【序章】幻術師の王国騒乱⑧

そこから三人が王城内に戻った頃には、事態は殆ど終わっていた。

反乱軍は大した防具を身に付けていなかったが、代わりに掛けられたのは石の首飾り。ゲノムが金貨に偽装した石ころである。彼は内密にそれを流通させていた。

幻術が込められたそれは身に付けた者の存在を惑わせる効果があるらしく、兵士は見当違いの場所に槍を振り続け、その隙に切りつけられていた。


最初こそ感動していた反乱軍は、最後には幻術のオンオフを切り替え「残像だ」や「どこを見ている」等と余裕を見せていた。


余談だが、ゲノムは反乱軍が誰かは知らない。教えられたが、覚える気が無かった。結果、反乱軍では無い人にまで偽装金貨で支払い、通報されていた。


職員の少女は彼らのリーダー的な存在らしく、地上に戻ると的確な指示で敵を追い込んで行く。

リッツも彼女に追従し、華麗な剣技で次々と兵士を切り進む。

遠征から戻り、直ぐに状況を飲み込み加勢に入った騎士団も加わった事で、戦いとも言えない一方的な蹂躙は、朝日を見ること無く終わりを迎えるのであった。


王は執務室で蹲っていた。


見つけたのはリッツ。彼は命乞いに耳を貸すことなく切り捨てた。その後、王女の部屋で鎖に縛られた騎士団長を発見。

その惨状に彼は顔を顰めると、剣を使わず暖炉の火かき棒で心臓を一突き。


廊下にに散らばる兵士の屍。

それを見て騎士団副団長は何とも言えない気持ちで血の上を歩く。


不安が渦巻く。

これからどうすればいいのか。誰が上に立つ。王女殿下は何処に。内政はどうする。他国との関係は。指示を仰がなければ。誰から。

込み上げる吐き気はさっき見た光景のせいでは無いだろう。


そんな中、一陣の風が吹く。むせ返る程の血と煙の匂い。

窓枠が無く、ただの穴となった場所の奥に見えるのは、焼けた家。貴族の家だろう。

「はは、気が付かなかったな」

それはいつの間にか無くなっていた窓枠に対してか、それとも······。


突然、空から大きな音がした。

「砲弾っ!」

慌てて窓に体を預ける。

外を見渡すと、勝鬨を上げていた反乱軍も空を見上げていた。

敵襲では無いようだ。皆の顔に焦りは無い。


瞬間、空に光が瞬いた。


赤、青、黄、いやもっと。様々な光が空を覆う。光が舞い降りる光景にただただ見とれていた。


夜空に浮かぶ星々にも負けない幻想的な光景に皆息を飲む。

「ーーなるほど、幻術、幻想魔術か」


そうして、戦いは本当の終わりを迎えたのであった。





「おお! 綺麗なのです!」

「街を覆う程の魔術。ゲノム、無茶をした」

王国近くの森の前、二人は木の上でスープを飲んでいた。


『あら、私も見たかったわ』

ゲヘナが持つ板から力強い声が聞こえる。


「むぅ、今は無理。でも、改良すれば何とか」

『うふ、期待しているわ』


そろそろ夜が明ける。

皆は一人の青年との再会を予見し、胸を高鳴らせた。





「君には何とお礼を言っても言いきれない。本当にありがとう」

「いいよ、皆にも散々言われたし、報酬も貰ったからね」


夜はすっかり明け、時刻は早朝。

クーデター成功後、王都で開催された祝賀会でゲノムはすれ違う人々からのお礼ラッシュだった。

特に最後の最後にクーデターを知らされた、とある宿屋の店主からは、土下座までされていた。

現在、王城は立ち入り禁止になっている。死体は運び終わったが、至る所に血などが飛び散っていて、人が過ごせる環境では無いからだ。今日一日かけて国民総出で掃除をするらしい。


「しかし、あんな物で良かったのかい? 私としては助かるが」

「うん。これ以上貰うとバチが当たりそうだし」


ゲノムは大きな風呂敷を背負っていた。中身は兵士が身に付けていた鎧の装飾品。それと地下牢の鉄柵一本だ。リッツは申し訳無さそうだったが、ゲノムは実に満足そうだ。


「しかし、王女殿下は何処にいるのだろう。皆に聞いても妙な視線をくれるばかりで、教えてくれないんだ」

「えっ!?」


ゲノムはずっと無言で佇んでいた、リッツの隣に立つ少女を見る。胸に詰め物はやめたらしい。

少女は俯き顔を赤くしている。

「······マジで?」


ゲノムは信じられない者を見る目をする。この男は唯の一ギルド職員が、国民を束ね、クーデターに参加させたとでも思っているらしい。

城の構造を把握し、貴族の顔を覚え、指揮をしていた彼女を何だと思っているのだろうか。現に遅れて来たはずの騎士団も彼女の命令に最敬礼で応えていた。気付いていないのは彼くらいのものだ。


彼女も彼女で、言い出す時間はいくらでもあったはずだ。

まさか。と、ゲノムは考えが浮かび、彼女に耳打ちする。


「······自分の指揮を見て、まさか貴女は! みたいな展開がしたかったとか? でも気付いてくれなくて言い出せなかったと?」

「······」

図星のようだ。彼女の赤みが更に増す。


リッツは彼女に向かい、腰を折る。

「君もありがとう。私は彼を見送った後、王女殿下を探さなくてはならない。お礼は殿下を見つけたら必ずすると約束しよう。では」

そして足を進めるリッツに、少女は手を伸ばす。

「待ってくださいリッツ。その、伝えるタイミングが無く言いそびれて降りましたが、私はーー」

「······ああ忘れていた。君の故郷では感謝をこう表すんだってね」

「故郷? 故郷も何も私はーー」


そこでゲノムは彼に伝えた言葉を思い出した。

つい出来心で教えた、特定の人に対し最大の煽り言葉を。


「待った!?」

ゲノムが止める間も無く、彼はガニ股になり、美しい流れで手を胸に置きそれを下げた。


「☆絶壁☆」


顔を青くするゲノム、逆に真っ赤になる彼女。笑顔のリッツ。混沌のの三つ巴が完成した。


「ーーゲノム、私にかけた幻術を解きなさい」

「はい」

貧乳のギルド職員改め、王女ティア=リノ=グランリノの放つ声に、ゲノムはただ言われた通りにするしか出来無かった。





「まさか、王女殿下だったとは」

「あれで気づかない方がどうかと思うよ。許してくれたんだしいいじゃん」

「君のせいじゃないか!?」

「······知らないよ」

王都と街道の境目、白く大きな城壁の前に二人はいた。

城門の前はクーデターがつい昨夜の事にも関わらず、活気立っていた。商品を運ぶ馬車の音。客を呼込む屋台の声や腹痛を訴え薬を求める声、冒険者の荒々しい足音など、騒がしい。

「この国は、変な国だね」

「はは。確かに」


城門を出て、しばらく道なりに進む。

「本当に、ここでいいのかい?」

「うん。多分、家族が迎えに来ると思うから······」

すると、遠くの森がある方角から激しい足音が聞こえ、銀色の何かがゲノムの前で止まる。そして、そのまま抱きついた。

「やっと出てきたのです。ゲノムぅ」

「おお、シロ。よしよし」

現れたのは銀色の狼の獣人、シロだ。彼女は豪快に尻尾を振りながら、彼の体を舐め回す。


「ゲノム、ここみて、ここ。ぶつけた」

「はいはい」

次いで現れたのは、単角の黒髪の少女ゲヘナ。既に痛くも何ともない頭を指さし、ぐりぐりと彼に押し付けている。


「君の家族かい?」

リッツは和やかな笑みを浮かべ、ゲノムに問う。

「うん。あと二人いるけどね」

ゲノムは初めて見せる笑顔で答える。


「いい家族だ」

「うん」

「大切にね」

「そっちも」


そうして二人は別々に歩き出す。

きっと、また会えるのだから。






「そういえば、彼の魔術は必ず触媒を使用していた。ならば、王女殿下の身代わりには誰かが······」


そんな考えが頭を過ぎるが、急な頭痛に考えるのを止める。


今思い出すのはあれだけで十分だ。クーデターを成功させた時、窓辺から見えた美しい光。


ーー月下に輝く幻想魔術を。

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