【序章】幻術師の王国騒乱⑤

謁見? が終わり、ゲノムとリッツは肩を並べて城内を歩いていた。


「あまり王への意見は止めた方がいい。死期が早まるだけだよ」

「それより、これいいの?」

現在、ゲノムには何の拘束はされていない。逃げようとすれば逃げられる状況だった。


「私がいるから大丈夫さ。私の結界魔術は身をもって知っているだろう?」

にべもなくあっさりと言うリッツに、ゲノムは肩をすくめる。


「君はあんな王に仕えてて平気なの?」

謁見の間での彼の態度が気になった事もあり、ゲノムはつい聞いてしまう。

「······あれでも兵士には慕われているんだ。欲望に託けた紛い物だけどね」

そう答えるリッツは、苦々しい顔をしていた。


どうやらあの王は地位と財力を利用し、兵士に対してはどんな物でも報酬として用意するらしい。金が欲しければ税を使って用意し、気になる女がいれば力づくで抱かせる。民衆の人気が無い理由だ。


「クズだね」

「······」

ゲノムの言葉にリッツは返事こそしなかったが、夕暮に照らされた表情が全てを物語っていた。


牢は地下にあるらしい。長い螺旋階段を二人は下りる。手摺はなく、時折吸い込まれる風により落ちそうになる。


無言で下りていた二人だが、不意にリッツが声を掛ける。

「少し君に聞きたいことがあるんだ。いいかな?」

「······いいよ。僕、君のことは嫌いじゃない」

ゲノムはあまり人の事を信用しない。平気で嘘をつくし、人を騙す。だがゲノムは自分に似た何かを感じ、思えばそんな事が口を出ていた。

一瞬目を丸くしたリッツだが、直ぐに朗らかに笑った。


「はは、ありがとう。そうだな。まずは、偽の金貨を使用した件かな。君の魔術が話に聞く能力なら、いくらでも誤魔化しが出来たんじゃないかな? 例えば金貨じゃなくて、そうだな。銅貨を使うとかさ。それなら釣り銭の間違いとかで処理される事が多い」

「確かにね。でも絶対じゃない」

その質問は予想していたのか、ゲノムは間髪入れず答える。

「うん。でもまだあるんだ。ダミーに石ころなんて使わず本物の銀貨を使うとか、近場の店じゃなくて離れた店を対象にするとかさ。あと、泊まる宿を一週間同じにしたのもおかしい。お陰で通報からすぐ駆けつけることが出来た。どうも君の手口は杜撰と言わざるを得ない」

「考えつかなかっただけだよ」

「はは、そうか。じゃあ次だ」


地下一階を通り過ぎ、二人は地下二階に向け下り続ける。


「毎日の様に冒険者ギルドで迷惑行為を行っている、と。これは事実?」

「え!?」

ゲノムは思わず立ち止まる。それを見てリッツも足を止めた。


「私は前線に出て知り様がなかったが、何度も幻術を使っての嫌がらせを受けたと通報があったらしくてね。特に今日は酷かった様で、君が気絶している間、若い職員から悪辣辛辣非道且つ事実無言な妄言を吐かれた。と凄まじい抗議の連絡が来ていた様なんだ」

ゲノムの脳裏に一人の職員が浮かぶ。小さく、暇人か、と呟いていた。


「······そんな傷つけるつもりは無かったんだ」

「例えその気が無くても相手を傷つけたら謝らなくてはいけない。それも、なるべく早く。······そうだな、一先ず私から伝えておこうか。その後君から伝えに行けばいい」

その言葉にゲノムはある考えが浮かんだ。

「じゃあ、こうやってーー」

彼は両手の手のひらを伸ばし、胸の前に置くと、そのまま下に下ろした。


「下ろす時に『☆絶壁☆』と声をかけるんだ。こう、脚を開いて、笑顔やるのがいいよ」

「ゼッペキ? 意味がよく分からないが、どういう意味なんだ?」

「彼女の国の言葉で最上級の謝罪と感謝を表すんだ。中々使われないけどね」

「なるほど。確かに伝えよう」

「うん、お願いね」





ガンガンと拳が扉を叩く。

扉の前には白いフリルの着いたエプロン姿の乙女が立っていた。

短く揃えられた短髪に、つり上がった瞳、偶に覗かせる八重歯が特徴的の、まるで彫像が現実に現れたかの様な美の化身。

彼女の身につける衣服からは、まるで彼女に着られるのが恐れ多いと言わんばかりに、ミチミチと音を立てていた。


「ゲヘナゃーん、ご飯よぉ〜」

野太い声が屋敷に響く。


「············あら?」

しかし待てども返事が無く、彼女はぐしゃりとドアノブを捻る。

何かが壊れる音と共に扉を開ける。至る所に積まれた本と、ベッドが一台あるだけの部屋。しかしその部屋に人の気配は無かった。


「お出かけかしら? ······もう、一言言ってくれれば良いのに······」

彼女の頭に一週間前から姿を消した一人の息子が浮かぶ。

我が家の中で唯一の男性。相も変わらず皆から好かれている様だ。


「シロちゃんも彼を追いかけてしまったし、私も迎えに行こうかしら······」

一瞬そんな考えが頭を過ぎるが、彼女はすぐに頭を振る。


「いいえ、ダメよ。アタシは皆の母ゴルゴンディア。子供達が遊びに行っているのだもの。暖かく迎えるのが母の努めよ」


そう言いながら、小さく拳を握りしめる。

「うふふ、早く帰って来るのよ、皆」


そして彼女は誰もいない部屋を出るのであった。

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