【序章】幻術師の王国騒乱④

「起きろ!」

「ぐっ」


背中から訪れた衝撃にゲノムは目を覚ます。


「顔を上げろ!王の御前だ!」

「うぇっ!? った!」

ゲノムは痛みに顔を顰めるが、突き付けられた無数の槍の矛先に慌てて立ち上がる。が、すぐに足を蹴られ膝を着かされた。

流石にイラッとしたが、刃を突きつけられ動けない。彼は周囲を見渡す。


まず目に入ったのは、先程の騎士とは違った鎧を着た人物達。彼らはこれでもかと金銀宝石を散りばめた槍を構えていた。鎧にもそれぞれ違った装飾が施されており、巨大な亀の甲羅を背負った者や、中には沢山の羽根を付けた者もいる。実に動きにくそうだ。この国の兵士は何を目指しているのだろう。


次に目に入るのは高座に座った、お世辞にも美しいと言えない顔をした男である。外見を服装で取り繕うが如く、明らかに趣味の悪い派手な法衣を見に纏っている。光の加減で色が変わるらしく、ゲノムからは虹色に輝く深海魚にしか見えなかった。兵士と合わせて奇天烈なカーニバルだ。

対して隣には美しい金髪の、これまた美しい目鼻整った少女。周りが派手を極めた衣装と転じて、白一色のドレスを着ている。しかし細かな刺繍と素材からか、不思議と浮いていると感じることがなかった。俯くその顔は儚さを漂わせその魅力を一層高めている。


だがゲノムのお眼鏡には叶わなかったらしく、二人を交互に見ると「うへぇ」と奇妙な声を上げ、兵士に小突かれていた。


「貴様が幻術師ゲノムか」

威圧感のある声が響く。ゲノムはギャップで吹き出しそうになるのを堪える。


「余はザイクオン=リノ=グランリノ。このグランリノ王国の王である。隣に座るはティア=リノ=グランリノ王女だ」

「······く············せ」

どうやら王女は話すことが出来ないらしい。王女の名乗りも王がしていた。だがよく耳を凝らすと俯きながらもずっと何やら呟いていた。何と言っているのだろうか。


「おい!」

「いたっ」

返事をしない事を見かねた背後にいた兵士が、ゲノムの背中を槍の石突で小突く。

「王は貴様が幻術師か聞いている」

「······はい。私が幻術師ゲノムです」

流石に命の危険がある場所で嘘はつかず、彼はあっさりと名乗った。


「ならば、貴様がかの自由都市、ダストダスを滅ぼした男で間違いないか」

王が尋ねる。だがゲノムはしどろもどろになりつつ曖昧な返事をする。

「い、いえ、滅ぼしては······」


自由都市ダストダスとは、グランリノ王国の西に位置する小国である。自由都市が表す通り法律の無い類稀な国で、薬物、闇奴隷、殺人など、他国からは非合法とされる仕事を生業をしている者達の巣窟であった。

そんな彼らを纏めていたのが一人の男。『魔槍のストラス』と異名を持つ、世界最強の槍使い。元々小国で傭兵をしていた彼は、地図に記されていない未開拓領域で自らの異名にもなった魔槍を発見する。元々粗暴な性格だった彼は顕示力の示すまま腕を振るい続け、次第に彼の腕に惚れた人々が集まり一国に至った。と言う逸話がある。


最近、とある男に滅ぼされ、国名が変わったとの噂もあるが。


「腕が立つ様には見えんが······ストラスは噂に聞く程の武勇では無かったと言うことか」

「いえ、だから······」

ゲノムの言葉を無視して、王は立ち上がり兵士に向け拳を掲げた。


「だが、皆の者! この者を捉えた事によって、我が国の騎士は、たった一人でダストダスを滅ぼすに足る力を持つことが、証明された!」

王の言葉に周りの兵士は大きく頷く。兵士の中から「まさか」「ついに」等といったざわめきが聞こえる。

ゲノムは置いてきぼりである。


「我が国は明日、周辺国家に宣戦布告する事にした!!」

「「「おお!」」」

兵士から大きな歓声が放たれる。眩い槍を掲げて大盛り上がり。


「なにこれ······あれ?」

カーニバル会場と化した場に、様子が違う人物がいた。

王国騎士団副団長リッツである。周りには呼ばれていないのか他の騎士団の姿が見えない。彼は感情を伴わない瞳で辺りを眺めていた。


「······ーー」

彼はゲノムが見ていることに気付き、にこりと微笑んだ。


「そこでだ。貴様の力を我が国に振るうて欲しくてな。そうすれば兵力は二倍、負けることは無い」

不敵に笑う国王に周りからは称賛の声が上がる。


そもそも僕、承諾したつもりは無いんだけど。とゲノムは思うが「分かっているとは思うが貴様に拒否権なぞない」と釘を刺されてしまった。

ムスッと不満を顔に出すゲノムだが、国王は何を勘違いしたのかニヤリと口元を歪めた。


「ああ、報酬か。心配するな。何でも望む物を言うがいい。我が国は豊かゆえ、何でも手に入る。金でも女でも。まあ、女と言っても貴様に合う者がいればいいがな」

「······」

王の言葉にゲノムはチラと王女の方を見る。ゲノムは別に王女のを見ていた訳では無いのだが、その視線をあざとく察した王は鼻で笑う。


「ん? コイツか? ああ、こいつは中々具合がいいぞ。戯れに抱いてみたが流石はワシの娘、相性がいい。報酬代わりに度々兵士に貸してみたが、評判が良い。ま、今は壊れてしまったがな」


「······うわぁ」

思わず溢れた声にゲノムは慌てて口元を塞ぐ。


「ふん、つまらん反応だ。まあ、貴様が生き残ったら貸してやろう」

「······いらないよ」

「そうか。ならばもう話すことは無いな。リッツ!」

「は。ここに」


いつの間にかリッツがゲノムの横で傅いていた。

「開戦までこやつを牢へ繋いでおけ! 分かっていると思うが、逃がすなよ」

「はっ!!」





黒髪の少女はベッドで転がっていた。右耳の上に捻れた角を持ち、もう片方には何も無い、片角の少女。

少女は目を閉じ何をする訳でもなく、ただ転がっていた。


「ゲノム〜、喉乾いたぁ」

普段なら何かと世話を焼く男を呼ぶが、今はいない。

一週間以上前に事故でどこかに消えてから、行方が分かっていなかった。


「ゲノムめぇ、どこ行ったぁ〜」

ゴロゴロ、ゴロゴロ。ゴン。

ベッドから落ち、頭を抱える。

至る所に積まれた本が衝撃で崩れる。


「······これもゲノムのせいだぁ」

暫く悶絶していたが、不意にスクッと立ち上がると目をパチリと開く。紅い瞳孔が妖しく光る。

「直接文句言う」


何処からか現れた彼とお揃いのコートを纏い、少女は淡い光と共に夕闇に消えた。

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