魔力を込めなければならない。

例えをあげるのならば、一歩先に進むのに高度な計算を解きながら全力でジャンプする様なものだ。

どう考えても足を前に動かす方が早い。


彼女の部屋の扉を開こうとするが、ドアが空いていた。よく見るとドア自体が無かった。

「············?」

疑問はともあれ部屋に入ると本独特の匂いがする。ドアが空いているとは言え、窓もカーテンも締め切っているので空気が篭っているのだろう。


「ゲヘナ、朝だよ」

彼女はベッドに寝そべりながら本を読んでいた。ゲノムの声に顔を上げる。

「む、もう朝。早い」

「また徹夜したね?」

「ちがう」

「どこが?」

「夢を見る事が寝る事とするなら、私は本を読んで夢を見ている。だから寝ている。徹夜ではない」

「何言ってるの。とりあえずご飯食べておいて。その後仮眠取るんだよ」

「ゲノムは?」

「僕も一緒に行くよ」

「分かった」





ゲノムがゲヘナと並んで食堂に入ると、椅子に座っていたシロが駆け寄って来る。


「ゲノム、ゲノム」

「はいはい、ご飯ね」

尻尾をブンブンふるシロの頭を軽く撫で、食堂から一人分の朝食を器用に持ち出すゲノム。

そして彼は朝食を、シロの目の前の、床に置いた。

「ありがとなのですっ」

元気にお礼を述べ、笑顔で朝食をテーブルに置き直すシロ。すると、

「············はぁ」

厨房から片付けをしていたゴル姉が溜息を吐きながら歩いてきた。


「もう、シロちゃんのご飯床に置かないで、って何度言ったらわかるのよ」

「え、なんで?」

「なんでって、もう······シロちゃんが気にしてないなら、いいのかしら?」

「······?」

「······いいみたいね」

「ゲノム、私のも」

「はいはい」

「ならゲノムちゃんのは私が運ぼうかしら」

「早くしないとスープが冷めちゃうのです!」

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