【序章】幻術師の王国騒乱⑥
階段を下りた後、二人は右へ左へ、時には同じ場所を通りながら暗い地下牢を進んでいた。
この場所は複雑な結界が施されており、正しい手順を踏まなくては永遠に迷ってしまうとの事だ。
その割には迷いなく進む彼を不思議に思い尋ねると、この回廊に魔術を施したのは彼だと言う。
「言っただろう、結界魔術は得意だって」
との談。彼は魔術師としても一流の様だ。ゲノムは彼の剣を見た事がないが。
「君は家族がいるかい?」
道中、唐突に彼は口を開く。
「······いるよ」
多少の含みを持たせながらゲノムは答える。
「そっか、羨ましいね。私は一人だから」
「······君にとっては国民が家族なんじゃないの?」
「はは、確かにそうだ。······うん、確かに······」
彼の表情に陰りが見えたのは、篝火のせいでは無いだろう。
「······でもね、私には本当に大切な家族がいたんだ。言ってしまえば、国民より大切なね」
「······騎士団副団長様の言葉とは思えないね」
「それはゴメン。でも事実なんだ。彼女は」
「······」
「君は言ったね、何であんな王に仕えるのかと。確かにそうだっ。私はあんな男に仕えている訳では無い!」
「············」
石畳に彼の大声が反響する。無意識か彼の手には剣が握られていて、ギリと軋む。
我に返った彼は立ち止まり、深く息を吐いた。
「······済まない。私が仕えているのは王女殿下だ。彼女は素晴らしい人でね。私の恩人なんだ」
そうして彼は王女との出会いを語り出す。魔物により火の海になった彼の村を救ったのは騎士団を率いた齢一桁であった王女であったこと。同時に騎士団に憧れ入隊を志願したこと。入隊後自分を見て村を救えなかったことを涙ながら謝罪したことを。
「後で知ったんだが、騎士団長は私の村を救いに行こうとはしなかったらしい。何でも、自分を馬鹿にした平民の娘を鞭打ちにしなければならない、とか言う下らない理由でね」
その後は一心不乱に剣と魔術の腕を磨き続ける事で、次の王である彼女を支え、王国を守り続けと誓ったようだ。
「だけど、この国は私の想像以上に腐っていた。おっと、ここだ」
目的の牢屋は、突然目の前に現れたように見えた。
紋様が刻印された鉄の柵、一枚板の石畳、地下であるため当然窓がない。広さは一般家庭のリビング程だろうか。牢屋としてはかなり広い方だろう。
「ここは凶悪犯罪者が入る特別な牢でね。柵は魔道具になっていてどんな方法でも破壊が出来ないようになっている」
「トイレも布団も無いんだけど」
「言っただろう、凶悪犯罪者が入る牢だって。そんな人物にそんな物は必要ないと排除されてしまったんだ」
「僕この部屋嫌なんだけど」
「我慢してくれ。ーー今夜だけの辛抱だ」
「今夜だけ?」
それはどういう意味かと問おうとするが、ゲノムは口を噤んでしまう。それは、ゲノムを見る彼を瞳が鋭く真剣な物になっていたから。
そこにいたのは騎士団副団長としての優男ではなく、野心に燃える一人の青年。彼は冷たくも力強い声を放つ。
「私は今夜、クーデターを起こす」
☆
「ゲノムの魔力を辿ってみれば。シロは何をしているの?」
慣れているのか、急に現れた黒髪の少女に、銀色の少女、シロは驚きもせず、悲しそうな瞳で地面を見つめる。
「あぁ、ゲヘナですか。私のお肉が持ち去られてしまったのですよぅ」
ゲノムの魔力を辿り転移魔術で移動する途中、単角の黒髪、ゲヘナは地面にのの字を描き続けるシロを見つけ、声を掛けたのだ。
「······ゲノムはどこ?」
辺り一面に描かれたのの字に興味を示さず、ゲヘナは問う。
「あっちの街なのです。真っ白な、大きな街なのです」
「わかった。ん? なんか騒がしい」
「なんかさっきからうるさいのですよ。少し静かにして欲しいのです」
「まあいい。行く」
「待つのです。私達が街に入れば酷いことされるのです」
「······むぅ」
魔力を灯し、転移の準備をするゲヘナを、シロは止める。
「そうすればゲノムにも迷惑がかかるのです。また怒って大変な目に合うのですよ」
「むぅむぅ」
彼女達は自分たちのせいで彼の魔術が公になってしまったことを後悔していた。さらにそれだけではなく、彼は大陸中から狙われる立場になってしまった。
「だから今は待ての時間なのです。ゲヘナも待っていればゲノムから沢山ペロペロされるのですよ」
「ゲノムから、ペロペロ······」
想像し、彼女の頬に微かに赤みが増す。
「······分かった。なら、食料を調達」
「がってん! 狩りならおまかせなのですよ! 二人なら大漁なのです!」
そうして二人は夜の森の中へ消えて行った。
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