【序章】幻術師の王国騒乱⑦

「······クーデター?」

「そう。だから君がここにいるのは今日限りだ」

「仲間は?」

「騎士団は皆仲間さ。だけど直前に全員遠征を言い渡されてね。私だけは辛うじて戻って来れたが、他の皆はこちらに向かっている最中だろう」

「······待てばいいじゃんか」

「そうかもね。でも、止まれないんだ」

「············」

ゲノムは口を閉ざす。


「私が遠征に出る直前にね、兵士から深夜巡回を押し付けられたんだ。そこで、私は許し難いものを見た」

「············まさか」

ゲノムは思い出す。王の言葉を。彼は確か王女の事をーー。


「大勢の兵士に囲まれ、手足を鎖で縛られ······。中に私に夜勤を押し付けた兵士もいた」

「············」

淡々と述べるリッツは静かながら激しい感情を身に纏っていた。

ゲノムは両手で顔を覆っていた。もし自分がその場にいたのなら。そう考えると············。吐き気が込み上げる。


「すぐ様私は寝ていた騎士をたたき起こし、事の旨を伝えた。私の唯ならない様子を見て、出立前夜にも関わらず、皆真剣に話を聞いてくれた。中には知っていても言い出せず、泣き出す者もいたよ。だから私たちは決意した。例えこの命を投げ出してでも王女殿下をお救いすると······!」


言い終わると深い溜息を吐き、真っ直ぐにゲノムを見据えた。その瞳には確固たる意志と、燃えたぎる殺意が感じられた。


「ーーそれには及びませんよ、リッツ」





「どうですか!? 私の獲物の方が大きいのです!」

「私の方が多い。先に大漁と言ったのはシロ。数で勝負」

「むむむ、ゲヘナは屁理屈ばっかり捏ねるのです。捏ねるならお団子にしてください」

暗くなり辺りが見えない森の前で、二人の少女が言い争いをしていた。

ゲヘナとシロである。


『あら、じゃあ肉団子のスープはどうかしら? 夜も更けてきたし暖まるわよ』

そんな中、急に飛び出す太い声。


「この声は、ゴル姉なのです。匂いはしませんが、ゴル姉も来たですか?」

キョロキョロと辺りを見渡すが、彼女の大きな体は見つけられない。

『ここよ、こ、こ』

代わりに声を出していたのはゲヘナの持つ薄い板。板には「ゴル姉」と表示されていて、確かに彼女の声がした。


「私の魔術連絡機。魔連だと嫌な組織と被るから、ケータイ。携帯出来るから」

「連絡用魔道具ですか? ならばそれでゲノムに私達が近くに居ることを伝えばいいです」

妙に冴えたことを言うシロに、ゲノムは口をへの字に歪める。


「むり。これは二台ないと効果をは持たない。ゲノムには渡す前だった」

「肝心な所で役に立たないゲヘナなのですよ」

「うるさい」

『まあまあ。きっと彼ならピンピンして戻ってくるわ。それは私より、あなた達の方が詳しいんじゃなくて?』

「「············」」

ゴル姉の言葉に二人は顔を見合わせる。その表情は安堵とは掛け離れた複雑なものだったが。


『いい女は待つのも上手なのよ。今は肉団子スープを作っていましょう! 私の言う通りにね』

「「はい(なのです)」」





突如現れた姿。くすんだ金髪にギルド職員の制服。以前見た時より萎んで平になった胸。

若干姿は変わっていたが、昼間にゲノムに絡まれていた受付の少女だった。


「君は? 何故私の名前を······いや、それより、何故ここに?」

「少しそこの男に用事がありまして」

「しかし、いや。何でもない」

彼が聞きたかったのは、複雑な手順を進まなくてはならないこの場所に何故来れたのかと言うこと。

だが彼の困惑を勘違いをした少女から、竦んでしまう程の殺気が迸った。偶然視線が彼女の胸を捉えたからだ。


「······私の胸に文句があるのなら聞きますが?」

「い、いや違うんだ。私はどちらかと言えば小さい方······」


彼の言葉に殺気は霧散し、少女は嬉しそうにうんうんと頷く。

「中々見所がある男です。まあ、分かってはいましたが。······こほん。さっきの私の言葉ですね。クーデターは既に始まっている。という意味ですよ。貴方が徒に命を落とす様な、危険を冒す必要はありません」


「それはどういう······!?」

理解の追いつかない彼を無視し、彼女は牢の壁に手を添える。

「流石の結界魔術です。上の衝撃はこちらには来ないようですね」


「······君さ、ギルドにいた時より饒舌じゃない?」

急に背後から聞こえた声に、リッツは飛び上がる。存在を忘れていた訳では無い。急にその場に現れた様に感じたのだ。


「それはゲノムさんが毎日毎日下らない愚痴を言い続けたからでしょう。やれ誰が無視をしたとか、あそこの串焼きが美味しいとか。本当に美味しかったです」

「ありがとう?」

「ええ、本当にありがとうございます。お陰でスムーズにここまで侵入出来ました。貴方のお陰でこちらに怪我人すら出ないでしょう」


「ちょっとまってくれ、話が理解出来ていない。君は、いや君達は一体なんなんだ!?」

「反乱軍ですよ。貴方々と同じ考えの、民衆で構成された、ね」

「······だが彼は」

この国の民ではない。そんな視線にゲノムはやれやれと首を振る。


「僕は完全に巻き込まれただけだよ。事故でこの近くに飛ばされてね。魔物に襲われた所を助けてくれたんだ。そしたらクーデターに参加しろ。参加しないなら国に突き出すって脅されて」

「ひと目で彼が手配中の幻術師と気づきましたから」

「そこからは丸投げ。こっちの被害を出さない為に障害になる騎士団長を拉致して、王女の替え玉を配置。侵入経路を確保する為、城中の窓を外して全部幻術に替えてーー」

淡々と話を続ける二人の言葉を呆気に取られ聞いていたリッツだったが、聞き逃せない一言に口を挟む。


「ちょ、ちょっと待て。王女の替え玉? では私が見た王女は······!?」

「おそらくその時に見たのは偽物ですね。間一髪でした」

「······よかった」

「お礼は僕にね」

「ありがとう、本当に、ありがとう」

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